第04話 砦の救出作戦
本校舎の影に沈む旧校舎の廊下は、短い夏の日差しも届かず、薄暗く陰気だった。その静寂を乱すように、二人の生徒が進んでいく。中等部三年のメリー・クラウンベルと、二年のショーだ。
あの胸躍る体験から数日が経っていた。来月には学園祭が控えていることもあり、生徒会役員のメリーは、放課後まで資料作りに追われていた。
そして今日、提出した資料の承認待ちということもあり、ようやく自由な時間ができたのだ。
メリーは、大好きなコランを完全再現できなかった悔しさもあり、心なしか歩く足に力が入った。
そんな姿を見て、ショーは何だかうれしくなった。学園内では、感情を表に出さないすまし顔で、「鉄の女」などと呼ばれることもある。命知らずにも、告白した男子が玉砕するさまを何度か見かけた。そんな彼女が、心から楽しめるものを見つけたのだ。
「なんだかご機嫌だなメリー」
「今度は、ちゃんとコランを演じて見せるわ」
メリーの背中に声をかけるショー。無論、彼も剣の時代に行くのが待ち遠しく、気持ちが昂っている。
資料室の前まで来ると、メリーはポケットから鍵と、かまぼこ板のような物を取り出した。それを「見て」とショーの方に向ける。
板には「ワースブレイド」と刻まれていた。
「3Dプリンターで出力したのよ。今日からここを、ワースブレイドサークルの活動拠点とします」
にこにこと、資料室のドアに表札を貼り付けながらメリーが言った。ショーに異論はない。が、勝手に貼っていいのか疑問が生まれた。
「でもさ、いいのか? そんなことして」
「当然、ちゃんと許可は取っているわ。その代わり、中を片付けないといけないのだけれど」
「あれを片付けるのか……」
そう言って、ショーはがっくりと肩を落とす。今後もこの部屋を使っていくなら、仕方ないかとため息をついた。
メリーが鍵を開け中に入ると、ヒビだらけの仮面がぐいと顔に近づいてきた。小さく悲鳴を上げて止まるメリーの背に、ショーがぶつかった。
「待っていました! さあ、今日は本格的な冒険を体験していただきますよ?」
仮面を震わせながら歓喜の声を上げるワースメーカー。その様子はまるで、主人の帰りを待つ犬にしか見えない。
「もう……片付けが先よ!」
強固な意志で逸る冒険心を抑え込み、メリーが冷たく言い放つ。それを聞いたワースメーカーは「おお……」と消え入りそうな声を上げ、ゆらゆらと落ちていった。仮面なのに表情豊かなところがおかしく、ショーは思わず吹き出した。
「そんじゃ、ちゃっちゃと始めようぜ」
◇ ◇ ◇
ピモ・ルルニンを出て、街道を西へ三日ほど進むと、人口増加に伴う開拓地拡大を目的とした前哨基地がある。そこは、所属不明の軍団による妨害を幾度となく受けていた。
対策として、領主は傭兵を雇い入れることで対応していたが、ある時期を境に妨害がぴたりと収まった。
問題が解決し、本国からの資金が打ち切られると、一年契約で雇われた傭兵たちの解雇が決まった。
それを聞き、しばらくは楽に暮らせると高を括っていた傭兵たちは、一年分の契約金を請求した。
だが領主には支払う余裕がない。金が払われないと知るや傭兵たちは激昂し、周辺の村を襲うと村人を人質に取り、砦に立てこもったというわけだ。
崩れた石壁や正面の門には粗末なバリケードが築かれ、まだ原形をとどめていた見張り塔には、弓で武装した傭兵が周囲を警戒している。
◇ ◇ ◇
ようやく部屋の片づけを終えたメリーとショーは、待望の剣の時代へと旅立つことができた。
そして、コランとクラッサスになり、酒場の外に設けられたテラスでくつろぎながら、事件のあらましを聞いていた。
なんとも面倒ないきさつに、クラッサスは、腕を組んで背もたれに体重をかけた。
「契約書でもあれば、それを破った領主に問題があるんだろうけどさ……」
正当性を論じるクラッサスに、コランが人差し指を立て──何かを言おうとしたが、目を瞑り口をつぐんだ。
「……ちょっと待って。今、コランを降ろしてるから」
「降ろすってお前。そんなことできんのかよ……降霊術じゃあるまいし」
コランは目を閉じて両腕を高く上げると、ゆっくりと手を下げて頭を押さえた。そして、頭をぶるぶる振り、かっと目を見開いた。
「……入った」
そうか──今回は気合入ってんな。
コランの顔色が変わった。影に沈む水色の瞳が野性的な光を宿し、低く落ち着いた声が答えた。そこには、メリーの部屋で何度も見せられたコランの姿があった。
「問題はそこじゃない」
「いきなりきたな。えーと……じゃあ何だよ」
コラン──メリーの奇行に面食らったクラッサスだが、なんとか平常心を保つことができた。
「誰がいくら払うか……だ」
コランが当然だと言わんばかりに鼻を鳴らした。カップを掴みクラッサスを指さすと、さらに続けた。
「俺は飲み、お前の胃袋には何も入っていない。何が必要なのかは明白だろ?」
コランがこれみよがしにカップの液体を喉に流し込んだ。その様子を見たクラッサスは、口を真一文字に結び、喉の渇きを堪えていたが──いかんせん、金がない。
「傭兵に肩入れするのは論外だな。金が払えねぇって言ってんだし。じゃあ、領主に話をつけるか?」
「うむ。俺たち二人に払うくらい、どうってことないだろう」
「決まりだな。ワースメーカー、どうしたらいい?」
クラッサスが天を仰いで呼び掛けると、フワリと仮面が降りて来た。
「そうですねぇ、すでに村人の救出を依頼されていることにしましょう。時間調整もワースメーカーの大事な仕事ですので」
それもそうだ。前回は、目が覚めたら夕方だった。これが夜中で、生徒が二人倒れていたなんてことになったら──旧校舎が完全に封鎖されかねない。
「肝心の報酬はどうなってるんだ?」
無一文のクラッサスにとって、それが一番の関心事である。
「一人100ゴルダを基本とし、活躍によってはボーナスを付けますよ?」
「100か……そういや、昔はゴルダだったんだな」
ゴルダを今も使っている地域はあるが、国ごとの経済格差が大きくなった今、各国独自の通貨が流通していた。
「よっし。早速その砦とやらに行こうぜ」
クラッサスが出発だとばかりに、椅子を鳴らして立ち上がった。
「ワースメーカー。ここの支払いは?」
コランは小さな皮袋に指を突っ込み、銀色のコインをつまみ出した。
「本来は銀貨よりも下の銅貨で支払うのですが、金銭のやり取りを細かくすると時間がかかるので、今回は省略しましょう。では、砦周辺まで移動しますよ?」
「えっ、だったらオレも何か注文しとけばよかった」
立て掛けられたメニューの板を見返し、愚痴るクラッサス。
「支払い能力のないクラッサスはダメです」
ワースメーカーがそう言うと、周囲の景色が流れるように切り替わった。
◇ ◇ ◇
月のない夜。静まり返った森の中に金属音が響き渡り、安眠を妨害された森の住人たちは、負けじと騒がしく抗議の声を上げた。
木々に囲まれた起伏のある剥き出しの地面を進むのは、クラッサスが駆る従兵機ガレ・メネアス。全高は1リート半(約6メートル)。四角いシルエットは、横から見ると胸部が「くの字」にせり出している。頭は無く、顔は胸の中央にあった。これは従兵機共通の特徴だ。
道は小高い丘にある砦へと続いていた。木々はその周辺まで広がっており、生身であれば、身を隠しながら近づくのは容易だろう。
「さすがに、これ以上は気づかれるか」
クラッサスは機体を止め、振り落とされまいと座席を掴んでいるコランに言った。ガレ・メネアスは背面の装甲が無く、操手(パイロット)が丸見えの開放型と呼ばれる構造をしている。それゆえに、このような乗り方も可能なのだ。
コランが装甲に手を掛けて、ぶら下がりながら地上に降りた。周囲に目を向けると、木々の合間から、揺らめく炎の明かりが見える。
「見ろ、誰かいるぞ。……砦とは違う方向だな」
「えっ? ……あれか。砦の外にも、見張りがいるのかもな。どうする?」
「見てこよう」
クラッサスも地に降りると、二人は闇の中に浮かび上がる赤い光を目印に、慎重な足取りで近づいて行った。すると、フワリと仮面が降りてきて言った。
「気づかれないように近づくなら、AGI基本値+体術ロールになります」
「おっと。そこもロールがあるのか」
「ふむ、体術なら1レベルある」
ロールを意識すると、二人の手にダイスが出現した。その手を上げ、ダイスを投じようとしたその時、ワースメーカーが二人の前に出て止めた。
「お待ちくださーい。失敗したくないのであれば……LUCを使うという手がございます」
「LUC? オレは12だけど、これのことか?」
「はい。なんと! LUCを消費することで、ダイスを増やすことができるのです。一度に使える数は三つという制限がありますが」
「最大で10増えるのであれば、成功率はかなり上がるな」
コランが迷わずLUCを一つ消費すると、青いダイスが増えた。クラッサスはまだためらっているようだ。彼の方がLUCの数値は高い。だが、今後の戦いのことを考えて、残しておく選択をしたのだ。
「注意点が一つ。LUCを使った場合、すべてのダイス目が10でなければ、完全成功になりませんー。逆にぃ、出目が全て1でなければ、絶対失敗にはなりません」
「ってことは、武器の完全成功もか? 攻撃が当たりやすくなる代わりに、大ダメージが出にくくなるってことだな」
「はい。その通りです。他にも使い道はありますが、その都度ご説明いたしましょう。それでは、ロールをしてください」
二人のダイスが暗い森の中に、かかっと乾いた音を立てた。果たして結果は?
コランが獲物を狙う猛獣めいた低い姿勢で、草木から草木へ影に身を潜めながら進み、その後をクラッサスが追う。
切り立った崖に黒い穴が開いていた。その前には、かがり火に照らされた二人の男。崖の上には砦があり、この穴との関係性が窺えた。
男たちの装いに一貫性はなく、山師のたぐいか、立てこもっている傭兵であろうと推測できた。
「ふむ、二人か……ならば」
そう言ってコランは背中の弓に手を掛けたが、クラッサスが木の根に躓き声を上げてしまった。
「うわっと! あ、やべっ」
何とか木に抱きつき、転倒を免れたクラッサスに、コランが片眉を上げて呆れた顔を向ける。
「お前、ロールに失敗したな?」
「わりぃ、そうみたいだ……」
「ふん。武器もないのに、ついてきてどうするつもりだ」
「まぁ、それはそうなんだけどさ。ロールしたいじゃん」
ロールのチャンスを逃さないのも重要なことだが、今回はまさに運がなかった。
クラッサスの声に見張りの男たちが顔を見合わせ、一人は腰の剣を抜き、もう一人は小型のクロスボウを構えた。だが、暗闇に入っていく覚悟ができていないのか、お前が行けよと譲り合っている始末だ。このまま離れてしまえば、姿を見られることはないように思えるが、果たして。
「まずいな、飛び道具持ってるぞあいつ」
「ふむ。向こうから出てくるならやりようもあるが……」
二人が判断に迷っていると、男たちが光の届かぬ横穴へと入っていった。今度は、コランとクラッサスが顔を見合わせることとなった。
「何だ? いなくなっちまったぞ?」
「仲間を呼びに行ったか……厄介だな」
コランは眉間にしわを寄せ低く唸ると、弓をしまい、腰に下げた肉厚な剣を引き抜いた。
「お前は戻って、砦の前で暴れていろ。その隙に俺が村人を探す」
「一人で大丈夫かよ。向こうは大勢いるんだろ?」
これが本物のコランならクラッサスも心配はしない。だが、ここにいるのは作ったばかりのキャラクターだ。どこまでやれるのかは未知数。
「倒せない奴にいられたほうが、やっかいだ」
そんなクラッサスの心配もよそに、手厳しく言い放つコラン。
「ちぇっ、わかったよ。ちょうど暴れたくなってきたことだしな!」
◇ ◇ ◇
砦から焦りと怒号が発せられた。傭兵たちがせわしなく走り回り、無駄と知りながらも矢を放っている。やり場のない感情のはけ口となった傭兵たちには、同情を禁じ得ない。
その様子を遠目に見ていたコランは、左手に盾を持ち、破斬剣を剣舞のように振り回して感触を確かめた。
「さて……始めようか」
コランは盾で上半身を隠し、切っ先を槍のように前へ向けながら、横穴へと入っていった。




