表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/20

第12話 噂の男子生徒

 ショーの休日はほとんどの場合、家業の問屋を手伝うことから始まる。主な業務はメリーの実家──ベルグループが所有する、農園や牧場から搬入される商品の在庫管理と保管を行い、それをスーパーやコンビニ、飲食店といった食料を扱う業者へ卸売りすることだ。


 幼いころから大人に混ざって手伝いをしていたせいか、ショーは仕事に対してはさばさばしている。当初は文句ばかり言っていたが、今ではこうした積み重ねが、社会のサイクルを、一部とはいえ回しているのだと、何となく理解できるようになっていた。


 そんなショーの背中を見て育った弟や妹たちも、わーわー言いながら手伝いをしていた。チビたちの面倒を見るのも、彼の仕事だ。


 午後になると、ようやく仕事から解放される。特に出かける予定もないが、ふと浮かんでくるのは、ワースブレイドのことばかりだ。だが、休日に学校へ行くのも気が引ける。


 そう思いながらも、壁に掛けられた制服に手を伸ばしている自分がいた。その横には、操兵リュードを使い大自然の中で競い合う、従兵機大戦パイクスティーガと呼ばれる競技のポスターが貼られていた。


 ショーは、しばらくそのポスターを見つめ、ため息をついた。チャンピオンとその愛機が描かれたポスターは、ショーの憧れだった。


 幼いころはパイクスティーガの選手を夢見たこともあったが、現実を知った今では、それも消えていた。トップクラスの選手ともなれば、早い者で10歳になる前から操縦訓練を受けているという。


 ──それに比べて、オレはどうだ?


「夢は夢だ……だから夢の中だけでも、乗りまくってやる」


 ショーは白いシャツを掴み腕を通した。そのとき、ポケットから赤い10面体ダイスが転げ落ちた。資料室にある、あの白い箱に入っていたダイスだ。怪訝そうにダイスを見つめ、拾い上げるショー。


「何だ? いつの間にか持ってきちまったのか?」


 これで学校に行く大義名分ができた。ショーはダイスをポケットにしまい、部屋を出た。彼の部屋は二階にあり、下へ降りると、おやつにかじりついていた弟の一人が顔を上げた。


「あれー? にいちゃん、がっこーいくの?」


「おう。お前たちはメリーんとこの牧場で遊んでこい」


「うん! ぼくじょーいくってー」


 はしゃぐ弟たちを牧場に預け、学校へと足を向けるショー。行ったところで、一人で続きをするわけにもいかないよな。


 ──あの仮面と世間話をするってのも悪くないか。


              ◇      ◇      ◇     


 いつものように旧校舎に入り廊下を鳴らして歩いていると、小さなクッションを脇に挟んだ男子生徒が、資料室の前に立っていた。


 その男子は、ドアノブに細い棒を二本突き刺し、指先を探るように動かしている。ピッキングだ。足音でショーの接近に気づいているはずだが、まったく気にした様子はない。


 ショーは責めるでもなく、鍵をつまんで見せながら、何気ない調子で声をかけた。サークルと認められたことで、承諾を得なくとも鍵を使えるようになったのだ。そのかわり、問題が起きた時の責任を負うことになるが。


 ここに来る目的は一つ。ならば、そいつと自分は同類なのかもしれない。


「てこずってるなら、鍵あるけど?」 


「大丈夫……ほら開いた。君はここの人? いいものを付けたね」


 彼はピッキングツールをポケットにしまい、ワースブレイドと書かれた表札を指さして言った。


「ああ、サークルを作ったんだ」


 付けたのはメリーだが、そんなことを言っても仕方ない。ショーは釈然としないまま、お役御免となった鍵をポケットに落とす。


 そこである噂が頭をよぎった。「資料室で倒れていた男子生徒」がいたという話だ。こいつがそうなのか? 

 

 オレたちが来る前のプレイヤーだ。それなら、ピッキングしないで鍵を取ってくればいいものだが、考えれば考えるほど謎が増える。そんなことはお構いなしに、男子生徒は言った。


「君もプレイヤーなんだろ? 僕は俗業ぞくぎょうの盗賊だ。君のクラスは?」


「戦士だけど……って、待ってくれよ」


 男子生徒は、返事を待たずに中へと入っていった。ショーもすぐに後を追う。なんなんだこいつ。


 二人が席に着くのを待ってから、仮面がフワリと降りてきて、謎の男子生徒の顔にぐいと近づく。そして、驚いたように飛び上がった。


「なんと! 復帰したんですねー? それでも、まだ休んでいた方がよいのではないですか? 体がブレていますよ、シン。」


 ワースメーカーが心配そうに言った。この男はシンという名前らしい。それにしても、ブレるとは? 親し気な二人の間に割って入るのも気が引けたので、追及はしなかった。


 シンはというと、シルバーブロンドの髪に青い瞳。整った鼻筋に穏やかな口調。目の下に薄くクマができていることを除けば、女子にモテそうな顔だ。総じて言うなら、不健康そうなイケメンといったところだろう。


「今日は気分がいいんだ。久しぶりに楽しませてよ」


 クッションをテーブルに置いてスタンバイしていたシンが、にこやかに仮面を見上げて言った。


「ああ、オレはショー。あんたはシンでいいんだよな?」


「うん。普通科三年のシンだ。ここには一年の時から通っていてね。なんというか、ワースブレイド廃人さ」


 そう言って肩をすくめる。ゲーム歴三年──オレたちよりも遥かにベテランだ。この余裕の態度もうなずける。


「オレは普通科の二年、です」


「いいよ気を使わなくて。上下関係とか面倒だろ? それより、一緒にどうだい? 誰かと潜るのなんて、いつぶりだろう」


 シンが仮面を指さして言った。廃人というだけあって、さっさとプレイしたいんだな。だが、冒険の途中で抜け出しているショーとしては、メリーとリンデが揃ったときに再開したいところだ。


「しょうがないですねぇ。無理はしないでくださいよ? では、リハビリも兼ねて、短いシナリオを用意しましょう」


「なるべく死なないように努力するさ」


 仮面の目が青白く光ると、シンはクッションに頭を乗せて眠りに落ちた。ああ、それでクッションか。次からオレも用意しておこう。


「ショーはどうしますか? あのお二人を置いて冒険するのも心苦しいでしょう。では、シンをサポートするNPCを使っていただきます」


「そういうこともできるのか? よし、それで頼むぜ」


 ──どんな形であれ、剣の時代(ワースブレイド)に行けるならかまわねぇさ。


              ◇      ◇      ◇        


 郊外へと続くガタつく道。交易路から外れたこの寂しい道を行くのは、野菜を売りに来る地元の農家くらいなものだ。その農家の荷車に揺られる山師が二人。護衛と言う建前で宿場町まで便乗していた。


「田舎って感じ……はっ!?」


 渡り鳥が飛び去り、緩やかな風が抜けるのどかな風景。リラックスしたショーがポツリと言葉を漏らすと、かわいい女の子の声が自分の口から発せられた。驚いて口を押え周りを見ると、目の前に口髭を生やした二十代後半くらいの男がいた。


「なん……えっ? オレの声だよな? どうなってんだ……」


 胸に違和感を覚え下を見ると、白いゆったりとした裾の短いワンピースを、内側から押し上げる、ふくよかな膨らみがあった。その下には柔らかな太ももが伸びている。恐る恐る胸に手を当てると、その膨らみの中に指が沈む。


 ──女だ!


「ワースメーカー! NPCって女かよ!」


 ショーが戸惑いの声を上げると、仮面がフワリと降りてきた。


「この地方のNPCを割り当てたまでです。自分とかけ離れたキャラクターを体験できるのも、この冒険の醍醐味ですからねぇ。コランを見習ってください」


「ははは。冒険には花が必要だ。いいじゃないか」


 口髭の男が能天気に笑った。


 ──無造作に伸ばしたシルバーブロンドの髪に青い目。半袖のシャツにベスト。だぶついた深い緑のズボンに艶のある高そうな革のブーツ。中流貴族のお忍び旅といった雰囲気を醸し出している。こいつがシンのキャラクターか。


「どうかな、伝説の盗賊王ガウディをイメージしたんだけど。名前もガウディ七世さ。よろしく」


「オレは……このキャラの名前ってなんだ? あっ、キャラクターシート見ればいいのか」


 名も知らぬ少女がスナップを利かせて手を振ると、眼前にキャラクターシートが表示された。手を振らなくても出るのだが、つい動いてしまう。


 名前:ノエリア

 年齢:16

 性別:女

 クラス:聖職者

 職業:聖拝ペガーナ修道士


 フードが風にめくれ、緩やかなカーブを描いた青みがかった黒髪が広がる。愛らしい大きな目には赤銅色の瞳。フード付きの白いローブには、聖拝ペガーナを表す意匠が刺繍されている。清楚な雰囲気と隠し切れないプロポーションとのギャップが、少女の魅力をさらに引き立てていた。


武器は太刀。はるばる東方から渡ってきた反りのある片刃の剣だ。鎧は着ていない。


「ノエリア……修道士ってことは、気闘法が使えるのか。そういや、技能取ったのに、使ったことなかったな」


 ショーは、まだ声に抵抗があるが、慣れていくしかないと開き直ることにした。


「ふふーん。このキャラクターを通して、気闘法の魅力を堪能してください。今までの戦闘感が覆りますよ?」


「完全成功とか知らずに、なんか強そうってだけで取ってたからな。今ならそれもわかるぜ」


 気闘法は武器のダメージを底上げして、完全成功値を下げる。つまり、大ダメージが出やすくなるのだ。


 立て掛けていた太刀を手に取り、鞘から刃を少し覗かせた。刀身に映る顔は、かすかに目を細めて微笑んでいる。おとなしそうな見た目なのに、武器は物騒なんだな。


 パチンと太刀を納め顔を上げると、ガウディと目が合った。微笑を浮かべる口元から、ノエリアの状況を楽しんでいるのは明らかだ。


「口調はそのままでいくのかい?」


 ガウディが膝に頬杖をついて、悪戯っぽく笑った。


「なっ……それって、このノエリアって子になりきれって? 無茶言わないでくれよ。そんなのどうしたらいいのか……」


 ノエリアという少女が、普段どんな喋り方をしているのか見当もつかない。わかったとしても、ショーにはハードルの高すぎる注文だ。


「ははは。難しく考えなくていいさ。女子の真似をするだけじゃないか。よく考えなよ。ノエリア本人がそんな口調で喋ってると知ったら、どう思う?」


「ぐっ……それは……」


 胸を触ったことも含め、ショーの男としての矜持と罪悪感が、心の中で激しくせめぎ合っていた。


 ──最初に出てくる女子はメリー。そして、リンデ。頭の中でシミュレートしてみたが、どちらもノエリアの物静かなイメージとは別物だ。クラスの女子はどうか。思い起こしてみるが、あまりサンプルが出てこない。オレってそんなに周り見てなかったのかと、ちょっと落ち込んだ。


「見た感じ清楚系だから、その方向性でいってみたら?」

 

 簡単に言ってくれる。妥協案として、メリーからお嬢様要素とトゲを抜く。これなら何とか行けそうだ。メリーのコラン降ろしを見習い、目を閉じて天を仰ぐ。自分を別人だと思い込ませる。


 ゆっくりと目を開き、深くため息をつく。平原を抜ける風が吹き、艶やかな髪がフワリと舞った。ノエリアは髪を押さえ、優しげな眼差しを荷馬車の先に向けた。


「ガウディ。宿場町が見えてきたわ」


「おお……」


 ガウディが感嘆の声を上げた。ショーの片鱗も感じない、見事なロールプレイだ。


 ──ど、どうだ! お望み通りやってやったぞ! これならノエリアも文句ないよな? 


「そういえば、なぜ七世なんです?」


 盗賊王ガウディの伝説ならショーも知っている。剣の時代(ワースブレイド)よりも古い時代の人物だ。一代で偉業を成して姿を消した。子孫がいたという記録は、正式には確認されていない。


「それは、ボクが六回死んでるからさ。だから七世」


 ガウディが肩をすくめておどけて見せた。


「はぁ!? 六回も死んだのか? ……えーと、死んだらどうなるんです?」


 思わず素が出たが、何とか持ちこたえた。


「当然、そのキャラは使えない。作り直しだ。三年もやってれば死ぬことだってある。そういうことさ」


 ──いやいや。何事もなかったみたいに言うけどさ、ダメージ食らったら痛みを感じる。ってことは、死を六回も体験したんだよな? シンの飄々とした掴みどころのない雰囲気は、そこからきているのかもしれない。


              ◇      ◇      ◇    


 舗装されていない道をガタガタと揺られながら進むことしばらく。馬車が木組みのアーチをくぐった。簡素な木造の家が建ち並ぶ宿場町、というか集落だ。この静かな場所が今回の冒険の舞台らしい。見た感じ平和そのものだが、ここにどんな事件が待ち構えているのだろうか。


 荷馬車は宿の前で止まった。人通りはまばらで、この土地の人間ばかりのようだ。好き好んで、儲け話のない田舎に来る山師もいないだろう。二人は荷台から降りた。


 ぐっと胸を引かれる感覚に足を止めるノエリア。胸に手をやり、柔らかな膨らみを持ち上げる。「これだけあったら、そりゃあ揺れるよな」と納得するショー。


 ついつい、頭の中でメリーやリンデと比べてしまい、頭を振ってすぐにその考えを消した。メリーはこういうのに勘が利くんだ。


「ふっふっふ。楽しんでいるね。少しくらい触らせてくれてもいいんじゃないか?」


 ノエリアの体に戸惑うショーを見て、からかうガウディ。


「いいわけあるか!」

 

 乗せてくれた農夫に礼を言おうと、御者台へと回り込む。その間、普段からズボンしか穿かないショーにとって、ひらひらと揺れるこの服は、なんだか「何も穿いてない」感覚がして、非常に心もとない。


「ありがとうございました……どうかされましたか?」


 礼を言って農夫を見上げると、なぜか彼の顔は思いつめたように暗く沈んでいた。


「なに、護衛代を出せなんて言わないから、安心してくれたまえ」


 ガウディが尊大に言った。


「ああ、よそから来た君たちは知らないだろうね。この季節になると出るんですよ」


「出る……と言うと、コレですか?」


 ノエリアが両手を胸の高さまで上げて「幽霊」ジェスチャーをした。


「……はい。私がまだ若かったころ……この街道を妻と一緒に荷車で走っていたのですが、草むらから飛び出した動物に馬が驚いて暴走しましてね、そのまま森へと入り木に激突したんです。妻は頭を打って、目覚めることはありませんでした。援けを呼び、戻ってみると……なぜか、妻の姿が消えていたんです。探し回ったのですが、結局見つからず……」


 農夫は重たい口を開き、悲痛な過去を語り始めた。


「悲しみを忘れようと必死に働いて、今では別の女性と家庭を持ちました。故郷のこの地に帰ってくると、事故のあった場所で女性の幽霊が出ると聞いたのです。特徴が……彼女に似ている幽霊が」


 ワナワナと握る手を震わせ、声に力が入る。


「確かめようとしたのです。しかし、私だけが幸せになって、彼女に合わせる顔がありません。会えば、私は今の生活が許せなくなってしまう。怖いのです。ペガーナの方、どうか彼女を、サニーを成仏させてやってください」


 重い事情を突き付けられ、言葉を失うノエリア。どうすれば成仏させられるのかは知らないが、弱者の救済を旨とする聖職者のさがか、何とかしてやりたいという思いが強く湧いてくる。

 

「聖職者の君にピッタリじゃないか。悩める子らを救ってあげたまえ。それに、ボクは死に詳しいんだ」 


 重苦しい空気をかき乱すようなガウディの物言いに、あきれるノエリア。だが、ベテランだけあって、こういう癖のあるキャラが様になっている。


 今回の目的ははっきりした。その幽霊を見つけて成仏させる。どうやるかは知らない。その時考える。


「わかりました。できるだけのことはいたします」


「除霊は専門外だが、ボクも微力ながら手を貸そう。それで、事故があった場所はどこなんだい?」


 ふむふむと頷きながら口髭をいじるガウディ。


「この道をしばらく進むと森に入ります。そのまま行き、折れた木のあるカーブが事故のあった場所です。私はしばらくこの宿に留まっているので、どうかお願いします」


 まだ日は高く、暗くなる前にはその現場にたどり着けるだろう。二人は、早速出発の準備を──準備?


「何か用意する物はあります?」

 

「ふっ、ボクが知るわけないだろう?」


 ──だよな。じゃあ、行くか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ