第13話 死肉を喰らう者 ガルト
「それで、みんなやめてしまってね。ボクだけが残った」
道すがら、シンがワースメーカーと出会ったころの話を聞きながら、ガウディとノエリアは舗装されていない小石の転がる乾いた道を進んでいた。
シンたちは、授業で使う教材を資料室に取りに行ったときに、剣の時代へと旅立ったらしい。皆、戸惑いながらも胸躍る冒険の世界を体験したが、数日間意識を失う生徒がいたこともあり、しばらく資料室の使用が禁止されていた。目を覚ました後も記憶があいまいで、冒険のことを覚えていたのはシンだけだった。
「この世界が忘れられなくて、今まで一人で通っていたってわけさ。……自分以外にもプレイヤーがいて、うれしいよ」
ガウディが感慨深げに言った。
「そう言えば。サークルなら、他にもメンバーがいるんだろ?」
「ああ……鉄の女って言ったらわかるか?」
「……委員会の? それじゃ、鉄の女の僕って君か」
「オレってそんな呼ばれ方してたのか……。あと、その後輩が一人で、今のところ三人だ。シンが入れば四人パーティになるけど」
「あはは。それじゃ、ボクも入れてもらうとしよう」
いつしか、周囲の木々の密度が上がっていき、光が遮られた薄暗い林道へと変わっていった。幽霊の話を聞いた後ということもあり、妙な涼しさを感じた。
道は右へ曲がり、樹木に遮られその先は見えない。目的地に着いたようだ。地面に事件を思わせる跡はなく、折れた木とやらを探していると、突如として女性が茂みから飛び出してきた。
「馬車が暴走して大変なの! 夫が動かなくて! 助けて!」
手足に擦り傷のあるその女性は、必死の形相で助けを求めて来た。突然のことに面食らう二人。「落ち着いて、場所は?」とノエリアが聞き返す。
ガウディがチラリと折れた木に目をやる。どうやらここが事故の現場のようだ。この女性も同じ場所で事故を起こしたということだろうか? それとも、幽霊に引き寄せられたのか。
「こっちよっ!」
女性は音を立てて林の中へと戻って行った。あっけにとられたノエリアは、すぐに我に返り、女性の後を追った。
ガウディは女性ではなく地面を見ていた。道を外れたような車輪の跡がない。馬車が通ったにしては、草木が押し広げられていないのだ。なら、今の女性はいったい?
ガウディが二人の姿を求めて林に分け入ると、巨木の前にぽつんと一人で立っているノエリアがいた。飛び出してきた女性の姿はない。馬車も見当たらない。
「いなくなった……」
何かに化かされたかのように、ノエリアが呆けた顔で言った。巨木には大きな亀裂があり、その傷を隠そうと周囲の樹皮が盛り上がり、塞ごうと固まっていた。
「古そうな傷だね。どうやら馬車がぶつかった木のようだ。それで、さっきの女性の名前は聞いたのかい?」
ガウディが亀裂から顔を上げた。
「……わたしもその傷を見ていたら、いつの間にかいなくなっていたのよ」
女言葉で話す自分に、内心身もだえするショー。いい方に考えるんだ。今この場にメリーとリンデがいなくてよかったと。
「霊感のある人が、普通の人間と見分けがつかないとか言うけど、さっきの女性もそうなのかもしれないね。でもわからないな。ここに誘い込んだとしたら、何のために?」
ガウディは自問自答し、周囲に注意深く視線を向けた。草を踏みしめた跡も見当たらない。
「……待ってください、何か使える術がないか見ます」
ノエリアが、ワースブレイドに登場する術をひとまとめにした「秘術の書」を開き、使えそうなものはないかとページをめくった。すると、探気と呼ばれる周囲の生命エネルギーや強力な魔力を探知する技を見つけた。
「まずは練気ロール。1が出なければ成功ですね」
「君、それはフラグだよ?」
ノエリアが腕を左右に少し開き、目を閉じて呼吸を整える。鼻から大きく吸い、下腹部に貯めて、背骨を登るようにゆっくりと吐く。すると、体内から熱が生じ、全身に広がっていくのを感じた。その広がりは肉体を出て、さらに広い範囲へと広がっていった。
放射状に広がり、ソナーめいて生物に当たると、そちらの方に何かあるという感覚が返ってくる。
反応のほとんどが鳥などの小動物。だが、その中に異様な反応が一つあった。自分たちの真上。強い生命力と魔力を放つ存在がいる。
「反応あ……離れろっ!!」
ノエリアは巨木を見上げ、目を見開いた。何か黒いものが、コウモリのように逆さになって、枝にぶら下がっている。血走った丸い目が、きゅっと細められた。そして、自由落下で迫る。
ひらめきに近い反射で、ノエリアは身を投げ出すように転がった。直後、黒い塊のような人型の物体がドサリと落ちた。体は細く、異様に長い腕の先には残忍な鋭い爪が伸びていた。頭らしき部分がガタガタと揺れながら持ち上げられ、病的な目で二人を凝視する。
ノエリアは腰の太刀に手を掛け、立ち上がりながらスンと澄んだ金属音を響かせて抜いた。そして、切っ先を怪物に向け晴眼に構える。
不気味な黒い怪物。その体は墨を摺り込んだように黒く、ふやけた皮膚にはシワがよっている。
「何だ……こいつ」
この衝撃的な出会いに、ショーの頭からノエリアが消し飛んでしまっていた。
「おそらくガルトだ。爪には気をつけろ。麻痺毒がある」
「毒? ……厄介だな」
ガウディが怪物の正体を看破した。伊達に3年もプレイしていないということだ。
──ガルト。土門の練法師によって生み出された負の生物。元の生物によって形状は様々だが、一様に皮膚の色が黒く濁って、ふやけたような湿り気を帯びている。鋭く伸びた爪には麻痺毒があり、獲物を麻痺させてから巣へと持ち帰り、喰らう。
ガウディは剣を抜き、ノエリアの隣に移動した。彼の武器は刀身が波打っている奇妙な小剣だ。
ガルトが、ノエリアに向かって無造作に腕を伸ばした。寸でのところでかわし、汚れた爪が白いローブをひっかいて裂いた。
焼けるような痛みが脇腹に走り、顔をしかめるノエリア。裂かれた箇所に手をやると、べたりと血が付着した。慣れない体に間合いを見誤ったようだ。
「くそっ! すまねぇノエリア」
ショーは、ノエリアの体を傷つけてしまった後悔と、ガルトに対する怒りがこみあげてくるも、傷口から引きつったような痛みが走り、片膝をつく。
「ぐあっ、なんだ!? これが麻痺か!」
「抵抗ロールだ。LUCを忘れないでくれよ」
ノエリアは抵抗ロールに成功し、体勢を立て直す。傷の痛みが生存本能を刺激し、ガルトに全神経を集中させた。
「ガルトに通常の武器は効かない。君の武器はどうだろうね」
通常の武器というのは、魔術的な処理が施されていない、通常の鉄から作られた武器という意味だ。聖刻器と呼ばれる魔力が込められた武器、もしくは術法であれば、問題なくダメージを与えることができる。
「効かないってマジかよ……そうか、気闘法……ならいけるか?」
「だろうね。そこは任せる」
ガウディが、怪物の伸びきった脇に波打つショートソードを突き刺した。特殊な形状の刃が黒い皮膚を斬り裂き、ねばついた黒い血を噴き出させた。
「今度はこちらの番だ。気闘法の威力、試させてもらうぜ」
「ノエリア。ここからが本番だ、口調を戻していこう」
ガウディに言われて、口を真一文字に結ぶノエリア。
──喋る前に、ノエリアというフィルターを通さないといけない。なんて面倒なんだ。何を言うか頭の中で決めてからでないと、うまく言葉が出てこない。聖職者の女剣士。静かに闘志を燃やす。たぶんそんな感じだ。
そうしている間にも、ガルトが蛙飛びの要領で地を蹴り、ガウディに向かって低空飛行で突進してきた。ガウディはすれ違いざまに、ガルトの体をなぞるように剣を振るい、伸ばされた腕を斬りつけた。
「そちらから当たりにきてくれるとは、殊勝な心掛けだな」
ガウディは、ヘビが鎌首をもたげるかのように剣先をユラユラと揺らしながら、ガルトを挑発する。言葉が通じるかはわからないが、馬鹿にされたことは伝わったようだ。
「ギゲゲー!」
ガルトは怒りの声を上げ、胸の前で腕を交差させて再び跳躍の姿勢に入った。
「サニー!」
「ギケッ!? ……アガ?」
ノエリアが農夫の妻の名を叫んだ。突然の呼びかけに、一瞬動きが止まるガルト。言葉の意味を測りかねて、壊れたからくり人形のように頭をカクカクと振る。
本人であれば死別した悲しみのような苦悩や、逆上するなどの反応があるかと思ったが、この様子を見る限り違うようだ。それなら、遠慮はいらない。
「……気闘法をレベル3で使います」
「了解。それまで持ちこたえよう」
ノエリアは腰を軽く落として呼吸を整えた。探気とは違い、濃密な気の波がドクドクと脈打ちながら全身を駆け巡る。体を巡る度に、気は高次元の力へと昇華される。
ガウディは、ノエリアとガルトの間に白粉弾を投げつけ、煙幕で視界を遮り、ガルトの矛先が自分に集中するように仕向けると、両端に重りの付いた短いロープのようなものを取り出した。
「さあ、楽しい時間の始まりだ。無論、楽しいのはボクだけだが」
ガルトの強烈な突進をいなして捕獲縄を投げつける。ガルトは器用に逆立ちするように回避すると、そのまま飛び上がってバク転し、体操選手のような着地を見せた。
「へぇ……ボクの知るガルトじゃないってわけだ」
口調とは裏腹に、緊張が高まる。本来のガルトは、簡単な命令に従うだけの単調な動きをする怪物だ。だが、目の前にいるガルトは違う。自分の意志で判断して戦っているように思えた。
お返しとばかりに残忍な爪を突き出して向かってくるガルト。その直線的な動きは予測しやすく、ガウディは身をひるがえしてかわした。と思われたが、鋭い爪を備えた黒い腕がぐんと伸びて、ガウディの腕を引っ掻いた。
「ぐっ、このっ!」
ガウディは痛みを堪え、通り過ぎるガルトの背をショートソードで斬りつけた。やはり、ただのガルトではない。攻撃の精度が上がっている。ガウディの腕にひきつるような痛みが広がっていく。すぐさまLUCを使い麻痺に抵抗した。
「戦いは専門外なんだけどね……やれやれ、長引くと危険だ」
ガウディは、腕の傷を抑えて油断なくガルトに目を向けた。ガルトは左右の爪をカツカツと打ち鳴らし、不揃いの牙を見せて笑っていた。
「まずいな、動きが読めない」
INロールはガルトが取った。足のばねを活かし、再度ロケットのように突進するガルト。だが、今回は違った。口を開け牙を剥き、腕を左右に伸ばして飛行機のような恰好で迫って来た。
「ギゲー!!」
異様な腕の長さだ。横に避けたのでは間に合わない。もはや飛び上がる以外に逃れる術はなかった。
「腐った頭で考えたなっ!」
地を蹴り、のけぞるように飛び上がったガウディ。しかし、ガルトはそれを予期していた。背中を反って、サソリの針のように足をぐんと上にはね上げた。
どんっ! ガルトのかかとがガウディの胴体を直撃した。体をくの字に曲げて転がるガウディ。質量兵器となったガルトの突進の威力はすさまじく、激痛で意識が飛びかける。
「ぐっ……重傷ロール、成功だ! はぁはぁ……そろそろ来てくれると……」
白い煙幕が、熱風によって内側から膨れ上がり四散した。そこには、荒れ狂う闘気を鬼気迫る形相で抑え込み太刀に流し込むノエリアの姿があった。すると、刀身がチリチリと静電気めいた音を発して帯電した。
「ぃやー!!」
裂帛の気合一閃。しなやかに流れる黒髪をなびかせ、疾風となったノエリアが一気に間合いを詰め、不浄の怪物に稲妻めいた斬撃を見舞った。
ガルトは身を守ろうと腕を上げるも、遅い。闘気を帯びた刃がスパークしながら黒い腕を焼き切り、そのまま火花を散らして肩から入る。鎖骨、肋骨を両断して、逆脇腹へと切り裂いた。
どこからともなく「武器の完全成功!」という声がファンファーレのように鳴り響いた。ダメージにLUCを使い、最大ダメージを叩き出す。
斜めに両断されたガルトは、切断面から灼熱の気が流れ込み、炎に包まれながら巨木の幹に叩きつけられた。
「ギゲェエ……」
ノエリアは、断末魔の叫びを上げるガルトの頭を、無慈悲に落とす。刀身に付着したガルトの血が、闘気の残り火に触れバチバチと弾けて蒸発した。
「……ふー」
ノエリアは灰となって崩れるガルトを見届け、一歩下がって息を吐く。熟練の武士のように太刀をくるりと回し、カチンと音を立てて鞘に納めた。
ショーは、火にあぶられているかのような熱さを感じながら、気闘法の威力に身を震わせた。
気闘法を3レベルで使えば、太刀の完全成功値が4まで下がった。命中にLUCをつぎ込み、ダメージ倍率は五倍。いま与えたダメージを数値にすると50だ。全身鎧を着た相手でさえ、一撃で葬ることができる。
──ノエリアの気功技能レベルは6。ってことは、気闘法を6レベルで使えるんだよな。とんでもねぇ女だ。
「もっと陰気な場所にいるような怪物なんだけどね。消えた女性とも無関係ではなさそうだ。んー……その前に、治療を頼めるかな?」
ノエリアは裾をめくって額から流れる汗を拭いた。そんなことをしては、当然まる見えである。突然の行動に言葉を失うガウディ。ショーは無意識にやっているのだろうが、彼は「ノエリア本人がちょっとかわいそうだな」と同情の視線を向けた。
「ええ、もちろん……すーっ、快癒功」
ノエリアが小さく息を吸って、ガウディの体に気を送り込む。すると、痛みで乱れていたガウディの気が整い、傷が癒えていく。
ようやくノエリアの思考が馴染んできたのか、迷うことなく気功の術が脳裏に浮かんでくるようになった。
「ありがとう。危うく、八世になるところだったよ」
「ふふっ、私の前で、そのようなことはさせません」
ガウディに優しく微笑み返すノエリア。
「……これは……ははは、まいったな」
ガウディは中折れ帽を所持品欄から取り出してかぶり、前を下げて顔を隠した。優しく微笑むノエリアの顔にドキリとしたのだ。
あまりにも自然にセリフが出てきたことに、ショー本人が一番驚いていた。なんだか自分の意志が、知らぬ間にノエリアに侵食されていくようで、恐ろしささえ感じた。クラッサスに戻ったとき、つい言ってしまったら──考えたくはない。




