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救出の支度


 隠れ家に静寂が落ちていた。

 ルーサーは寝台に横たわり、浅い息を繰り返している。止血はされているが、このままでは動ける状態には程遠い。


 小虎が焚き火の火を弄びながら、首を傾げた。

「なあ、聞きたい。……そのリュシエルって娘、ただの旅人じゃあるまい。どうして連れ去られた?」


 玄道は壁に背を預けたまま、低く答える。

「リュシエルは王都で“ステッカー屋”を営んでいた。魔法を札に刻み、誰もが扱える形にした品を売る職人だ。その効力は兵を救い、商会を潤し、時に国の均衡すら動かす」


 虎獣人の耳がぴくりと動く。

「なるほど……札一枚が国を揺らすか。そりゃあ、闇の連中が狙うわけだ」


 玄道は目を細めた。

「《リンボの鍵》はリュシエルの技術を欲している。だが使えぬと判断すれば、容赦なく切り捨てるだろう。……そういう連中だ」


 ルーサーが苦しげに目を閉じながらも、低く絞り出す。

「リュシエルは……必ず取り戻す。リンボの鍵、、、あの男に……渡してはならない」


 小虎は腕を組み、焚き火越しに二人を見やった。

「よく分かった。ますます見過ごせん話になってきたな。――その娘、探し出す理由が、ひとつ増えた」


 玄道は小さく頷き、ようやく本題に戻る。

 壁に背を預けながら、腕を組んで唸った。

「……リュシエルを追わねばならんが、このままでは無理だ」


 その時、ふと脳裏に閃く。

「待て……破壊された荷の中に、確か回復薬があったはずだ」


 小虎が耳をぴくりと動かす。

「ポーションか。それなら探してこよう。鼻の利くわたしの方が早い」


 玄道は眉をひそめた。

「危険だ。奴らの残党が潜んでいるかもしれん」


 だが小虎は飄々と笑った。

「心配するな。こう見えても虎獣人の嗅覚は狼に次ぐ。血と鉄の匂いなら、誰よりも早く察知できる」


 そう言って尾をひと振りし、外へ出ていった。



 街道に残された荷馬車は見る影もなく荒らされていた。

 木箱は壊され、保存食や矢束は跡形もない。だが――小虎は鼻を鳴らし、気づく。


「……食糧と消耗品ばかり盗られているな。奴ら、検問を警戒してか、持ち物を減らしたかったのか」


 転がった箱を蹴り起こすと、木屑の隙間から琥珀色の小瓶がのぞいた。

 彼女はそれを拾い上げ、口元を緩める。

「運がいい……一本残っていたか」


 さらに森の奥へ足を伸ばすと、鼻先に別の匂いが引っかかった。

 焦げた木の匂い、血の匂い、そして――鉄の匂い。


 草むらに踏み込むと、そこには銀の剣が突き刺さっていた。

 リュシエルがソルミアと交戦した痕跡が残る場所だ。


 小虎は剣を抜き取り、目を見張る。

「……この刃、欠けひとつ無い……?」


 信じられないというように、刃を撫でる。


「……これが巷で噂の“ステッカー”か」

 小虎の瞳に、獣のような光が宿った。


 彼女は口角を上げ、剣を背に括り直して小屋へ戻っていった。


 隠れ家に戻った小虎は、無事に瓶を玄道へ渡す。

 玄道はルーサーの口元にポーションを注ぎ、光が滲むように傷口が閉じていく。


「……っ!」

 ルーサーは苦悶の吐息を洩らし、しばらくして身体を起こした。

 蒼白な顔に焦燥が浮かぶ。

「リュシエルを……早く追わなければ……!」


 小虎はその肩を押さえ、背から銀の剣を下ろして見せた。


「焦る前に、これを見ろ。――あの女の剣だ。刃毀れもせず残っていた」


 ルーサーは剣を手に取り、低く答えた。


「これには《不壊のステッカー》が貼られている。どれほど打ち合っても、刃毀れも錆も起きない」


 小虎の耳がぴくりと動き、瞳が獣じみて輝いた。


「壊れぬ剣……。こんな代物、ぜひともわたしも欲しいものだな」


 彼女は小さく笑い、言葉を継ぐ。

「ますます探し甲斐が出てきたな。リュシエル殿はわたしにとっても、得難い人物だ」


 玄道は横目でその様子を観察し、内心で嘆息する。

(……やはり純粋な“助けたい”ではないか。だが、この野心も利用できる)


「準備といえば……近くにタガネ村がある」  小虎が焚き火越しに言った。


「そこに、鼻の利く狼獣人の情報屋がいる。名は水木清次郎。リュシエル殿の匂いを辿らせれば、足跡は掴めるはずだ」


 その名に、玄道の瞳が鋭く光る。 (……水木清次郎。かつて暗殺の標的として名を受けながら、逃げられた闇人の男……)


 だが、今は飲み込む。 「……なるほど、頼りにはなるな」


 さらに玄道は式札を取り出し、印を切って呪を唱える。  薄青い火が走り、札が空へ舞い上がった。


「天久国の同胞に伝令を送った。陰陽師と武士を派遣させ、痕跡を追えるよう結界を張らせる」


 ルーサーは深く息を吐き、立ち上がる。 「ならば、向かおう。リュシエルを必ず取り戻す」


 小虎は剣を背に括り直し、尾を揺らす。 「案内は任せろ。」


 三人は夜陰に紛れ、タガネ村を目指して歩き出した。


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