第17話 ジアクスの獣
「でだ……こいつどうする?」
クラッサスが、邪教徒を松明で照らしながら言った。男は苦痛に呻き、抵抗する力もないように見えた。だが、油断はできない。コランは所持品欄からロープを取り出すと、邪教徒の手足を縛る。
「これでいい子になった」
コランは男が凶器を持っていないかさぐり、文庫サイズの本を取り出す。ざらついた表紙にはマゲナ・ギラ・ジアクナン(ジアクスの偉大なるたわごと)と書かれていた。これがジアクス教の聖書である。
「ふむ。これはリンデに渡しておこう。こいつらについて何かわかるかもしれん」
「はい」
リンデはコランから本を受け取り、尋問は二人に任せて内容を確認した。
「そんじゃ、聞いてみるか」
そう言うと、クラッサスは邪教徒から槍を引き抜き、穂先を首筋に向けた。男は苦しそうに空気を求めて大きく息を吸い、せき込みながら吐いた。
「げふっ、……山師の野蛮さを……忘れていた」
「思い出せてよかったな。お前らここで何してた?」
この場所が邪教徒にとって重要なことは想像がつくが、あの透き通った熊については謎のままだ。マグ・ドラフが住み着いていたのだとしたら、よくある門番的なモンスターというわけでもないだろう。
「ふふっ……お前たちのおかげで、血は十分に流れた……予言が正しければ……」
「なに言ってんだ? こいつ、あんまりいい子じゃないぜ?」
クラッサスがコランに顔を向けた。拷問なんてする気はないが、情報は聞き出したい。すると、後ろでおとなしくしていたリンデが前に出た。
「この人たちと一緒にしないでください。私は野蛮じゃないので……破心衝」
リンデは両手の指を組み静かに呪文を唱えた。組んだ指を器用に変化させ、印を結ぶ。練法師が術を使う時に行う結印である。術がかかったのか、男の顔から表情がなくなり、焦点の定まらない目をリンデに向けた。
この術は、月門が得意とする精神操作の一つだ。影響を受けた相手は、質問にできる限り正確に答えなければならない。ただし、記憶喪失や術法によって記憶が封じられている場合は、聞き出すことができない。
「かかりました。何か聞いてみてください、強制的に答えさせる術です」
「……そっちの方が怖くないか?」
「痛くないのでセーフです」
練法の恐ろしさを目の当たりにして、少し引き気味のクラッサスは、呆けた顔の男に、ためらいがちに質問を繰り返した。
「それで、お前たちはここで何をしていた?」
男は思考を巡らしているかのように頭をカクカクと揺らしてから、抑揚のない声で答えた。
「予言の場所……マグ・ドラフが住み着き……聖霊の獣を呼び出し襲わせた……この地の瘴気が聖霊を狂わせ……暴走した」
邪教の聖職者なのだとしたら、何らかの術を使ったのかもしれない。瘴気を感じることはないが、その聖霊とやらには悪影響を与えたらしい。
「ふむ、マグ・ドラフを始末したはいいが、熊が制御しきれずに自分らが襲われたということか」
「予言ってのはなんだ? ろくなもんじゃなさそうだけど」
「……予言では、ジアクスがこの世に降臨するために用意した……八体の獣……それを確認しに来た……そのうちの一つが、ここにいる」
男の言葉から、リンデはせわしなく目を動かし、関連していそうな単語を文章内から探した。確かに獣についての記述がある。
「旧世界を破壊するために、ジアクスによって別次元から召喚された怪物……だそうです」
「そいつが今回のボスか」
「だったら、何もしなければ、その獣も出てこないんじゃないですか?」
リンデが本に視線を落としながらもっともなことを言った。だが、神話の時代から信仰されている邪神の信徒が、一回の失敗で諦めるとも思えない。
「ふん、こいつらがおとなしくしていればの話だがな」
「こういうのってのは、たいてい呼び出すための儀式とか祭壇みたいなものがあるはずだ。そいつをぶっ壊しちまえばいい」
ゲーム慣れしたクラッサスが、定番のイベントだとばかりに言った。それを聞いたコランも頷く。
ファンタジー冒険活劇の原点、蛮人王コランの物語にも邪悪な存在はよく出てきたこともあり、プレイヤーであるメリーにも容易に想像することができた。
「ふむ。出口が無ければ獣とやらも出てこられんわけだな」
「そういう祭壇みたいなのがどこかにあるはずだ。まだこの部屋を探索してないし、ちょっと調べてみるか」
クラッサスが松明で周囲をてらすと、部屋は広く円筒形の柱が四本、彼らが下りてきた階段の正面には両開きの大きな扉があった。
「術の効果は長く続きません。他に聞くことはありませんか?」
リンデが数歩下がって言った。情報収集において非常に強力な術だが、もってせいぜい五分ていどだ。それに、同一人物に対して、連続で使用しても自動的に失敗となる制限つきだ。
「あっ、時間あるのか。そんじゃ、祭壇みたいなところはないのか?」
「……知らない」
「ふーむ。こいつも初めて来たのであれば、知らないのも当然か。効果が切れる前に柱に縛り付けておこう」
コランは男を掴み上げ、柱に縛り付けた。こうしておけば、意識を取り戻した後で邪魔をされることもないだろう。
「考えられるのは、あの扉の奥だよな」
クラッサスがジャベリンで扉を指し示した。その穂先に、ふわりと仮面が下りてくる。ワースメーカーだ。
「リンデはSEN+言語学ロールをしてください。特典の知識+2を足せます。ジアクスの聖書から何かヒントを得ることができるかもしれませんよぉ?」
「……そうですか」
つまり、この後に出てくるであろう敵と戦うにあたり、有利になる何かが書かれていることになる。
リンデの手にクリスタルパープルのダイスが出現する。強く握り、もう一度開くと、ダイスが二つになっていた。LUCを使ったのだ。ダイスを放ると、石畳の上をカカっと音を立てて転がる。
「ありました……八の獣。この遺跡にはその中の一つ、暴食の牙ラヘタッハと呼ばれる怪物が祭られているらしいです。挿絵を見る限り、マグ・ドラフみたいな体に、大きなワニのような頭をしていますね……うーん、これ以上はなぜか読めません」
同じ文字を読んでいるはずなのだが、途中から読み取ることができなくなり顔を上げるリンデ。
「その達成値(ロールの結果)では、そこまでの情報しか得られないということです。連続で何度もロールしてしまうとゲーム性が失われてしまうので、しばらくしてからまた挑戦してください」
「仕方ないですね」
リンデは本を所持品欄に入れてクラッサスに顔を向けた。
「そんじゃ、部屋の捜索だ」
クラッサスは両開きの扉の前で赤いダイスを放った。ダイスは金属製の扉に当たりキンと鳴って跳ね返る。クラッサスは扉に手を置き、隅々まで目を凝らす。この遺跡が作られてからどれだけ経過しているのかはわからないが、この扉は錆び一つない。
「ぐっ……ふぅ。開かねぇな」
クラッサスが力を込めるも、扉はびくともしない。手前に引くのかと思ったが、掴めるような突起はなかった。
「この柱に文字があるぞ」
コランが二人を呼ぶ。彼が手をかけている柱には縦に長い石板がはめ込まれており、そこに短い文が刻まれていた。
「読めるか?」
リンデにチラリと目線を向けるコラン。リンデは指先で文字をなぞりながら頭の中に浮かぶ言葉を声にした。
「えーと……四聖人は……道を照らす……ですね。どういう意味でしょう」
「おっ? 謎解きだな」
クラッサスが嬉しそうに言った。部屋を見回し、すぐにあることに気が付いた。彼は得意げな顔で「わかるか?」と二人を見た。
「うーん、四聖人ですか……人名らしいものはありませんでしたね。あっ、穴が開いていますよ?」
柱を見回していたリンデが声を上げた。柱の上の方に穴が開いている。その柱だけではない、すべての柱に穴が開いていた。四聖人、四本の柱、四つの穴、そして照らすとは……。
「ふむ……邪教徒を聖人と呼ぶには抵抗があるが、こういう意味だろう。幸い、照らす灯りは十分にある」
コランは、先ほどクラッサスが投げ込んだ松明を拾いニヤリと笑った。そして、松明を次々と柱の穴に差していく。
「へへっ、そうだよな」
クラッサスが両開きの扉へと振り返る。キーンと耳鳴りめいた音が響くと、敷石をガリガリと擦りながら、両開きの扉がこちら側へゆっくりと開いた。
「柱を聖人に見立てていた、ということですね」
「さて、何があるか拝見といこう」
コランは残った松明を掲げて黒く開いた扉の前に立った。奥は広いのか、壁や天井に明かりが届くことはなかった。不安をあおるような静寂と視界を遮る暗黒の空間。
「待ってください、何かおかしい……」
リンデが違和感を覚えコランを呼び止めた。松明の照らす範囲が、じわじわと狭くなっていく。まるで、闇が松明の明かりを押し出そうと圧力を高めているかのように、光と闇の境目が揺らいでいた。 闇の空間を作り出す術が月門にはある。それゆえ、魔術的な仕掛けだとふんだのだ。
「きっと、術によって作られた闇の空間です」
「ふん。それで諦めると思ったか? 行くぞ、離れるなよ」
鋭く闇を睨みつけるコラン。何の気配も感じない。肉厚の剣を抜き、用心深く松明を突き出しながら中へと身を投じた。クラッサスとリンデも松明を手に持ち、逞しい背中を追った。
その様子を、柱に縛り付けられた男の病的な目が静かに見守っていた。床に視線を落とせば、溝に沿って流された血が闇へと流れ込んでいる。
三人が見えなくなるのを確認すると、堪えられないといった様子で、邪悪に歪む口元からくぐもった笑いを漏らした。
「くくくっ……ジアクスよ、血を捧げます。我が元に獣を遣わせたまえ」




