第19話 戦士の目覚め
「……くそっ、何なんだ」
クラッサスは妙な熱さを感じていた。アドレナリンが出ているのか、目が大きく開き、高鳴る鼓動が全身の血液に勢いをつける。ドクドクと脈打つ血管を首筋に感じながら、いま自分が取った行動に苛立ちを覚えていた。
振り向いてラヘタッハと目が合ったとき、恐怖よりも高揚感が勝っていた。正義感からではない、単にこのシナリオのボスというだけではなく、もっと大きな使命感めいたものがあった。自分の意志ではない別のものが──奴を生かしておくな、と。
「……どうしちまったんだいったい」
「何をしている! 急げ!」
迷いで足が鈍るクラッサスに、コランの声が浴びせられた。クラッサスは答えの出ない考えを、頭を振って消し去った。
黒々とした雲の切れ間から満月が冷たい光を投げかける静かな森に、ピラミッド型の石造建築がある。神話の時代からこの地に存在する、邪神ジアクスの神殿だ。その暗く開いた入口から、筋骨たくましい巨躯の男と華奢な少女が走り出てきた。そのすぐ後を、槍を持った赤毛の男が続く。
「オレは相棒を取ってくる」
そう言い残し、クラッサスは乗り捨てた従兵機へと急いだ。コランは周囲に素早く目を走らせ、ひび割れた敷石の上に横たわるマグ・ドラフと邪教徒の死体を睨んだ。
「奴のエサは片づけておかんとな。リンデは奴が接近したら知らせてくれ。そこで音を聞くだけでいい」
「は、はいっ!」
コランが入口を指さし、リンデが緊張した面持ちで暗い通路に顔を向けた。それらしい気配は感じられず、彼女は小さく息を吐いた。
コランが遺体を草むらへと隠していると、クラッサスが駆る従兵機ガレ・メネアスが、樹木を押しのけながら姿を見せた。だが、異音の混ざる駆動音、激しい戦闘の傷跡が深く残る機体は、お世辞にも頼りになるとは言えなかった。
「もうちょっともってくれよ」
クラッサスは小型のクロスボウの弦を巻き上げて脇の配管に引っ掛けると、映像盤のホコリを手で払い、そこに映る遺跡に集中する。
ガレ・メネアスは、開放型と呼ばれる上部と背面装甲が無く操手槽(操縦席のこと)が丸見えという構造をしている。そのため、操手(パイロット)が弓などの遠隔武器を直接使うことができた。
操縦桿を握る手に力を入れると、装甲のはがれた長い腕が、少し歪んだ槍を持ち上げる。その時、何かが耳元で鳴ったような気がして、暗い影に沈む森に目を向けた。
「……虫か?」
か細く笛の音のようなものが、耳鳴りのように頭の中に響く。今までにない経験だ。水道管の亀裂から蒸気でも噴き出しているのかと思ったが、しばらく聞いていると、聞き取れないほどの小さな声のようにも思えてきた。
「……さっきから、何だってんだ」
クラッサスは腰を深く沈め座りなおした。心を落ち着かせ、ゆっくりと鼻から息を吸い、口から吐く。繰り返すうちに、機体との繋がりが強まったような気がした。
『……聞こえぬのか、小僧』
「誰だっ!?」
ふいに、頭の中に声が響いた。時代を感じさせる低い男の声だ。周囲を見渡すが、コランとリンデしかいない。あの動物学者の老人かと脳裏をよぎったが、違う。
『ようやく届いたか。少しはできるかと思うておったが、この体たらくよ』
「マジで幽霊なのか? くそっ、姿を見せろ!」
『まだわからぬのかバカ者め』
クラッサスは意識が向けられてくる方向、足元の顔がある位置──そう、操兵の命とも呼べる仮面がはまっている位置へ向けた。
「まさか……ガレ・メネアスなのか? そういうのって、ストーリー上の設定なだけかと思ってたけど……本当に?」
本や操兵の設定資料には話をする機体が登場する。そして、今はその世界、剣の時代を冒険しているのだ。
「そいつに乗ってたとはな、ははは……すげーじゃん」
『気を引き締めんか! 来るぞ!』
クラッサスが視線を前方に向けると、遺跡の入口に立つリンデに動きがあった。彼女は「来ました!」と悲鳴のような声を上げて小さく飛び上がると、走ってこちらへ向かってくる。
「リンデ! 柱の後ろにでも隠れていろ! あ、そうだ」
クラッサスの声は、拡声器を通してノイズまじりに発せられた。彼は駆動板を踏み込み機体を前に出すと、草の密集している地面にクロスボウを落とした。こういうやり取りができるのも、開放型の利点である。
「隙を見てそいつを使え」
「はいっ!」
リンデはクロスボウを拾い、慣れない手つきで抱えると、折れた柱の裏に回り込んだ。コランはというと、巨石を積んだ外壁を登り、弓を構えて入口付近を見下ろしている。
ズオっと音を立て、予想だにしない速度で大蛇となったラヘタッハが滑り出て来た。手足を伸ばして立ち上がると、勢いはそのままに、正面に立つガレ・メネアス目掛けて突進する。
「なっ、速い!」
ガシャンと音を立てガレ・メネアスが揺らぐ。衝撃に体を激しく揺らし歯を食いしばる。BALロールに成功したことで、なんとか強烈な体当たりに耐えることができた。
『その赤毛……貴様を知っているぞ。人形が、惨めに生きながらえていたか』
ラヘタッハが、喉を鳴らしながら低い声で言った。
「はぁ!? 何言ってやがる! ってか、こいつも喋れたのかよ」
『……ならば、知らぬまま食われるがいい!』
クラッサスは駆動板を踏み込み操縦桿をぐるりと円を描くように動かした。
機体の反応がいい。槍の柄でラヘタッハの首を押して間合いを確保すると、薙ぎ払うように穂先を振り、ラヘタッハの腹を裂いて苦痛の呻きを吐かせた。
──大丈夫だ、槍のレベルを上げたおかげで前よりも当てられる。クラッサスは、映像盤に映る獰猛なワニ頭を見据えて、操縦桿を握る手に力を込めた。
『奴の攻撃に気を取られるな、全体を見ろ小僧』
ガレ・メネアスが叱咤する。
「親父みたいなこと言いやがる」
◇ ◇ ◇
「ぬう、先手を取られたか」
コランは矢を放ち、石段を転がり落ちるように地上へと降りた。蛇から人型へと変身を遂げたラヘタッハの巨大な背中に一度足を止めるが、意を決して剣を抜き走る。
コランはあることに気がついた。ラヘタッハの体が少し縮んでいるのだ。ガレ・メネアスとの対比から、先ほど見たときよりも、わずかではあるが小さくなっている。
「……邪教徒を食ってでかくなったのなら、ダメージを受けることで縮むのか?」
それを証明するかのように、コランの肉厚な剣がラヘタッハの尾を斬りつけた。丸太のように太い厄介な尾を切り落としてしまおうというのだ。
そこにすかさず、リンデのクロスボウが追い打ちをかけた。どこからともなく「武器の完全成功!」という声がファンファーレのように鳴り響いた。
「やった、当たりました!」
リンデはダメージにLUCを使い、最大値を出す。ラヘタッハは苛立たしげに喉を鳴らし、丸太のような尾を振ってコランとリンデを襲った。
コランはその圧力に跳ね飛ばされ、リンデはヘッドスライディングのように柱の影へと飛び込んだ。
ガレ・メネアスとラヘタッハの、一進一退の攻防が続く中、次第に傷を増やしていくラヘタッハだったが、未だ倒れる様子はない。
「なんてしぶとさだ、これじゃLUCが持たねぇぞ!」
クラッサスは焦っていた。LUCが尽きる前に決着をつけたいところだが、そう思えば思うほど動きが雑になる。
『気を散らすな小僧! 奴の動きが鈍くなったところを全力で突け』
◇ ◇ ◇
「これじゃ、そのうち削りきられて負けちゃう……そうだ、あの本」
柱に背を付け成り行きを見守っていたリンデは、ジアクスの聖書を取り出しページをめくった。だが、そこで手が止まる。
──ここで低い達成値が出たら、またしばらく本が読めなくなる。それじゃ、きっと間に合わない。
リンデはうつむき、ポケットに手を入れると、決意と共に顔を上げた。




