第05話 陽動と潜入
クラッサスが駆る暗い緑色の従兵機『ガレ・メネアス』は、歴史にその名が登場してから500年の歳月が経つ機体だ。それが今もなお、この時代まで製造され続けているのには理由があった。
比較的安価で、性能も安定していることから、戦場では数合わせとして重宝された。なにより、動きの鈍さが幸いし、新兵の訓練に適していたことが挙げられる。
「さて、最初の標的はこいつだ!」
ガレ・メネアスが軽く槍を動かす。ただそれだけで、門を塞いでいたバリケードが音を立てて弾け飛び、かろうじて体裁を保っていた門扉が、地響きを立てて倒れ、砂ぼこりが舞い上がった。
腕が長く脚は短い、ずんぐりとしたコミカルな体型。だが、その姿からは想像もできないほどの破壊力を有している。
クラッサスは操縦桿を前に倒し、駆動板を踏み込んだ。心肺機が唸りを上げると、振動が足元から体に伝わり、心臓が高鳴った。
飛来する矢が装甲に当たり、窓ガラスを叩く雨粒のようにリズムを刻んで
落ちていく。
「ははは! そんなもんで止められるかよ!」
その声に応えるかのように、ガレ・メネアスが機械音を響かせながら腕を横に振ると、石壁の上から矢を放っていた傭兵たちが、巨大な槍によって木の葉のように薙ぎ払われていった。
次に、半壊した見張り塔に狙いを定めたクラッサスは、塔の覗き窓に槍の穂先を突き入れ、かき混ぜるように腕を回した。中にいた傭兵はなす術もなく、崩れ落ちる塔と運命を共にするしかなかった。
──操兵。
それは、この世界で最も強力な武具である。人が正面から挑んで勝てる見込みはない。全高1リート半(6メートル)の、従兵機と呼ばれる下位機体だったとしてもだ。
「すげぇ……これが操兵か。それにしても……ふー。操手槽ってのはけっこう熱いんだな」
開放型とはいえ、足元から立ち上る熱気が蒸し風呂のようにクラッサスを包んだ。興奮し脈打つ血管。にやけた口に汗ばむ手を当て、平静を取り戻そうとするが、簡単に収まるものではない。
次のターゲットを求めて、落ち着きなく目を巡らしていると、膝の間に挟まれるような形で設置されている、黒い大きな水晶がぶーんと電子音を発した。
これは感応石と呼ばれるレーダーの役割を果たす装置だ。見ると、光点が一つ明滅している。強い聖刻の力を発する存在が近くにいることを示していた。距離からすると、それは砦の中にいるらしい。
クラッサスは頬に伝い落ちる汗を手の甲でぬぐい、機体を旋回させて門へ向き直る。すると、バリケードの残骸を踏み潰し、傭兵が操る青いガレ・メネアスが門の石組みを削りつつ外に出てきた。クラッサスと同種の機体だ。
「なんだテメーは! 領主の差し金か!? 正規兵じゃねーな、同業者がいったい何しにきやがった!」
いかにもゴロツキといった乱暴で枯れた声が、拡声器を通してノイズまじりに響き渡る。初陣の緊張が、クラッサスの全身に走った。
──やってやる。オレはクラッサス。操兵乗りとして名をはせるその第一歩だ。鼻から大きく息を吸い込み、ゆっくりと口から吐いた。そして、言い放つ。
「おっと、人質を取るようなヤツと一緒にするなよ」
アドレナリンが感覚を鋭くし、眼光鋭く映像盤を通して、敵機の顔を睨みつける。クラッサスは注意深く敵との間合いを測り、機体の立ち位置を調整しながら、槍の穂先を敵機の顔へ向けた。
「ふん。死んじまえば、どいつも同じだ。おめーもな!」
傭兵はそう叫ぶと、機体を前傾させ石畳を踏み砕いた。そして走る。大地を鳴らし腰だめに槍を構えた巨体が迫る。互いの槍が交差し、甲高い金属音を立てながら、こすれ合い火花を散らした。
奴の動きがわかった、このラウンドは、クラッサスがINを取ったのだ。
攻撃を避けたとはいえ、その衝撃で機体がぐらつく。ぐいと操縦桿が押し返される圧力に、力を込めて抗う。
これが実戦。クラッサスは震える右腕を叩き、素早く駆動板を交互に踏んで操縦桿を押し込み、お返しとばかりに槍を突き出した。
◇ ◇ ◇
遠くから聞こえる金属音。それに耳を澄ませ、コランは二人の見張りが消えた横穴へと素早く移動した。息を殺して気配を探る。人が出てくる様子はない。盾で身を隠しながら、足を進める。
暗闇に包まれ、聴覚が鋭敏に異変を察知した。浅く荒い息遣い。緊張に耐え兼ねた男が声を上げた。
「誰だ! 何しに来た!」
見張りは逃げたのではなく、コランを待ち構えていた。そう、かがり火を背にするコランの黒いシルエットは、かっこうの的でしかなかった。無論、恐れることのないコランは答えた。
「村人を解放しに来た。居場所を言え」
「まさか一人でか!? くそっ、やるしかねぇ!」
コランの野性的勘が体を動かし地面を蹴って、獲物に襲い掛かる猛獣さながらに突進した。風切り音に続いて、盾に突き立つ低い音。声から相手の位置を予測し、愛剣の破斬剣を漆黒の闇へ叩き込む。
「ぐあっ!」
当たったが浅い。だが、近づいてしまえば条件は同じ。地面をする足音。呻き声。大気の流動をひりつく肌で感じながら、コランは盾を前に出して上体を低くし、反撃に備えた。
「消えたぞ、どこに行った!」
ぶんと空を切る音と罵声。壁際へ寄ったことでコランのシルエットが消えたのだ。混乱する男たちは、闇雲に剣を振り回し、うわずった声で喚き散らした。
「お、俺はドルチに知らせてくるっ!」
男が一人、逃亡を図った。その先には松明に照らされた階段がある。「おいっ! ふざけるな!」仲間とコランがいるであろう闇を交互に見て、残された男もすぐに後を追った。
次は彼らが黒いシルエットになる番だった。剣を納め弓を取り出すと、矢をつがえ、荒縄のような腕がやすやすと弦を引き絞り、放った。
「ぐっ、くそっ!」
どこからともなく「武器の完全成功!」という言葉が、ファンファーレのように響いてきた。
手負いだった男の背に矢が深く突き立ち、ダメージが重傷へと達したことで転倒する。コランはそれを無視し、二射目をつがえた。距離があり、冷静に狙いを定め息を止めて放つ。
コランはBNロールにLUCを入れ、確実に命中させた。だが、男は激痛に歯を食いしばり、倒れることなく壁に手をつけながら、必死に駆け上がって行った。それを見届けたコランは弓を背負い、剣と盾に持ち替えると、倒れる男の傍らにしゃがみ、ぐいと男の上体を引き起こして聞いた。
「ドルチとは何だ?」
「ぐあっ……ここを仕切ってる……村人に目を付けたのも、あ、あいつだ」
男は体に突き立つ矢を掴み、脂汗をたらしながら言った。
「そいつはどこにいる。村人もだ」
コランは急かすように冷徹に聞いた。
「うっぐ……言っても殺すんだろ」
「俺が喜ぶようなことを言えば、助かるかもしれんぞ」
言わなければコランに殺され、話せばドルチに殺される。男に選択の余地はなかった。生き残る道があるとすれば、コランが問題を解決してくれること。ただそれだけだ。
「……階段を上がって右、T字路にぶつかったら左だ。唯一、扉が残っている部屋がある。そこに村人がいる。だが……その前に、ドルチたちがいる部屋を横切ることになる。見つからずに行くのは無理だ」
「喜ばせるのがうまいじゃないか。そこで死んだふりでもしていろ。こいつは借りていくぞ」
コランは小型のクロスボウを掴み、男の矢筒から短い矢を数本抜いて革のベルトに挟んだ。クロスボウの弦を引き、いつでも撃てるようにする。それを腰に吊るし、階段を上がった。
「どこの誰かは知らねぇが、ジュハッグが操兵でやり合ってる!」
上階から男の叫び声がし、慌ただしく走る音が近づいては遠ざかる。クラッサスがうまくやっているらしい。コランはにやりと口角を上げた。
ドルチとやらに知らせに行ったのだろう、ならば案内してもらおうか。コランは素早く階段を上がり、左右に目を走らせて、消えゆく足音を追った。
「ドルチ! 従兵機が来やがった!」
「あん? 騒ぐな、そいつは専門外だ。ジュハッグにやらせておけ」
息せき切って部屋に走り込んできた男とは裏腹に、緊張感のない、のんびりとした声が返って来た。この声がドルチか──コランは壁伝いに、扉の無い部屋の入口へと接近し、密かに中を探る。
今入った男を入れて4人。一人は、コランの矢を受け手負いだ。粗末なテーブルに足を乗せてふんぞり返っている男がドルチだろう。
背が高く引き締まった無駄のない体をしている。側頭部を刈り上げ、頭頂部はトサカのように逆立っている。ヘビを思わせる細い顔立ちからは、戦いに明け暮れた経験から来る自信が漂っている。その傍らには場違いな娘が怯えた顔で立っていた。ドルチが気に入った娘を侍らせているのだ。
部屋の左手に扉があった。村人はそこか。こいつらがいては、たとえ鍵が掛かっていなくとも、出てくることはできまい。
コランが取った行動は──小細工などいらない、『そのまま入る』だった!
「あっ! こいつだっ! ドルチ、こいつが俺に」
騒ぐ男を無視し、コランは椅子を掴んでどっかと腰を下ろした。彼はぎょろりと男たちを見回し、ドルチで視線を止める。一目で格の違いが分かった。目を細め、その視線を受け止めるドルチ。
「へぇ……自殺願望があるにしちゃぁ、元気そうだなお前」
ドルチは村娘を脇へ押しやり、壁に立てかけた戦斧に手を掛けた。一瞬で部屋の空気が張り詰める。戦いとは無縁の村娘でさえ、その殺気めいた空気のざわつきを感じ取れるほどだ。
ドルチは、戦と聞けばどこへでも行く男だ。この戦闘狂の邪魔をしようものなら、自分の命が危ない。それゆえに、男たちは息を殺して成り行きを見守ることしかできなかった。
「どれくらい元気か、試してみるか?」
コランが世間話でもするかのように言った。
「そう急かすなよ。お前みたいな狂った奴とはなかなかお目にかかれねぇからな。おめぇが領主に何を言われたかしらねぇが、金がないってのはウソっぱちだ」
「ほぉ?」
コランは頬杖を突き、紙芝居を待つ子供のように、ドルチの次の言葉を待った。
「開拓は国を挙げての事業だ、それに金を掛けねぇなんてことがあるかよ。あの領主は、たんまり貯め込んでるってことだ」
「興味深い話だな。報酬は上乗せしてもらわんと割に合わん」
コランはゆらりと立ち上がり、獰猛に笑った。それに応えるようにドルチも立ち上がる。
「それはそれとして……そろそろ仕事をさせてくれ」
「はっはっは! やっぱ狂った奴だぜ!」
◇ ◇ ◇
クラッサスは迷わずINロールにLUCを投入した。同じことを考えていたのか、傭兵もまたLUCを使い、右操縦桿を押し出して駆動板を力いっぱい踏み込んだ。
「なんだ、そっちも持ってるのか?」
「ふっふーん。この世界の生物はぁ、誰もがLUCを持っていますよぉ? 油断大敵です」
ワースメーカーの煽るようなイントネーションにかまっている余裕はない。クラッサスは相手の動きに合わせ、ガレ・メネアスを横に移動させた。
動きを読まれた傭兵は、苦し紛れに槍を横なぎに振るが、大きく開いた胴体に、すかさずクラッサスの槍が繰り出される。
「そんじゃ、どっちのLUCが尽きるか、我慢比べといこうぜ!」
金属を引き裂く甲高い不快な音が、夜の砦に響いた。亀裂から粘性の赤い液体をまき散らし、傭兵の機体が傾く。
「一度にARM値以上のダメージを受けたので、機体ダメージ表を振ります」
ワースメーカーがダイスを振る。その結果、青いガレ・メネアスのSPEが1低下した。
「このように、操兵戦では受けたダメージによってペナルティがどんどん加算されていきます。どれか一つでも0になったら大破ですよ? 気を付けてください」
「あぶねー、LUCを使って正解だったぜ」
鉄と鉄がぶつかり合う音に、両者の雄叫びが混ざる。血と火花を散らすこの戦いを、誰もが手を止めて見守っていた。
そう──操兵には血が流れているんだ。人工の筋肉を包むように血管と冷却水が通り、心肺機が老廃物を濾過しながら全身に循環させる。中には、意志を持っているかのような動きを見せるものもあるという。操兵は、もはやただの兵器ではなく、一人のキャラクターなのだ。
どこからともなくドドーンという重低音と共に、「絶対失敗!」という声が響いてきた。つまりダイスの出目が1で、最も悪い結果になったことを意味する。
その瞬間、クラッサスは優勢に気が緩んだのか、ぶつかるように突き出した槍が大きく外れ、バランスを崩してしまった。すぐに操縦桿を引き戻すも、それを見逃す傭兵ジュハッグではない。
ジュハッグが突き出した槍が、深々とクラッサスの機体を貫いた。クラッサスは激しい衝撃に全身を揺さぶられ、肺の空気がすべて吐き出されてしまったかのようにあえいだ。
「ぐあっ……かっ……」
何とか息を吸い、目を見開いて歯を食いしばるクラッサス。心肺機にひっかくような金属音が混ざり、筋肉筒のいくつかが破裂したようだ。
ずるずると足をすって下がる。機体の速度が見るからに落ちている。おびただしい血の滴りが、その損害の大きさを物語っていた。
「動きが荒いな。飼育小屋から出てくるのが早すぎたんじゃないのか?」
「へへっ。ゲームってのは……逆転があるから面白いんだぜ?」
負けじと言い返すクラッサスだったが、絶望感をぬぐうには至らなかった。




