第15話 クッションを求めて
ダンバキノ共和国の首都バキノアの中心には、大工房と呼ばれる巨大なタワー型の工場がある。その中腹には、国を象徴する操兵、ブレン・ゴールのレプリカが、街を見下ろすように立っていた。
ブレン・ゴールは、ずんぐりむっくりな従兵機と違い、全身鎧に身を包んだ威圧的な騎士の姿をしていた。操兵の中でも狩猟機と呼ばれる上位の機体だ。
かつて弓がクロスボウに取って代わられ、銃が登場して鉄の鎧が廃れていったように、大砲や戦車の台頭が狩猟機の時代に幕を下ろした。今となっては、動かない立像が作られるのみとなっている。
従兵機がこの時代にも残っているのは、単に狩猟機に比べてコストが安く、操縦が容易だからだ。
左に少し傾いたフラスコ型をした都市を俯瞰すれば、南北に走る大きな川が確認できるだろう。その川は二股に分かれて広大な中洲を形成し、再び合流している。その中洲に大工房はあった。
工業廃水で汚染が進んでいたこともあり、大工房周りの水路は何世紀か前に行われた大規模なインフラ整備によって、現在は地中を通っている。
ショーたちが通うバキノア大学付属の中学校は、大工房の南西部、太い環状道路を挟んだ向かい側に位置している。学園を出たショーは、大工房の南側をぐるりと回り北側にあるバス停を目指していた。
大工房の周囲は職人街と呼ばれており、大小さまざまな加工業者が軒を連ねている。そして、職人たちの胃袋を満たす飲食店も豊富だ。
味より量が重んじられてきたダンバキノだったが、近年、外国資本の飲食チェーン店が、この鉄の街に参入してきていた。今では、味わったことのない異国の料理が、バキノアっこのブームとなっている。
通い慣れた道も、外から来る者には珍しいのだろう。老舗の町工場を見学に来る観光客の姿が、日増しに目につくようになっていた。
「そうだ、オレもクッション買おうと思ってたんだ」
ショーはふと思い出したかのように、普段は素通りしている店へと目を向けた。だが、この鉄臭い地区に、クッションなんて売っていそうにない。
信号待ちをしながら、でかい総合百貨店にでも行かないと駄目かと考えていると、反対側に見知った顔を見つけた。
──だが、シルエットが違う。でも、あの顔はそうだよな、制服着てるし。あの後、直接メリーの家に行ったのか。
信号が青に変わり、人の波のように動く。ショーは邪魔にならないよう脇にどいた。声をかけて人違いだったら? こんな所で赤っ恥をかくのはごめんだと、その人物が渡ってくるのを待つことにした。
彼女と目が合い口元がほころぶ。間違いない、リンデだ。トレードマークのサイドポニーテールを降ろしていたので自信はなかったが、そんなことはおくびにも出さずに平静を装う。
──髪型でこんなに変わるんだな。
「ショーさん。学校に行ったんですか?」
制服姿を見て、何をしていたのか察したようだ。メリーとショーの家は近い。この二人の帰り道が重なるのも、偶然ではないだろう。そんなことを思いながらも、目線はリンデのスカートへと向かっていた。
──膝までの長さがある。やっぱノエリアは短けぇよな。
「何です?」
リンデが怪訝そうな顔で聞いてきた。
「いや、メリーの家はどうだった?」
危うく彼女の胸に目が行きそうになったのをごまかし、聞き返すショー。うっと背筋を伸ばして真顔になったリンデが答えた。
「……天国と筋肉がいっぺんに来た感じでした」
「ははは。その様子じゃ、堪能したみたいだな」
見たら実際面白かったので、何とも言えない顔のリンデ。そんな彼女を「オレも見せられたから、わかるぜ」と励ます。
「なぁ、これくらいのクッション売ってる店、知らないか?」
「クッションですか?」
なんで? と首をかしげるリンデに、ショーは資料室でシンと出会ったこと、彼がクッションを用意していたことを話した。
「ほら、剣の時代に行くたびに寝るだろ? 枕が欲しいと思ってさ」
「ああそれで……いいですね! 買いに行きましょう!」
「そのシンさんは俗業なんですよね? あとは聖職者がいれば四つのクラスがそろいますよ」
そうか、戦士に練法師、それに俗業がいる。聖職者がいればコンプリートだ。当然、ショーがノエリアをプレイしたことは話していない。
「聖職者か……神学科って、将来的には聖職者になるんだよな?」
「そうとは限りませんが、それ以外に神学科へ進む理由ないですよね」
神学科では、その名の通り神話や伝承、守護聖人の逸話、教会のしきたり、行事や儀式など、聖職者として必要な知識を学ぶ学科だ。それゆえに、他の職種で役立てるのは難しいだろう。
「ほら、委員会に来てるあのボケーっとしてる女子。たしか神学科だったよな? オレたちとは真逆の人間みたいだけどさ」
ショーが、会議室でいつも奥の方に座っているギャルを思い浮かべながら言った。何気にリンデも自分と同じ枠に入れているが、彼女に気にした様子はない。
「ボケーって……。確かに、いつも死んだ目をしてますけど、委員会以外だとちゃんとギャルしてるんですよ」
「何で委員会に入ってるのか謎だな」
──マジで何でいるんだ?
「めったに発言しないから、名前、知らないですよね。二年生のミラさんです。普段はアレですけど、仕事はちゃんとしてくれますよ?」
「はー、想像できねぇな」
──まぁでも、気になるからちょっと話してみるか。同じ二年だし。
「もしかして、あのゲームに誘うつもりですか?」
「……ちょっと聖職者のことで気になることがあってな。ああいうのがゲームやってるイメージないけど」
何より、冒険のことを忘れずにいられるかは保証できない。
「あの人なら勢いで何でもやっちゃいそうですけどね。『なにそれマジでうけるー』とか言って」
ピースサインでウインクしながら、ギャルのマネをするリンデ。すかさず遠話端末のシャッターを連打するショー。
「あっちょっと! やめてください!」
赤面しながらショーのログフォンを掴もうと手を伸ばすリンデ。それを、巧みな体さばきでいなすショー。
「ははは、かわいく撮れてるじゃんか。待ち受けにしといてやるよ」
「やーーーーーー!」
待ち受けにされた自分の顔を見せられ、リンデは手で顔を覆う。彼女の悲痛な叫びが工業都市の騒音の中に飲まれていった。
◇ ◇ ◇
都市の北西にある空港へと続くメインストリート、その工房通り沿いに高級老舗デパート、ジャーナットが堂々とした風格をもって鎮座していた。アール・ヌーヴォー建築を思わせる、直線と曲線を取り入れた外観が時代を感じさせる。
鉄臭い工業都市にあって、当時の流行を知ることのできる歴史的建造物だ。正面入り口の上には、商いの神マネイナの彫刻が施されていた。
創立者のバイバイジャー・ナット氏は、剣の時代に活躍した人物だ。四十代でその名を西方全土に轟かせた大商人であり、彼の手にかかれば、売れない商品はないとまで言われていた。
今では、幅広い客層をターゲットとし、高級感を保ちながらも庶民の出入りの多い店舗として親しまれていた。
「二階ですね」
リンデが入口にある各階の案内図を指さして言った。レストランや書店などを表すアイコンのおかげで、どんな店なのかはわかる。だが、ショーには無縁の場所ということもあり、聞いたこともないブランド店が数多く入っていた。
「資料室に行くなら、誘ってくれたらよかったのに。そうしたら、筋肉地獄から抜け出せたかもしれないじゃないですか」
「誘えって言ったってな……お前のアドレス知らないし」
──それに、メリーの邪魔をしたくなかったからな。リンデには悪いが、あいつにとっていい息抜きになったはずだ。この埋め合わせは、そのうちするさ。
エスカレーターで二階に上がると、すぐ横に目的の店はあった。女子が好みそうなパステル調の可愛らしい雰囲気を醸し出す店舗を前にして、ショーは「オレが入っていいのか」と尻込みした。
リンデはというと、ショーの葛藤などお構いなしに「あっ、これかわいー」とか言いながら入っていってしまう。ショーは一つため息をつくと、意を決して足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
二人は思い思いのクッションを購入して店を後にした。ショーのリュックには、この場にいないメリーのために選んだクッションも入っている。メリーのクッションの代金は、二人で出し合った。
「地下で買い物していくつもりですけど、ショーさんはどうします?」
「地下って……食料品か。ここまで来たら最後まで付き合うぜ」
案内図を思い出しながらショーが答えた。
「それなら、荷物持ちとして同行を許可します」
腰に手を当て胸を張るリンデに対して、「ははー、なんなりと」と大仰にショーが応えた。 二人は笑い合い、下りエレベーターに乗った。
「私、一人暮らしをしているので、こういう時にまとめ買いをしているんです。今日はショーさんがいるので、たくさん買えそう」
「へっ? 一人暮らししてんのか? 一年なのに? ……すげーな」
「すごくないですよ」
リンデは、ショーが押すカートのカゴにパン、ソーセージ、パスタ、スープの素、ジャガイモ、葉物野菜を入れていく。北部の一般的な家庭料理といえば、スープである。そこに家ごとの個性が加わり、様々なバリエーションが生まれていた。
自炊をしているのかと感心するショー。彼女のしっかり者としての性格も、こうした生活を知れば頷ける。
会計を終え、商品を袋に詰めていく。入れる順番に戸惑っているショーとは違い、リンデは手慣れた様子で納めていく。
「どうかしたんですか?」
「いや……なんか、オレって一人じゃ生きていけそうもないなってさ」
思えば、幼いころから問屋の仕事を手伝ってきたが、ショーは食料品の買い出しはしたことがない。ベルグループが生産する野菜や果物、穀物、肉があるので、頻繁に買い出しをする必要がなかったのである。
「……それなら、一人にならなければいいんですよ。何のためにパーティーを組んでると思っているんですか」
「そっか……だよな。じゃあ、オレができることをやるか」
そう言うと、ショーはズシリと重い袋を両手に提げる。リンデが膨らんだ袋を指さして言った。
「それだって、私にはできませんから」
◇ ◇ ◇
大通りに出た二人は、大工房北駅へと向かっていた。この国の路線は、もっぱら地下を走っている。道路と線路を完全に分離することで、大型車両の往来を妨げないようにした結果だ。
「そういえば、ベル先輩が言っていましたけど、牧場で遊んでいたのって弟さんたちですよね? 髪の毛ですぐにわかりました」
母親を除いて、家族は皆赤毛だ。そういう血筋なのか、先祖代々そうらしい。
「ああ。遊ばせて疲れさせないと、なかなか寝ないんだよ」
「あはは、兄弟多いんですね」
面倒見の良さはそこから来ているのかと、リンデは思った。
「あと……兄貴がいたんだけど、今はいないんだ」
「……そうですか」
リンデは気まずく視線を逸らした。
「死んだわけじゃないさ。……駆け落ちしちまった」
「駆け落ちですか……駆け落ち!? えっ、本当にあるんですね、そんなこと」
信じられないといった顔でリンデが応えた。駆け落ちなどという行為は、ドラマの中だけの設定だと思っていたからだ。
「まぁ、今となっちゃ、どこで何をしているのかもわからねぇけどな」
「連絡とかないんですか?」
「最後のメールは『お前に背負わせてすまん』の一言だけ。すまんじゃねぇっての」
ショーが操兵を好きなのも兄の影響だ。彼の部屋はかつて兄が使っていた部屋で、操兵フィギュアもそのまま受け継ぎ、宝物となっている。
兄と一緒に会場まで出かけて観戦した従兵機大戦。巨大な鉄の塊がぶつかり合う会場の熱気。全身が奮い立つほどの興奮が、幼いショーの心に強く刻まれていた。
当時を懐かしみ、ショーは視線を正面の窓へ向けた。だが、地下鉄ゆえに外は暗闇だ。ただ自分の姿が映っているにすぎない。そこに、自分と兄を重ねて見ていた。
「くらべてもしょうがないけどさ……」
ショーは苦笑して足元に視線を落とした。
◇ ◇ ◇
電車に揺られること二十分、目的の駅に到着した。都市の南西部にある住宅地帯だ。急速に進む都市開発で多くの人間が流入し、人口増加に備えて建てられたアパートやマンションが数多く建っている。
大工房の重々しい鉄の音は遠くに聞こえ、ここは静かなものだ。
「この街の南側に来たのって、はじめてだ」
ショーは珍しそうに周囲を見回した。彼の家がある北側は広大な農地が広がっており、近所と言っても、家と家との距離がかなり離れていた。
「私だって、ベル先輩のお家に呼ばれなければ、北側には行っていませんし」
「はは、そんなもんだよな」
道中、街灯が少なく暗闇と思われる通りもあった。こんな道をリンデは普段一人で通っているのかと思うと、ショーは少し不安になった。
「ここら辺は危なくないのか?」
「いつもはこんなに遅くなりませんから。……あれです」
リンデが四階建てのアパートを指さした。間口は狭いが作りはしっかりしている。繁華街から離れているとはいえ、家賃は安くないだろう。
「へぇ、いいところに住んでるんだな」
「お父さんが決めたんです。駅から近くて入口がロックされてるのがここくらいだったので」
そう言い、リンデは入り口に設置された操作盤のテンキーをリズミカルに押した。すると、ピっと電子音を発してドアのロックが外れた。
入るとすぐ横に郵便受けが並んでいる。通路を進むと正面にエレベーター、その右側に非常階段の扉があった。登りボタンを押すと、既に一階で待機していたのかエレベーターの扉が開いた。
リンデは三階のボタンを押し、続いて閉じるボタンを押した。中は狭く、ショーはガサガサと袋を鳴らして壁に背を付けた。
上部のパネルに表示される数字を、無言で見上げる二人。キンと音を立て到着を知らせるとエレベーターの扉が開き、目の前に部屋の扉があった。普通、扉が並ぶ通路を想像するが、どうやら一つのフロアに一世帯という構造らしい。狭い土地でアパートを建てるとなると、こうなるのかもしれない。
「到着です」
カギを差して玄関を開けるリンデ。壁のスイッチに手を伸ばして灯りを点ける。
「ありがとうございました。玄関に置いてください」
「ふー、いい筋トレになった」
ショーがふと奥に目をやると、部屋干ししている洗濯物が目に入った。
「そ、そんじゃ、もう遅いし帰るわ」
「すみません。手伝ってもらったのに……あ」
そこでリンデも気がついた。洋服やスカートに挟まれ、下着もぶら下がっていることに。
「そうですね!……また今度、何かごちそうします。おやすみなさい」
「ああ、じゃあな」
ショーは、後ろ手に玄関を閉めてエレベーターのボタンを押した。すぐに扉が開き、中に入って振り返る。先ほどの光景を反芻していると扉が閉まり、まだ階のボタンを押していなかったことに気が付いた。すぐに押し、エレベーターは静かに一階へと下りていった。
◇ ◇ ◇
リンデは、ショーが出て行った玄関を見つめて立ち尽くしていた。ワースブレイドでの冒険を知ってから毎日が楽しく、この孤独な静寂とのギャップに心が追い付いていなかった。
──前はそんなことなかったのに。
テレビのリモコンに手を伸ばして電源を入れると、夜のニュース番組が映し出された。特に興味もない芸能人の結婚報道に「年内離婚」と毒付き、ブラウスを脱いでスカートのポケットからログフォンを出しテーブルに置いた。
「……アドレス、交換してなかった」




