第03話 アハーンの大地に立つ
東西に広がるアハーン大陸、西方。その南部には、西方最大の樹海──ファインド大森林が広がっている。いまだ未踏の地が多く残されており、国土のほとんどが緑に覆われた大地だ。
この地で都市と呼べるのは、ニナ・デーズ連合国家ぐらいなものである。中でも交易路沿いの大都市ピモ・ルルニンは、遥か東方から持ち込まれる富の通過点として、大いに栄えていた。
ここでは通行税の免除と自由市が許されており、非常に多くの旅行者や行商人が訪れ、多種多様な人種が集い、賑わいの収まらぬ街となっていた。
だが──富の華やかさは影を引き付ける。人の流入が増えたことによる治安の悪化が問題視されているのも、また事実であった。
◇ ◇ ◇
ピモ・ルルニン。それが今立っている都市の名だという。ダンバキノから出たことのない二人にとって、聞き慣れない国名だ。
大陸を横断する交易路、カグラ・ルートのことは知っていたが、それがどの国を通過しているかまでは把握していない。何より、今も国名がそのままだとは限らない。
ワースメーカーの説明を聞いたクラッサス──ショーのキャラクターは、遥か北に連なる山脈に目を向けた。
「ってことは、あれがラムクト山か」
頭の中で地図を思い描く。すると、二人の前に西方全域の地図が透けて表示された。指でなぞれば、その部分が拡大されていく。
「使い方は遠話端末(この世界のスマートフォン)と変わらないわね」
コランが、南部地域を拡大しながら現在地を探る。聞いた通り都市が少なく、すぐにピモ・ルルニンを見つけることができた。
「あったあった。へー、こんなところにいるのか」
興奮気味にクラッサスが言った。たとえ夢の中だとしても、異国の地に立つ、それだけで大冒険だ。二人の様子に満足したように、ワースメーカーが声をかけた。
「では、この世界で生きていくためのルールを覚えていただきましょう。場所を移しますよ?」
その言葉と同時に景色が一変した。街並みは消え、周囲には深い森が広がり、太い根が絡まり合う湿った地面に足が沈む。
濃密な植物の匂いが鼻腔を満たし、むせかえるほどの自然の生命を感じた。
「うわっ、こんなこともできるのかよ」
「本物みたいね」
感心したようにコランが木の幹に手をあてた。苔むした樹皮から、心地よい冷気が伝わってくる。
「戦闘にはルールの基礎が詰まっています。それを、身をもって体験していただきましょう。それと……私のことは、ワースメーカーとお呼びください」
そう言うと、棍棒を持った白骨標本が、草むらから姿を現した。負の生物に分類される怪物、骨人だ。
「おっ、チュートリアルだな、いいぜ」
スケルトンはファンタジー作品の定番とも呼べる敵キャラクターだ。クラッサスは軽く拳を鳴らし、コランは腰の剣を鞘走らせ、澄んだ金属音を奏でた。
「それでは、このように10面体ダイスを出してください」
ワースメーカーの周囲に、虹色にきらめく10面体が出現し、衛星のように仮面を周回し始めた。
「誰しもが心の内に持つダイスです。強く念じてください。あなたのダイスが浮かび上がってくるはずですよ」
「そんな形のダイス、初めて見るからなぁ」
クラッサスは、白い箱の中に入っていた赤い10面体を思い出した。それぐらいしか思いつかなかったのだ。
すると、クラッサスの手の中にカチャリと三つのダイスが出現した。あの赤い10面体だ。「へへ、本当に出たぜ」と手の上でもてあそぶ。コランに視線を向けると、不思議そうな顔で青いダイスを見つめていた。
「よろしい。では、キャラクターシートのIN基本値を見てください。INとは、イニシアチブナンバーの略。つまり、行動の優先度を表す数値です。出目に基本値を足したものがIN値になり、どちらが先に動くかが決まります。ダイスを一つ振ってみてください」
「はー、なるほどね。ほらよっ!」
クラッサスの投じたダイスは木の根がうねる地面に落ちることなく、見えない板があるかのように宙を走る。
──出目は8!
IN基本値は3。
合計11だ。
すると、スケルトンがどのように動いてくるのかが、クラッサスには手に取るように知ることができた。
「どうなってんだ? そいつが何をしてくるかわかるぞ」
「わたくしにもわかるわ」
うんうんとうなずくワースメーカー。フワリとスケルトンの上に移動すると、実際にスケルトンを動かして見せた。
スケルトンは、クラッサス目指してまっすぐに迫ってこようとしていた。だが、先に相手の間合いから外れてしまえば、攻撃を受けることもなくなる。
「それは、お二人のIN値がスケルトンよりも高いことを意味しています。んー。高い者は低い者の行動を知った上で動けるのです。そしてぇえ、高い者から先に行動します。INが戦闘において非常に重要だと、わかりましたねぇ?」
「要するに、オレが先攻ってことだな」
「お待ちなさい。あなたの動きがわかるわ。つまり、わたくしが先よ」
お嬢マッチョことコランが、肉厚の剣ぶんと一回転させた。そして、スケルトンの軌道を予測して側面へ回り込むように移動する。
「……なんか、行動が知られてるってのは、いい気がしないな」
そう言って、クラッサスはスケルトンの攻撃が届かないぎりぎりのラインで足を止め、近づいてくるのを待った。
ワースメーカーが言った通り、スケルトンは予定の経路でクラッサスへと接近し、粗末な棍棒を振り下ろした。当然、攻撃は外れる。
「これで1ラウンド終了です。再びINロールを行い、決着がつくまでこれを繰り返します」
どこからともなく「完全成功!」という声がファンファーレのように鳴り響いた。すると、クラッサスの体が淡い光に包まれた。
「あなた、光ってるわよ?」
「えっ? どうなったんだこれ!?」
クラッサスが自分の身に起きたことに戸惑っていると、ワースメーカーが虹色の光を発しながら、てクラッサスの頭の上をくるくると旋回した。
「すばらしい! INロールで完全成功を出しました! 完全成功とは、一番いい結果が出たことを意味します。よかったですねぇ、防御と戦術技能の修練度に10ポイント入りますよぉお?」
ワースメーカーはクラッサスのキャラクターシートを表示させると、技能欄に「防御」と「戦術」を新たに記入した。だが、レベルは0だ。
「んー。技能は増えましたが、レベルは自分で上げてください」
「へー、そうやって技能を覚えるのか」
「それだけではありません。このラウンドのあいだ、クラッサスは吸収点が2倍です。と言っても、鎧を着ていませんから、意味がないですけど」
「悪かったな、文無しで」
クラッサスは強力な「気闘法」と呼ばれる技能を習得するのにポイントを全て使ってしまったため、所持金が0なのだ。
「……今回は、誰の行動もわからないわね」
コランが不満そうにつぶやく。本番になったら、その口調は直してくれよとクラッサスは思った。
「ははっ、コランが一番遅いってことだな。そんじゃ、先にやらせてもらうぜ」
クラッサスは右の拳を肩まで上げ、半身になって構える。鼻先はスケルトンの正中線に向け、腰をわずかに落とし重心を下げた。
後ろ足の母指球を支点に、足首を鋭くひねり爆発的突進力を生み出す。その螺旋エネルギーは、勢いを失うことなく膝、背骨、肩、肘を伝わり、スケルトンの首めがけ平拳を槍のように突き出した。
──つもりなのだが。体は思ったようには動かず、スケルトンの頭を赤べこのように揺らしただけだった。
「あれ? なんか調子悪いな」
「ふふーん。何かしたようですけど、それをするにはキャラクターが未熟だったみたいですねぇ。ちなみに、この世界の素手攻撃は……最弱です」
「なにっ!? だから手応えがなかったのか。うわっ」
クラッサスが言い終わるや否や、彼の肩口めがけてスケルトンが棍棒を振り下ろした。しかし、間合いを見誤り当たることはなかった。
「あっぶな」
残るはコラン。剣を野球のバットのように構え、暗く影のある水色の目でスケルトンをねめつける。──ふと、顔を上げた。
「……このスケルトンという生物? は、筋肉もないのにどうやって動いているのかしら」
コランは誰もが持つ疑問を、ワースメーカーにぶつけた。
「……ふ~む、古来よりこういう怪物として知られていますからね。おおかた精霊界に行けずに彷徨う怨念が取り憑いて動かしているのでしょう」
「そう……よくわからないわねっ!」
コランの切れ味よりも重量で裂く肉厚の剣──破斬剣が、スケルトンを袈裟懸けに斬りつけた。
直後、どこからともなく「武器の完全成功!」という声がファンファーレのように鳴り響いた。
コランの剣は、スケルトンの腕もろとも腰を薙ぎ払った。上下に分かれたスケルトンは斬られた衝撃で樹木へと叩きつけられ、飛び散った骨が乾いた音を立てた。
「骨は墓でおとなしくしておくものだ」
急にコランになりきるメリー。蛮人らしい戦い方で、彼女の中に眠るコラン魂に火が点いたのかもしれない。彼は満足げに剣を一振りして、かちんと鞘に納めた。
「うわぁ……容赦ねぇな」
「すばらしい! 攻撃の成否を決めるBNロールで、出目が武器ごとに設定されている完全成功値以上なら、ダメージが2倍になるのです」
無惨に砕かれた骨の残骸を見て、あまりのダメージに引き気味のクラッサス。たとえ、素手攻撃が完全成功したとしても、これほどのダメージは望めないだろう。
「ふーむ。スケルトンでは、基本を教える前に終わってしまいましたね。まあいいでしょう。あまり長引くと、疲れますからね」
「そんじゃ、チュートリアルは無事クリアってことか?」
不完全燃焼だが、これで本格的な冒険に出られるのかと期待も高まる。次こそは自分も大ダメージを出してやる。そう思わずにはいられないクラッサスだった。
「ええ、続きは実戦で覚えてもらうとしましょう。それでは、今日のセッション、お開きとさせていただきます」
ワースメーカーがそう宣言すると、二人の視界がぐにゃりと歪み、全身から何かが抜けていくかのような感覚に襲われた。
◇ ◇ ◇
ショーは目を覚ました。長いあいだ硬い床の上に寝ていたせいか、体の節々に痛みがある。そう、ここは資料室。隣にはメリーが倒れている。
「んー。有意義な時間を過ごせました。またのご来場をお待ちしております」
視線を上げると、仮面がゆらゆらと浮いていた。不気味で変な喋り方をするやつだが、見慣れてくると妙な愛着が湧いてくる。
「それって、ここに来れば続きができるってことだよな?」
「ええ。待っていますよぉお?」
そう言うと、ワースメーカーは恭しく仮面を傾けて一礼し、白い箱の中へと戻っていった。中を確認してみたが、そこに仮面はなかった。
「いてっ……なんだ?」
急な頭痛に視界がかすむ。テーブルに手をついて呼吸を整えていると、メリーが小さく呻いて目を覚ました。
「……戻った、のかしら」
メリーの顔にも疲れの色があった。どうやら、この遊びは頭を──正確には想像力だが──を使うため、精神的な負担が大きいのかもしれない。
そういえば、さっきワースメーカーが「疲れる」とか言ってたよな。はぁ……これのことだったのか。
「大丈夫かメリー」
「んっ……どうかしら」
ショーはメリーの体を引き起こして立たせると、椅子に座らせた。彼女はテーブルの上に体を預けながら、何かを思い出すかのように目線を動かしている。
「記憶……あるわよね?」
「忘れるわけねぇじゃん」
もしも、あの噂の正体がワースメーカーだとしたら、記憶をなくすほど遊び続けていたってことか? その気持ちはわかるが、オレたちも気をつけないとヤベーな。
「もうこんな時間よ。戻りましょう」
「はー、部屋を片付けてたとでも言っとくか?」
全く片付いていない部屋の中を見ながら、肩をすくめるショー。メリーは「そうね」と答え、立ち上がると窓を閉めてカーテンを引いた。
「それにしてもさ、メリーのコラン……すごかったな。喋り方がそのまんまだったから、笑いをこらえるのが大変だったぜ」
「急にやれと言われても、意識していないとできないのよ。その点、ショーは背が伸びただけだから、楽よね」
「いいだろ、夢の中なんだから」
「ふふ、いつそうなるのかしら」
「ふんっ、言ってろ」
夕暮れが近づき、資料室の闇が濃くなった。手探りで扉まで行き廊下へ出ると、鍵を掛けて旧校舎を後にした。
◇ ◇ ◇
無人の資料室から声が聞こえてくる。
「ふふーん、良い時代に目覚めました。私ほど恵まれたワースメーカーは、他にいません。んっふっふ」
小躍りするかのようなワースメーカーの声だ。
「あの赤毛の少年。まだ確信はありませんが……もしそうなら、この時代に変革をもたらす者になるかもしれませんねぇ」
意味ありげに低いトーンで語り終えると、ワースブレイドと書かれた白い箱はゆっくりと浮かび上がり、元の場所へと収まる。そして、再び静寂が訪れた。




