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そよ風のステッカー

《街のステッカー屋さん》の店先で、リュシエルは椅子に腰掛け、煙草をふかしていた。今日の暑さがまだ残る、生ぬるい風が頬を撫でる。


紫煙がゆらりと立ち上り、店の木枠を淡く霞ませる。


彼女が扱うステッカーは、大きく分けて二種類。一つは、子供たちからコレクターまでを熱狂させるコモンステッカーだ。


コモン(魔力無し)ステッカーには、デザインが多様でカッコいいもの、可愛いもの、色々あり。


中には世界魔物シリーズ、宝物シリーズ、英雄シリーズなどのコレクション前提の者がある。


その緻密なデザインは、小さな絵の中にも物語を宿しているようで、NノーマルからRレアSRスーパーレアURウルトラレアLレジェンダリーまでのランクがあり、それぞれに熱心なファンがいた。


だが、この店が繁盛していたのは、リュシエルだけが作り出すもう一つの奇跡、マジックステッカーがあったからだ。それは、彼女の些細な苛立ちや天才的な発想から、まるで命を吹き込まれたかのように生み出されていった。


マジックステッカーの製作は、常にリュシエルの気まぐれと、ちょっとした激怒から始まっていた。


〜〜〜〜〜


とある夏の、うだるような暑さだった。


店の奥の工房は、熱気がこもり、じっとしていても汗が噴き出す。リュシエルは、額に伝う汗を腕で乱暴に拭いながら、苛立たしげに大きく息を吐いた。


「…ったく、こんなんじゃ作業になんないよ!」


窓を開け放っても、入ってくるのは生ぬるい風ばかり。

換気扇もない工房は、まるで蒸し風呂だ。


リュシエルは、目の前のステッカーの材料を睨みつけながら、何かを呟くように口を動かした。


(はぁ、、、前世みたいに扇風機やエアコンがある訳じゃないし、どうにかしてこの熱気を追い払えないもんかねぇ…。)


そんな苛立ちが募る中、彼女の脳裏にふと、風の妖精が軽やかに舞う姿が浮かんだ。


(これだ!!)


彼女はすぐに新しいステッカーの試作に取り掛かった。デザインは、小さな風の妖精の紋様。そして、その裏に魔力の回路を刻み込んでいく。


数十秒後、額にうっすらと汗をかきながら、リュシエルは完成したばかりのステッカーを工房の壁にペタリと貼り付けた。


「…《そよ風》」


彼女が呟くと、ステッカーから目に見えない微風が生まれ、工房の淀んだ空気をゆっくりと、しかし確実に動かし始めた。最初はわずかなものだったが、やがてその風は、リュシエルの頬を心地よく撫でるまでに強くなる。


熱気が少しずつ外へと押し出され、工房の中は、わずかながらも涼しさを取り戻していった。


「・・・へぇ、なかなか良いじゃないか」


リュシエルは、満足げに煙草に火をつけ、ふぅ、と一息。その顔には、苛立ちの影はもうなかった。


リュシエルは、この《そよ風》ステッカーを店の片隅に並べた。


最初はその効果を信じる者は少なかったが、ある日たまたま店に立ち寄った旅の商人が興味本位で一枚購入していった。


数日後その商人が再び店を訪れた。

彼の顔には驚きと興奮が入り混じった表情が浮かんでいる。


「リュシエルさん!あのステッカー、とんでもないですよ!」


彼曰く、長距離の移動で常に熱気がこもっていた馬車の中が、ステッカー一枚で嘘のように快適になったというのだ。商品の鮮度も多少なりとも保たれ、旅の疲れも軽減されたと、興奮気味に語る。


その話を聞きつけた別の客が、今度は自宅用に購入していった。


窓際に貼れば部屋全体に心地よい風が流れ、洗濯物が驚くほど早く乾く。やがて、その効果は口コミで広がり、様々な場所で使われるようになる。


飲食店では客が快適に過ごせるようになり、農家では収穫した野菜の鮮度維持に役立てられ、畜産業者も家畜のストレス軽減のために使い始めた。


身分の差もなく、あらゆる場所で《そよ風》ステッカーはバカ売れした。


リュシエルは、その予期せぬヒットに、ただ煙草をふかしながら、「へぇ、そりゃ儲かるねぇ」と呟くだけだった。


その後、リュシエルは多少の儲けになるならばと、《そよ風》温風(赤)と冷風(青)を発明した。


高価な温風(赤)や、冷風(青)は富裕層に並べたそばから買い占められるほどだった。


しかし、リュシエルは、あまりに買い占めをしようとする人間には「こんなもん、本当に必要なやつに買わせてやりな!」と怒鳴りつけ、問答無用で店から叩き出すこともあった。


彼女にとって、ステッカーは趣味であり、金儲けはついでだ。


人々の生活を便利にしたりするのはあくまでステッカーのおまけなのだ。


〜〜〜〜〜


とはいえ、リュシエルにとって大事なお客様は常に近所の子供達。


カラン、扉の鈴が鳴ると元気いっぱいのティオとその友人2人の来店だ。


「うわー!色んなステッカーがある!」

「見てみて!ゴブリンだ!」

「ワイバーンに、グリフォン。あ、オークにデュラハンかぁ。」

「あ!?これはドラゴン!?ねぇ!前のドラゴンとは違うんだよね!?これ買える!?」


ティオが興奮気味にラメ入りに煌めくドラゴンステッカーを掴む。


「あぁ、もちろんさね。前のはマジック・ステッカーだったから売れなかったが、それはコモン・ステッカーのLレジェンダリーだからね。欲しがってたから用意しといたよ。ちと値が張るから、アンタの小銭が心配だねぇ?」


リュシエルはにやりと笑いながら言った。


「むむむむ!今月の賃金を考えると、、、ドラゴン1枚かぁ」

「俺はワイバーンにした!」

「僕はゴブリンとコボルト!あ!しかも裏面の台座に台詞と弱点が書いてある!」

「おもしれぇー!!」

「えー!?じゃあ剥がして貼ったらもったいないじゃん!」

「バカだな。だから2枚買うんだろ?」


わいのわいの言って子供達はお気に入りのステッカーを購入して帰っていった。


リュシエルは紫煙をくゆらせながら呟いた。


「・・・やっぱりコレクター魂かねぇ。所詮、マジック目当ての奴等には分からんね。きっと全てのステッカーを集めた時に、あの子らには特別な一枚が待ってるさね。」


リュシエルはいつか子ども達が手に入れるであろう未来を思い浮かべて、ふっと笑った。


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