第07話 下級生は見た
周囲は暗く、眼前には木製の丸テーブルがあった。中央の太い蝋燭が、テーブルを囲む簡素な椅子を照らしていた。擦り傷のある古びた木目の床。丸太を組んだ壁に蝋燭が作る影が踊っている。
そう、ここは二人が最初にやって来た、山小屋を模した「ロビー」だ。冒険を終えたことで、痛みが体から消えていく。だが、疲労感は残っていた。
「はぁーー。ここに来るのも、すっげー久しぶりに感じるな」
クラッサスが深く長いため息をついて椅子に腰を下ろし、テーブルに突っ伏した。コランもまた、ギシリと椅子をきしませて重い体を背もたれに預け、だらりと腕をたらした。
仮面が天井の闇からふわっと降りてきて、空中をスキップするかのようにコミカルな動作で、二人の周りを回った。
「さあ、お待ちかねの報酬タイムです。死地から生還し無事に村人を救出したことで、二人とも200ゴルダを獲得します」
「200!? やったぜ! これで武器が買える」
疲労の顔に明るさが差す。贅沢をしなければ一日2ゴルダで生活できることを考えると、とんでもない大金である。
「拾ってきた武器はどうなるのかしら?」
平常運転に戻ったコランが、お嬢マッチョの口調になって言った。小型のクロスボウにドルチの斧。他にも持ってくればよかったと、コランは少し後悔した。
「ふーむ。通常は売値の半額以下になります。使い込まれているなら、なおさら下がりますね」
「そう……使う?」
コランが両刃の大きな斧をテーブルに置いて、クラッサスに見せた。手入れはされているが傷だらけだ。刃は何度も研いだことで減っている。
「いや、威力があっても当たらなそうだし」
意外と慎重派のクラッサスは、自分に合った武器を求め、一覧表を指でなぞりながら探った。「投げ槍……いいじゃん」命中しやすく、7以上の出目で完全成功だ。即決で購入を決め、ジャベリンを所持品欄に入れた。
彼の判断は正しい。長剣や鎚矛と並び、突いてよし投げてよしの投げ槍は、初心者でも扱いやすく、安定したダメージが出せる武器だ。
「では、斧は売りましょう。クロスボウはどうしようかしら。わたくしは弓があるから、クラッサスが持っていなさい。遠距離攻撃は必要でしょう?」
クラッサスに向かって、小型のクロスボウを滑らせた。二射目は弦を巻き上げるのに時間がかかり乱戦状態では役に立たないが、不意打ちとして使うなら、威力と扱いやすさは申し分ない。
「おっ、これならかさばらなくていいな」
クロスボウをガンマンのように構えて、バン。射出口に息を吹きかける。見かけによらず大人びたところもあるが、新しいおもちゃを前にしては、歳相応の少年に戻っていた。忘れずに矢も数本買い、クロスボウと共に所持品欄へ放り込んだ。
「後は、そうだな……んー、道具ってこんなに種類があるのかよ」
彼が言うように、道具類は多岐にわたり細分化されていた。紙やペン、手鏡などの日用雑貨、防寒着や高級衣類と装飾品、毛布や寝袋などの寝具、虫眼鏡に望遠鏡、化粧品、キャンプ用品、薬、楽器、大工や鍛冶道具、宗教儀式に使う物から、馬、果ては船舶まで用意されていたのだ。
「ご安心ください。必要なときに代金を支払えば、『持っていたことにしてもよい』という便利なルールがあります。題して……『こんなこともあろうかと』ルールです!」
「ははっ、そりゃ確かに便利だ。あれこれ買っても、持ってることを忘れちまいそうだし」
「初めから持っている冒険道具セットにも、いろいろ入っているのね」
──冒険道具セット。松明やロープといった、よく使う道具がひとまとめになっているセットだ。冒険に出る際、家から持ってきた物と考えればいいだろう。
「悩んで時間を浪費するよりも、その労力を冒険にまわそうという観点から生まれたルールです。ふふーん。時は金なりではなく……『時は金では買えない』。これは私の格言です。フリー素材として使ってもいいですよ?」
「はいはい。買い物は済んだし、これで終わりか?」
「いえいえ。報酬はなにも金やアイテムだけではありません。どうぞ、使命達成点を受け取ってくださぁい」
ワースメーカーの恩着せがましい声と共に、キャラクターシートの「使命達成点」と書かれた欄に、数字が刻まれていく。
「こいつは……経験値みたいなもんか?」
名称から、それらしい雰囲気を感じ取ったクラッサスが言った。
「ご明察。使命達成点を支払うことで、修練度の入っている技能を成長させることができます。特技に指定した技能なら、修練度がなくてもレベルを上げられますよ?」
修練度は、ロールで完全成功や絶対失敗をすることで、関連した技能に蓄積されるシステムだ。そのため、技能が無くてもロールが可能なら参加する。これが成長のコツである。
「そうね……上げられるのは破斬剣と防御だけだわ」
「オレは長槍と操手、それに防御と戦術だな。いや、戦術は1レベルにするのに300も使うのか」
「安心してください。余ったら次回に持ち越せるので、無理に全てを使う必要はありません」
得られた使命達成点は400。特技に指定した操手──必要な使命達成点が少なくなる──を3レベルにすると、残りは200だ。
残しておいてもいいが、ジュハッグとの激闘が脳裏に蘇る。そうだ、1の差で泣きを見ることもある。次も同じくらい入るのであれば、ここで成長させ、不安要素を潰しておいた方がいい。希望的観測を持たないクラッサスは、手堅く成長させる道を選んだ。
「操手を3、スピアを1レベルにするぜ」
クラッサスは、操縦テクニックと武器の扱いを向上させることで、相乗効果により槍の命中率を上げた。
「わたくしは、破斬剣を3にします」
コランもまた、防御よりも攻撃の命中精度を優先した。頭にはハーフヘルメット、体は革鎧に包まれ、左手にはスモールシールドを装備している。なにげに防御力が高いのだ。だからこそ、ドルチの斧をその身に受けても、踏みとどまることができた。
ワースブレイドにおいて、命中を上げるのは重要だ。なぜなら、戦闘がグダる原因が、どちらもダメージを与えられないことにあるからだ。
「よし。こんなところかな」
クラッサスもコランにならい、ハーフヘルメットとレザーアーマーを購入した。金銭的にもっと良い鎧を購入できるが、硬い鎧は重い。つまり、ガチガチに固めると動きが鈍くなってしまうのだ。
「わたくしもこれでいいわ」
「よろしい! では、このたびのセッション、お開きといたしましょう」
ワースメーカーがそう宣言すると、蝋燭の赤い炎だけが頼りだった薄暗い小屋に光が満ちた。すると、二人の意識が竜巻に乗ってはるか上空へと吸い上げられるかのように昇って行った。
◇ ◇ ◇
夕日に染まる資料室には、まだ冷めない生ぬるい風が窓から吹き込んでいた。意識を取り戻したメリーが、小さく息を吐いて目を開く。
ドクドクと鼓動が速い。自分の手を見つめ、握ったり開いたりを繰り返す。コランとなって存分に剣を振り回した興奮が、今なお抜け切れずに体に残っていた。
思えばとんでもないことをした。人に剣を突き刺したのだ。だが、そのときの精神的なショックはない。戦士として当然のように戦って仕留めた。それだけだ。血や死体を見ても、嫌悪感は湧かなかった。
──自分がコランだったからなのか、それともゲームとして割り切っていたのか、わからない。
ふと横を見ると、ワースブレイドの白い箱が置かれている。ふたは閉まっていた。ワースメーカーは「そこ」に帰ったのだろう。
メリーは頬杖を突き、けだるい頭を傾けた。興奮しているせいか、意識ははっきりしている。だが、体は言うことを聞かない。腕を伸ばし、まだ目を覚まさないショーの頭を突っついた。
「ん……あ? ああ、戻ったのか」
突っつかれた頭をかきながら、ショーが顔を上げた。だが、すぐにテーブルに額を付ける。ひんやりとした感触が心地いい。
「ふー……この前よりも、なんか疲れてねーか?」
チュートリアルに比べ操兵戦の濃密な戦闘は、精神的な負荷が高いらしい。上体を起こすのも、気合を入れる必要があった。
「ええ、でも……気分はまだ暴れ足りないわ」
目を輝かせて腕を振るメリーに「元気だな」と呆れたようにかえすショー。もうしばらく休んでいきたいところだが、あまり遅くなると学園の門が閉まり、コソコソと乗り越えるはめになる。
ましてや、見つかって何をしていたのか追及されでもしたら、面倒なことになりそうだ。きしむ体を鼓舞し、何とか立ち上がったショーは、メリーに手を貸して立たせた。
「そんじゃ、帰るとするか」
「ええ……さすがに、これを毎日やるのは酷よね」
メリーが名残惜しそうに白い箱へ視線を向けた。
「やりたいのはやまやまだけどさ、身がもたねーって」
よろよろと支え合いながら資料室を出た二人は、きしむ廊下をおぼつかない足取りで進んでいく。
足がもつれ、メリーが小さく悲鳴を上げて倒れた。が、すかさずショーが腕を引き、体を投げ出して倒れるようにメリーを受け止めた。弾力のある木造の床板が、ひときわ大きく鳴った。
「ははは、暴れ足りない割にはフラフラじゃねぇか」
悪戯っぽく笑うショーの顔を見て、負けじとメリーも笑い返す。
「ふふっ、お望み通り暴れてあげるわ」
メリーが駄々っ子のように、ショーの上で手足をジタバタと振った。普段の彼女からは想像もできない行為といえよう。だが、これが本来の彼女、メリー・クラウンベルだ。無邪気で挑戦的。ショーと二人でいるときにだけ見せる、もう一つの顔。
「ちょっ、ほんとに暴れんなって!」
汗ばんだ肌から伝わる熱。鼻腔をくすぐる少女の香り。そして柔らかな感触に、努めて平静を装う。ガキの頃とは違うんだぞ──今もガキだが──お互い成長してるんだ。一瞬迷いが生じたが、このままにしておくとショーの身が持たない。
「重いだろ、早くどけって」
「まあ! わたくしのどこが重いっていうの!?」
「お前、絶対五十……」
ショーは、その先を言うことができなかった。
◇ ◇ ◇
「旧校舎にいるって……ベル先輩、何してるんだろう」
新校舎から1人の女子生徒が出て来た。日は傾き、下校時間は過ぎている。それでも彼女は門へ向かわず、偉人タイラス・コードの像が立つ広場を通り抜けると、旧校舎へと向かった。
その女子生徒は経済科の一年生のリンデだ。黒髪をサイドポニーテールにして左に垂らし、生真面目そうな顔には芯の強そうな紫の瞳。ちょっと太目の眉毛がチャームポイントだ。
委員会会長のメリー・クラウンベルとは、新一年生歓迎会のレクリエーションで知り合った。メリーの凛とした上品な振る舞いと、誰にでもずけずけモノを言う姿に憧れ、追いかけるように委員会のメンバーとなった。一部では「鉄の女」と呼ばれているが、リンデにとっては憧れの存在だった。
「まだいるといいけど」
メリーが会議室を出る際に資料室に行くと言っていたので、リンデは学園祭の出し物のアンケートをどうするか聞こうと、帰り際に旧校舎へ立ち寄ることにしたのだ。
夕暮れに赤く染まる旧校舎は不気味で、直接光の届かない廊下側は、何かが潜んでいそうな近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
リンデは、びくりと体を震わせ足を止めた。薄暗い廊下に動く影があったからだ。脳裏に旧校舎の呪いの噂がよぎる。
──違う、人だ。超常のものではないことに安堵したが、それとは別の衝撃がリンデを襲う。そこには、無邪気に笑うメリー・クラウンベルの横顔があった。
知らず知らず遠話端末を取り出し、シャッターボタンを押す。メリーの顔をズームしてさらに押す。笑っている──鉄の女が。
終始下を向き、何かを話している。窓からでは確認できないが、そこに──角度的に床なのだが──誰かいるのだろうか。いたとしたら、しゃがんでいるか寝そべっていないとおかしい。
ログフォンをゆっくりと降ろし、震える手でなんとかポケットに押し込む。
「…ベル先輩の秘密を知ってしまった?」
リンデは、見てはいけない禁忌に触れてしまったかのように、ゆっくりと後ずさると、何事もなかったかのように踵を返して足早に離れた。
涼しげでありながら鋭いまなざし。美しく揺れる艶やかなライトブラウンの髪。落ち着いた品のあるシルバーのヘアバンド。家柄のいい女子生徒は他にもいるが、ベル先輩はその中にあっても、ひときわ存在感を示していた。
だが、事実だ。誰にも隙を見せず、近寄りがたいお嬢様オーラを放っていたあのベル先輩が! 私の憧れの人が! かわいらしい乙女の顔を!
「あれがベル先輩だなんて……信じられない」
──でも……でも! それもありです! 大ありですベル先輩!
委員会メンバーになって早半年、一度として口をあんなに開けて笑う先輩を見たことがない。だが、そこにいるのは両極を併せ持つ者。リンデにとって、まさに理想の存在。
「クールビューティーチャーミングガール……ギャップ萌えまで備えるなんて、私の目は間違っていなかった。ドストライクです、ベル先輩」
リンデは、迷わずメリー・クラウンベルを追ってきて、心底よかったと身を震わせると同時に、今まで以上に憧れを強く抱くようになった。
他者が見たら距離を置きたくなるようなニヤケ顔を貼り付け、秘密の写真を納めたログフォンをポケット越しに撫でる。
普段から生真面目なオーラを放っている彼女も、そのギャップをはらんでいることに、まったく気づいていないリンデであった。




