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第01話 旧校舎の怪

 中等部校舎の裏には、老朽化が進み取り壊しが決まっている旧校舎があった。この校舎にはある曰くがあり、資料室の掃除をしていた数名の生徒全員が意識を失い、目を覚ました後も記憶が曖昧になっていたという。

 

 原因は解明されることなく、よくある学校の怪談話として、集団記憶喪失という噂話だけが残された。


 それから数十年が経ち、今では物置代わりに使われている旧校舎へ、一人の男子生徒が足を踏み入れようとしていた。


 日当たりの悪い木造廊下は古いワックスの臭いとほこりが漂い、男子生徒はギイギイと久々の訪問者を歓迎するかのように軋み音を響かせる床板を、臆することなく進む。そして、奥から二番目──「資料室」と書かれた扉の前で止まった。


 彼はドアノブを掴み、右へひねる。そして、ポケットから短い串のようなものを二本取り出すと、鍵穴に差し込んでせわしなく指先を動かした。しばらくして、彼は「よし」と小さくうなずくと中へ入った。


 室内はカーテンの隙間からもれる明かりで薄暗く、縦長の折り畳みテーブルが二台中央に置かれているのがぼんやりと見て取れた。周囲には本や資料の詰まった棚が並び、入りきらない分が乱雑に床に積まれていた。

 

 電気は止められているため、明かりを求めるならカーテンを開けるしかない。だが、男子生徒は窓に向かわずパイプ椅子に腰を下ろした。


「また遊びに来たよ、聖刻の創造者(ワースメーカー)


 男子生徒が声をかけるが、無論、そこには誰もいない。はずだった。彼の声に応えるかのように、本棚から白い箱が押し出され、ゆっくりとテーブルの上に降りる。その箱には「ワースブレイド」と書かれていた。


 この超常現象を目の当たりにしても、彼に驚きや恐怖はなかった。それどころか、期待に満ちた目を病的にきらめかせて、クッションを自分の前に置いた。


 見えない手でもあるかのように白い箱のフタが開けられ、中に収められていた厚紙の衝立ついたてがひとりでに立ち上がると横へ広がった。そして、衝立の奥から「顔」がゆっくりと上がってきた。


 茶色くすすけた表情のない能面のような顔だ。いたるところにヒビ割れが走り、顎先がとがっている。顔はそのまま上昇していくが、その下に首は無く、ただ顔だけが宙に浮いていた。


 穴の開いたような眼窩に青白い火が灯り、目がギョロギョロと動いて声の主を探す。少年を見定めると、予想に反して甲高い声で言った。


「ふーむ。適性があったのは、あなただけのようです。残念ですが、しかたありません。では、冒険の続きをいたしましょう。セッション開始!」


 恐ろしい風貌とは裏腹に、仮面は芝居かかった口調でテンション高く歓喜の声を上げた。むしろそれが、この存在の不気味さを引き立てていた。


 男子生徒は意識を失い、崩れるようにクッションへと頭を落とした。    


              ◇      ◇      ◇                


 北部でも列強国に数えられるダンバキノ共和国は、古くより機械産業が盛んで、中でも軍事や車両、重工業の分野で高いシェアを獲得している大国である。


 ほとんどの国が王政を敷いている北部では珍しく、身分よりも技術的な役職が優劣をつける実力主義の国であり、富裕層でなくてものし上がるチャンスがあると、首都バキノアの大学へ入学を希望する者が後を絶たない。


 近年国では、それら産業を支える若い人材を育成するために中高一貫校が併設され、競争意識の高かったギスギスしたキャンパスに、フレッシュな賑わいをもたらしていた。


「はー、あっつ。さっさと終わらせようぜ」


「そうね、まだ残っているのですから」


 段ボールを抱える二人の学生が、中等部の校舎から出てきた。夏の強い日差しに焼かれながら、かつての偉人タイラス・コードの像が立つ広場を抜けて旧校舎へと向かう。


 先頭を行く女子生徒からは、背筋が伸び品のある足運びから、育ちの良さが見て取れた。強い意志を持った薄い水色の瞳は前を見据え、ライトブラウンの髪が、彼女を称えるかのように風に揺れて輝く。


 彼女は中等部三年のメリー・クラウンベル。生徒会役員である彼女は、学園の行事で使った資料や小道具などを、旧校舎に運んでいる最中だ。


 その後ろを歩くのは、家業の仕事関係で幼馴染の二年生の男子生徒、ショー。力仕事なため、手伝いを買って出たわけだ。クセのある赤毛に緑の瞳。小柄な体格ながらも、半袖のシャツから伸びる腕は、思いのほか引き締まっていた。


 彼は、揺れるたびにがちゃがちゃ音を立てる段ボールを抱えなおし、視線を学園の外へと向けた。


「ブレン・ゴール……か、この国を守ってたんだよなぁ」


 視線の先には、大工房と呼ばれる巨大なタワー型の建造物があった。この都市のシンボルであり、タワーの中腹には全高約2リート(8メートル)の鋼鉄の騎士、操兵リュードが街を見下ろすように立っていた。遥か昔、人が乗り込み動かしていたという。ブレン・ゴールは、その機体の名だ。


 当時は世界最強の兵器として力を振るっていたが、今となっては国の象徴としてのお飾りに過ぎない。動いている姿を目の前で見ることができたら──そう思うと、少年の心は熱くなった。


 旧校舎の前まで来ると、メリーは重い段ボールをいったん地面に降ろし、入口に貼られた「立ち入り禁止」の張り紙を躊躇なく剥がした。


「おいおい、勝手にいいのかよ」


「こんなの貼られていたら、これ、運び込めないじゃない」


 そう言うと、紙を丁寧に折り畳みポケットにしまった。段ボールを持ち上げて中へと入るメリー。「それもそうなんだけどさ」とつぶやいてショーも後につづく。


 ──教師に言われてやっているんだ、オレたちのせいじゃないよな。


「ここって、噂の場所だろ? 先月、呪いで誰かが倒れてたって」


「ええ。わたくしたちみたいに、荷物を置きにきた生徒が見つけたそうよ」


 それで張り紙がされていたのだが、噂は結果だけが独り歩きし、経緯や原因などは軽視されるものだ。そのため、目的が無ければ訪れる者のいないこの場所が立ち入り禁止になっていたとしても、気にする者はほとんどいない。


 メリーに呪いを気にする様子は見られない。昔から、この手のネタを怖がるタイプではなかった。二人が廊下に足を踏み入れると、重く立ち込める古いワックスと埃の臭いが鼻を突き、ショーは顔をしかめた。


「何か出たら、ショーがやっつけなさい?」

 

 冗談とも本気ともつかないことを言う。呪いや幽霊ってのに実体があって触れるなら、がんばらないでもないがと、ショーは苦笑した。


 メリーは資料室の前まで来ると、段ボールを片足立ちで支えながらポケットから鍵を出した。扉にある小さな丸い覗き窓に目を向けるが、中は暗く、何も見えない。


 二人は中に入ると、テーブルに段ボールを置いて一息ついた。メリーがカーテンをめくり窓を開ける。温かい風が吹き込み、室内のよどんだ空気をかき混ぜた。


「で、これってどこに置いたらいいんだ?」


 ショーが段ボールの頭をぽんぽんと叩く。室内は一見整頓されているようで、棚に入りきらない本が、壁際で雑多に積み上げられ、山を作っていた。


 ──ほんと、物置だなここは。


「まだ運ぶ物があるのだから、少し片づけた方がいいかしら」


「っていうか、絶対使わないやつとかあるだろ。それを捨てた方が早くないか?」


 そう二人が話をしていると、カタンと音がした。同時に振り向く二人。そこには「ワースブレイド」と書かれた白い箱がテーブルに置かれていた。


 ──さっきまではなかった。白くて目立つ箱を見間違えるはずがない。


「……ショー、置いた?」


「いや……オレたちここから動いてないじゃん」


 箱を凝視する二人。タイトルを見る限り、古代史の授業で習った剣の時代(ワースブレイド)の資料だろうか?


 メリーを庇うように、ショーは一歩前に出た。静寂が続く中、カーテンがはためく音だけが、やけに大きく聞こえる。いくら待っても箱に変化は見られない。呪いとやらの気配も感じられない。


 ショーが恐る恐る箱に手を伸ばし、指先でピンとはじいた。実体がある。幻覚というわけではなさそうだ。


 彼は意を決してフタを開けた。中には折りたたまれた厚紙と、薄い本が3冊。赤い10面体ダイスが3つに、「キャラクターシート」と書かれた紙の束が収められていた。


「……これって、アニキがやってたTRPGテーブルトークアールピージーじゃねぇか?」


 ショーは、ルールブックと書かれた冊子を開いてざっと目を通した。やっぱりだ。ビデオゲームとは違い、人の想像力で物語を紡ぐ「高尚な遊び」、TRPG。


 ショーの肩に置かれたメリーの手に力がこもる。見開かれた彼女の目は、ショーの頭上に向けられていた。


「ねぇ……ショー……上!」


「どうしたメリー……なっ!?」


 メリーの押し殺した叫びに、顔を上げるショー。直後、体が硬直して背筋を冷たいものが駆けのぼる。──なんだ、こいつは?


 顔だ。ただ表情もなく、薄汚れたヒビだらけの顔。それが、吊るされているわけでもないのに宙に浮いていた。


 噂の呪い!? ショーは反射的に扉へ目をやる。メリーの足で逃げ切れるか? 


「ふーむ。おや? これは失礼。久しぶりの目覚めなので、起動に時間がかかってしまいました。いえ、この前一人来ましたね。まぁいいでしょう」


 その顔から緊張感のない高い声が発せられたが、口は動いていない。──よく見れば人の顔ではない。こいつは、顔を隠す為にかぶる仮面だ。


「さぁて、あなたたちにも適性があればよいのですが」


 どこか道化師を思わせる抑揚の強い芝居がかった物言いは、この異常性を引き立たせるのに十分な効果を持っていた。


「な……なに言ってんだ……」


 ショーは舌が張り付き、それだけ絞り出すのがやっとだった。逃げ出そうにも足が動かない。──これが金縛りってやつか? 


「お初にお目にかかります。それでは、自己紹介とまいりましょう」


 仮面がゆらりと降りてきてショーに近づく。顔をそむけるが、目は仮面から離すことができない。そのギラついた目が、逃がすまいと捉えているようだ。


「私はワースメーカー! 巨大な鋼鉄の騎士が剣を振るい、秘術が飛び交うロボットファンタジーロールプレイングゲーム、ワースブレイドの世界へと誘う者!」


 仮面の目が青白く燃え上がり、カメラのフラッシュのように瞬いた。それが目に焼き付くと、二人の意識は暗闇へと落ちて行った。

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