第02話 キャラクター作成
ただ闇があった。夜の暗さでもなく瞼を閉じた暗さでもない。それ以外に表現のしようがない闇。上下の感覚はなく、夏の暑い空気を感じることもなかった。
遠くから歯車が回る機械音が響いてくる。
そこにメリーとショーはいた。この状況下にありながら心は驚くほど穏やかで、恐怖はない。むしろ何かに守られている、そういう温もりがあった。
いったい自分たちの身に何が起きたのか。呪われた資料室──ワースブレイドと書かれた箱、不気味な濡れた眼差しを向けてくるヒビ割れた仮面。
──何もできないのであれば、何かが起こるのを待つしかない。
「ショー、こっちよ」
メリーから見て、頭を下にしながら漂うショーの方へ彼女が腕を伸ばすと、すっと体がそちらへ移動した。ショーがその手を取り、メリーの体を引き寄せる。
「……何もないわね。ここが死後の世界、というものなのかしら」
メリーは静かに言った。声に戸惑いはなく、状況を確認するかのようなつぶやきだ。ショーは頭を巡らせて周囲を見回す。光源はないが、この闇の中にあって、お互いの姿は確認できていた。
「ああ、何も見えねぇな」
静かに闇の空間を漂っていると、歯車が噛み合い何か大掛かりな仕掛けが動く音が振動となって伝わってきた。
「ご心配なく。まもなく準備が整います」
姿は見えない。ワースメーカーと名乗った仮面の声がこだまし、二人の体を震わせた。敵意は感じられない。ショーは、相手の真意を測るかのように問いかけた。
「オレたちをどうする気だ?」
「どうこうする気はありません。私は案内役、胸躍る冒険の世界へ招待するのがぁ、私の役割。……まもなくです」
特徴的な声は、先ほどよりも落ち着いた様子で答えた。歯車の音が大きさを増し、体が何かに吸い寄せられるかのように加速した。
「ショー、明かりが見えるわ」
メリーが夜空の星のような小さな点を指さして言った。赤く揺らめく光が、次第に大きくなっていく。近づいている。
その瞬間、足裏に確かな感触が生まれた。驚いて視線を向けると、使い古された荒い木目の床があった。
目の前には木の丸卓と、それを囲む簡素な椅子。中央には赤い光を投げかける、太い蝋燭の炎。──見えていたのはこれか。
「さあ……お座りなさい」
声はすぐ近くから発せられた。ショーが椅子の背もたれを掴むと、確かな硬い感触が伝わって来た。警戒しながら椅子を引き、メリーを座らせる。
光が届かないのか天井は暗く、周囲には丸太で組まれた壁が薄闇の中に見えた。山小屋か何かに連れ込まれたのだろうか。──まさかこれって、誘拐ってやつじゃないよな。
ショーは卓を回り込んでメリーの正面に座った。すると、天井の闇から仮面がフワリと降りてきた。
「まずは、あなたたちの分身となるキャラクターを創ります」
丁寧でありながら、抑揚の強い言い回しは変わらずに仮面が言った。いつのまにか、自分たちの前にキャラクターシートと書かれた紙と筆記用具が並んでいた。
「あなたたちは今、夢を見ている状態です。この夢の世界で剣の時代と呼ばれていたころのアハーン大陸を、冒険していただきます!」
仮面の興奮した声に、蝋燭の炎がひときわ大きく揺れた。
「言うなれば、卓上の演劇!」
「つまり……その劇をやれと?」
キャラクターシートに目を通していたメリーが顔を上げて言った。
ショーの推測は当たっていた。──こいつは剣の時代と呼ばれていた、オレが憧れている操兵が動き回っていた時代を体験するTRPGだ。
理由はわからねぇけど、この不気味な仮面は、オレたちにプレイヤーとしてゲームに参加しろって言ってるんだ。
夢の世界。本当にゲームをやらせるためだけに連れてこられたのなら、それを楽しむだけだ。しかし、そんなことをして、この仮面に何の得がある?
「わかんねぇ、何か裏があるんじゃないか?」
「んー。我々ワースメーカーの喜びはぁ、プレイヤーを楽しませること。他に望みはありません」
仮面を揺らしながら悦に浸る、もったいぶった口調が鼻につく。それが本当なら、ブレン・ゴールのような操兵が戦場で戦っている姿を見ることができる──いや、自分で乗って動かせることもあるのか!?
「劇をしたら、帰していただけるのかしら」
メリーが頬杖を突き、ペンをくるりと回しながら言った。
「ええもちろん。それでは、まずどのような役があるのか見ていただきましょう」
そう言って仮面は会釈するように下を向き、横へスライドしていくと、今いた空間に様々な光景が映し出された。
そこには、力強く剣を振るう戦士がいた。
鋼鉄の騎士、操兵を操る操手がいた。
聖刻より魔力を導き出し、秘術を操る練法師がいた。
聖霊力を宿し奇跡を起こす伝道士がいた。
鍛え上げた肉体から気を放つ修道士がいた。
俊敏な身のこなしで迷宮を渡り歩く盗賊がいた。
「……すげぇ」
巨大な騎士たちが剣を振るいぶつかり合う大規模な合戦が映し出された。操兵が居並ぶ戦場の映像に、ショーはくぎ付けとなった。興奮気味に拳を強く握り、ここなら俺も操手になれるのか!? と身を乗り出して映像に顔を近づけた。
──操手。それは操兵に乗り、戦うことを生業とする者の総称だ。今では従兵機と呼ばれる簡略化された下位機体のみが競技用として残されているが、ワースメーカーが見せる映像には、上位の機体である狩猟機がひしめき合っている。
「操手になれるんなら、オレやるよ!」
ショーの中にある、今は薄れてしまった小さい頃の憧れがふつふつと熱を帯び、心臓を高鳴らせた。
あまり乗り気ではなかったメリーもまた、ある映像にくぎ付けとなっていた。名門の家に生まれ、過酷な経済競争の中で生き抜くため教育を受けてきた彼女にとって、外の世界は遠い憧れだった。
幼いメリーは、その思いを祖母が出演していた冒険活劇の主人公に重ね合わせていた。己の肉体一つで大自然の驚異に挑み、財宝を手に迷宮から生還する野性的な生命力。並み居る困難に見舞われてもくじけることのない鉄の意志。
自分もそんな強い人間になりたい。夢の中とはいえ、今ならそれを実現できる。
「キャラクターって、どんなものでもよろしいのかしら?」
「ええ、好きな小説の登場人物や、漫画から取る人もいますからね」
メリーは頷き、心の支えとなる勇敢な主人公を鮮明に思い描いた。
誰よりも力強く冒険心に溢れ、臆せず危険に飛び込む大胆で抜け目のない姿。幾度も見返したドラマの主人公が、頼もしい笑みをたたえてメリーを見つめている。現実ではありえないこの体験に、彼の力を借りよう。
「そう、あなたしかいないわよね」
◇ ◇ ◇
荒く敷かれた石畳の道。絶え間なく行き交う人々。軒を連ねる建物はどれも低く、木造だ。
その雑踏のなかに、ひときわ背の高い赤毛の男がいた。袖のないシャツに、柔らかく膨らみのあるズボン。厚みのある胸板。そして、鍛え抜かれた腕は近寄りがたいオーラを漂わせていた。
だが──その体躯とは裏腹に、男は落ち着きなく視線を漂わせている。まるで、初めて都会に出て来た若者のようなふるまいだ。
「ここは……剣の時代のアハーンでいいんだよな?」
誰に問うわけでもなく、ショーのキャラクターである「クラッサス」は、頼りなさげにつぶやいた。
メリーのキャラクターが見当たらない。いや、それらしい人物が一人いる。信じたくなかっただけかもしれない。
腰に吊るした剣の位置を整え、不敵な笑みでこちらを見ている巨漢がいる。足には毛皮を巻いたブーツ。逞しい肉体があらわになった粗末な革鎧。陰鬱な影のある水色の瞳。ライトブラウンの髪の毛は、後ろで一つにまとめられている。
クラッサス──いや、ショーは知っている。メリーに幾度となく見せられた映画やドラマ、コミックに登場する「男」だ。
北の辺境にある凍てつく大地で育った筋骨たくましい男で、野生の力強さと豹も恥じ入る敏捷性を兼ね備えた、生まれながらの戦士。その名も「コラン」。メリーは、そのコランそっくりのキャラクターを作り上げていた。
「本人じゃんか!」
もはや賞賛に値するほどの完成度で存在感を示していた。コラボキャラだと言われたら、誰もが信じるだろう。
「どう? 細部までこだわったのよ?」
硬く盛り上がる力こぶを見せつけるコランに頭を抱えるクラッサス。 低く太い声。だが口調はメリー。──悪夢である。
「せめて喋り方は変えよーぜ。演じる、だろ?」
「そうだったわね……いえ、久しいなクラッサス」
コランが重たい腕をクラッサスの肩に回して再会を喜んだ。
「ははは、そうそう。それじゃ、さっそく儲け話を探そうぜ。見ての通りすっからかんだ」
ポケットをひっくり返して見せるクラッサス。
「武器もないのか?」
コランはクラッサスの体をジロジロと見回した。道着のような服装以外は、何も身に着けていない。
「残ってるのは相棒の従兵機だけさ」
そう言うと、クラッサスは操兵シートを表示させた。そこには、腕が長く脚は短い、ずんぐりとしたコミカルな体型のロボットが描かれていた。
「相棒がいるなら、問題ないな」
「そーゆーこと」
互いの拳を重ね、どちらともなく笑いが漏れた。
「なんか変な感じだけどさ、楽しくてしょうがないぜ。この世界で操手として名を上げてやる」
いつかは上位機種の狩猟機に乗れるようになって、戦場で活躍するんだ。そんな未来を思い描き、クラッサスは空を見上げた。
コランは腰の剣をぐいと引き上げる(これはコランの癖だ)と、現実から切り離されたこの世界に、すがすがしさを感じて天を仰いだ。
「ふふ、そうね。わたくしたちの伝説を始めましょう」
口元に手をやり優雅に笑うマッチョ。そのシュールな姿に、これは伝説になりそうだと、クラッサスは笑った。




