第06話 二つの死闘
二人の戦士が殺気を放つ鋭い眼光を交わしていた。一人は、北の凍てつく大地に鍛えられた、燃え上がる生命力と猛獣のしなやかさを備えた巨漢だ。男の名はコラン。未開の地出身だが、生存本能において類まれなる頭脳を働かせる戦士。
相対するは、戦場で生まれ戦場で生き、戦う術を学んだ闘争本能の化身。狡猾で抜け目なく、泥にまみれて獲物を待つ忍耐力を持つ。戦は娯楽。彼が生きる目的であり、最後を迎える場所だ。男の名はドルチ。死体の数が、彼の生きた証。
コランがすっと体をわずかに横へ動かした。ドルチがテーブルを蹴り倒し、その陰から戦斧が、死を歌う風切音を上げて切り上げられた。木片を散らす軌跡が、コランの寸前を通り過ぎる。
「るおおっ!!」
コランは一声唸り、肉厚な破斬剣が鋭く横なぎに振るわれた。
「うしゃあっ!」
ドルチが鋭く息を吐き手首をひねった。高く上がった斧が、勢いをそのままに振り下ろされ、がつんと剣を打ち払う。
通常の剣であれば、砕かれていただろう。戦場で武器を失うことは死を意味する。それゆえに、頑丈さを重視したコランの剣は、斧の重圧に耐え抜いたのだ。
「ここは戦場だ! そうだろ?」
コランから同類の臭いを嗅ぎとったドルチが、目を見開いて言った。コランは答えず、冷静に盾で相手の視界を塞ぎつつ、切っ先を八の字を描くように右へ左へと振って軌道を惑わし、ドルチの足を狙う。
ドルチは素早く脚をスイッチし、盾越しに斧を叩きつけつつ後ろへステップした。剣の間合いを外したつもりだが、その足からは血が流れ落ち、くたびれた革のブーツを黒く染めていた。
「くっくっく……じゃっ!!」
ドルチが息を吐くような雄叫びを上げた。テーブルに置かれた酒瓶を斧ではたき割り、酒と破片を目つぶしにして、ギロチンめいた刃がコランに迫る。
コランの野性的勘を上回る旋風が脇腹を通り過ぎる。粗末な革鎧が裂け、じわりと黒いシミを作った。
「ぐうっ!」
致命傷を逃れたコランがよろめく。ドルチの重さと遠心力を使った巧みな切り返しが、ガツンと強烈な打撃を盾越しに叩き込む。骨まで伝わる衝撃に腕が痺れて盾が落ち、石畳を叩いてぐわんぐわんと音を立てた。
ドルチが獰猛に口をゆがめた。盾から現れたコランの顔も笑っている。咄嗟にドルチが身を引くも遅かった。
「ぎひっ」
ドスっと、ドルチの胸に矢が突き立つ。歯の間から呻きが漏れ、ドルチが後ずさり壁に背を付けた。コランの手には小型のクロスボウがあった。盾はそれを隠すための目くらましだ。
用が済んだクロスボウを投げ捨て、自分の腹に立てかけていた剣を両手でつかみ、渾身の力をもって、狂気に笑うドルチの左胸に突き入れた。切っ先は肋骨を砕いて心臓を貫き、背骨まで達した。
「き……げあっ」
ドルチは何かを言おうとしたが、血を吐いて言葉にならなかった。コランは目を細め、ドルチの胸に足をかけて剣を引き抜いた。
「あの世で誰にやられたのか聞かれたらこう答えろ。コランとな」
「コラン……きししっ……あの世で続きを……がふっ!」
重い荷物を降ろしたように、ずさっとドルチが崩れ落ち、斧が床を打ってギャンと音を立てた。
「お前たちはどうする」
そう言いながらも、内心は早くどこかへ行ってもらいたい。そう、コランは思っていた。
──斧で切られた腹が痛いのだ。すごく痛い。ものすごく痛い!
コランのプレイヤーであるメリーは、生涯で受けたこともない焼けるような痛みに、わめき散らして転げ回りたい衝動を、強固な意志で何とか踏みとどまっていた。 記憶の中の勇ましいコランを呼び起こし、「コランはそんなことしない!」ただその一心で激痛に耐えた。
山の神よ、この痛みに耐える力を貸しなさい。でなければ、二度と祈らないわよ。原作の名場面から引用し、メリーは、コランが崇める神に悪態をついた。
そう。このゲームは痛みを現実のように感じるのだ。ゲームだからといって、無茶な行動を取れば、それ相応の報いを受ける。ゆえに、プレイヤーは死を身近に感じ、用心深く自分を生かすために四苦八苦するのだ。
部屋は静まり返っていた。致死的な竜巻めいた、最小規模の戦を目の当たりにした男たちは、声を発することもできずにいた。腰の剣に手を掛けたり離したり、互いに顔を見合わせて、落ち着かなげに何をしたら良いのかわからず、死の空気に当てられ混乱していた。
顔を俯かせ、静かに歯を食いしばるコランの姿は、さながら怒りの化身のように、近寄りがたい無差別な殺気を放射状に放っているように思えた。
もはや、男たちに選択肢はない。この場を速やかに離れる。それだけが願いだった。コランの剣が痛みに震えてがりっと敷石をひっかくと、それを合図に男たちが悲鳴を上げて走り去って行った。後には、腰を抜かして恐怖に打ち震える娘だけが残された。
「村人は……その奥か」
コランが押し殺した声で怯える娘に聞いた。娘は反射的に何度もうなずき、震える指先が扉を指さす。
「落ち着け……お前たちを解放しに来た」
コランは剣を杖にして、扉へと歩いて行った。ふと立ち止まり、何かを思案してから、顔だけ動かして振り返る。
「名は?」
「あ、その……セラ」
「セラ、お前はそこで待っていろ」
娘は答えることもできず、ただ言葉に従うしかなかった。
◇ ◇ ◇
暗い部屋の中では、すすり泣く男女の声がいたるところから上がっていた。村人たちの、これから自分の身に降りかかるであろう運命に嘆く声だ。
扉の外で起こる物音が、さらに彼らを追い詰める。手近な者同士で体を寄せ合い、誰もがそちらへ意識を向け固唾をのんだ。扉が開く音がし、ざわめきが強くなった。そして扉が完全に開くと、誰もが声を潜めた。
入口に立つ巨大なシルエット。静寂はすぐに悲鳴、嗚咽、哀願する言葉に押しつぶされた。それを野太い声が一喝した。
「騒ぐな! さっさと出ろ! T字路を右に行き階段を下りれば外に出られる」
脅迫に近い男の声に、収容されていた村人たちは、我先にと部屋から飛び出した。コランは彼らが走り去るのを見届け、怯える娘の元へ歩み寄り力強く引き立たせると、腰に腕を回して抱き寄せた。
鉄のごとき腕に巻かれ、身もだえするセラ。しばらくすると、この男から逃れることは不可能と観念して、おとなしくなった。
コランは改めて娘を見た。長い濃い茶色の髪は緩やかな曲線を描き、こはく色の瞳が怯えて濡れている。肉付きの良い胸や脚が、征服欲を掻き立てた。
「冒険にヒロインはつきものだからな。セラ、お前はそのヒロインだ」
「えっ? ……ヒロイン?」
そう、コランの冒険は常に美女と共にあった。それを再現する為に、不幸にもセラが選ばれてしまったのだ。
何を言われたのか理解できず、セラはコランの顔を見返した。勇ましく整った顔立ちに影のある水色の瞳、微笑を浮かべる口元。ついさっきまで鬼気迫る死闘を繰り広げていたとは思えない。
開け放たれた扉の奥、薄暗い部屋の中にはもはや誰も残っていなかった。セラは村を襲った血だまりに転がっている男に目を向けた。このコランと名乗る無法者を葬ったのだ。
「あぁ……わたし、助かったの?」
ようやく彼女は、この男が助けに来たのだと理解した。次第に身を震わす恐怖も影を潜め、この屈強な男の隣こそが、最も安全な場所なのだとわかったのだ。
「そして、まだ冒険は終わっていないぞ。クライマックスに間に合うよう祈れ」
「きゃっ」
コランはセラに笑いかけて肩に担ぎ上げると、痛む腹に眉をしかめながら走って部屋を出た。
◇ ◇ ◇
コランが村人を解き放っていたころ、巨人が鍛冶仕事をしているかのような、ガツンガツンと金属音が鳴り響いていた。今もなお砦の門付近では、操兵同士のつぶし合いが続いている。まだ決着はついていない。
クラッサスは焦っていた。この機体は、戦場での使用に耐えられない払い下げの代物だ。しかも、操兵乗りだと胸を張って言えるほどの腕前もない。だが戦士としての意地はある。
「致命的ダメージってのは、オレにまでダメージがくるのかよ」
機体内部が損傷するほどのダメージを受けると、その操手にもダメージが入る。このままでは、先に自分がダウンしかねない。
クラッサスは冷静に思考を巡らす。これまでの攻防から、被害は同程度のはずだ。もってあと一手か二手。
「このラウンドで決めてやる。INにLUCだ」
もう後がないクラッサスは、迷わずLUCを投入した。
「こちらは普通に振ります」
「ついにLUCが切れたか? なら、やらせてもらうぜ」
INロールはクラッサスが取った。青いガレ・メネアスの動きを読み、機体を側面へと回り込ませ、敵の死角へ入る。
空回りする心肺機から蒸気と血しぶきが舞い、装甲の剥がれ落ちた腕が、歪んだ槍を突き出した。動きは遅い。だが、質量と機械的な圧力には十分な破壊力があった。金属がきしむ甲高い音を上げ、クラッサスの繰り出す槍は、敵の胸部装甲を貫き穂先が埋まった。
その衝撃で「んぐあっ!!」と叫びを上げるジュハッグ。穂先は筋肉筒に包まれたフレームまで届き、途中にある冷却水が流れる水道管と血管を切断した。ワースメーカーがダイスを振り、機体ダメージ表の結果を適用した。
「POW残り1です。ギリギリ立っていますよ」
「なにぃ!? まだ残ってるのかよ!」
天を仰いだクラッサスは、手で顔を覆い、ぐいと前を向いた。大丈夫、まだLUCはある。だが、ジュハッグとて後がないのは同じ。彼は最後の一撃となるであろうこの攻撃に、LUCを使った。
「あるじゃねぇか!」
「使い切ったなんて言った覚えありませーん。んっふっふ。戦場では騙すことが尊ばれます」
仮面を上下に大きく揺らしながら、ワースメーカーはとぼけたように言い放った。目に宿る青白い炎が愉快そうに大きく揺れ、ダイスを振る。
それと同時に、砦内部と石壁上の歩廊を繋ぐ連絡通路の朽ちた扉が、内側から蹴り破られた。そこから娘を抱えたコランが、ぬっと体を出す。顔を巡らし、門の外で激しく撃ち合う従兵機の姿を見つけ苦笑した。
「まだ終わっていなかったか。行くぞ」
「えっ? どこに行くの!?」
コランはセラを担ぎ直し、門めがけて歩廊を走る。目まぐるしく変わる展開に思考が追い付かず、セラは目を白黒させていた。
戦を生業としている男たちにとって、操兵戦は、いつ何度見ても飽きることがない大イベントだ。娘を抱えた巨漢がその後ろを走り過ぎたとしても、不思議そうに一瞥をくれただけですぐに視線を戻した。
砕けた石組みの破片を蹴り飛ばし、崩れた亀裂を飛び越え、やすやすと門の上まで走破したコランは、セラを降ろして大声で言った。
「これを見ろ! 村人は逃がした。ドルチはもういないぞ!」
コランは、争う従兵機の間にドルチの斧を投げ入れた。斧は地面に刺さり、地面をえぐりながら倒れた。ジュハッグはその斧が、間違いなくドルチの物だと一目でわかった。
「こんなところにいても、金は手に入らん。まだ続けるか?」
コランの言葉に動きを止める青いガレ・メネアス。クラッサスも距離を取り、槍を降ろした。操縦桿を掴んでいた手が痺れ、上手く離れない。
「ああっ!! くそっ、ってことは……お前は囮か!」
コランの言葉に、ジュハッグはガンガンと感応石を叩き、悔しさに声を上げて機体から降りた。満身創痍なのはお互い様らしく、足を引きずっている。途中で歩くのもおっくうになったのか、そのまま大の字に寝転がった。
「はーはー……危なかったぜ……まったく……」
村人が助かったのなら、もう勝敗などどうでもいい。クラッサスも機体を傾けると、この暑い空間から早く抜け出したいと、這いずるように座席から出て、地面へと転げ落ちた。
「いてっ。はぁ……どうする、まだやるのか?」
顔だけジュハッグに向け、息も絶え絶えにクラッサスは言った。
「はぁ? 金にならねぇ戦いなんぞクソだっ!」
ジュハッグは吐き捨てるように言った。クラッサスとて、もう限界だ。そんな二人をニヤニヤと笑いながら、コランが崩れた瓦礫を滑るように降りて来た。その傍らにいる場違いな娘に目が行く。
「おい、その人はどうしたんだよ」
「ふん、今回のヒロインだ」
誇らしげに言うコランの言葉で察したのか、クラッサスは娘に憐れむような視線を向けた。だが、まんざらでもない様子に、ちょっとうんざりした。
「……なんで、いい感じになってんだよ」
緊張が一気にほぐれ、周囲が何とも言えない疲労感漂う空気に包まれると、仮面がすいっと降りてきて、コランとクラッサスに顔を向けた。
「これ以上の戦闘は蛇足ですねー。ここは綺麗に幕引きといたしましょう」
「終わりか、くそっ……続けてたら勝ってた……いや、そうでもないな。はぁ、もっと強くならねぇとな」
仮面が虹色の軌跡を残しながら、任務達成を祝うように飛び回った。極彩色のカーテンを背に、コランと娘は勝利を祝って唇を重ねた。
──それ、毎回やるつもりじゃないよな? クラッサスは、メリーの完璧主義に脱帽するしかなかった。




