完成!鏡面ステッカー
工房に、乾いた音が響いた。
セレスティアの指先から放たれた魔力は、水と風を幾重にも折り畳み、薄膜の層を滑らかに重ねていく。
最後に彼女が息を整えた瞬間、空気そのものが澄んだ硝子に変わったかのように、机の上に一枚のステッカーが形を取った。
――それは、澄んだ鏡だった。
薬液の濁りも、粉末の曇りも映さない。
純粋な光と影をそのまま返す、真新しい“面”。
そこには煙管を咥えたリュシエルの横顔が、くっきりと映り込んでいた。
「……できたわ」
セレスは唇を震わせ、顎を誇らしげに上げる。
「見た? これがわたくしの技術。あなたの工房でも、わたくしがいればこう仕上がるのよ」
リュシエルは腕を組んだまま、黙って鏡を手に取る。
光を反射する面はぶれず、角度を変えても濁らない。
(……参ったね。あたしが何度も調合を変えて、配合を試して、それでも曇りが取れなかった鏡面が……こんな一発で)
心臓の奥がじりじりと焼ける。
水の繊細な操作はあたしよりもセレスの領分――分かっていたのに、こうして目の前で完成させられると、笑っていられない。
だが、素直に称賛なんてできる柄じゃない。リュシエルは紫煙を長く吐き、口の端を吊り上げた。
「ふん……ちょっとは使える手になったみたいだね。偶然が味方しただけだろうけど」
「偶然?」
セレスの菫色の瞳がきらりと光る。
「言い訳ね。負け惜しみっていうのよ、そういうの」
「はん。負け惜しみを言えるうちは、まだ勝負が続いてる証拠さ」
リュシエルはわざと鼻で笑ってみせる。
内心は、認めざるを得ない。悔しいが、セレスの精度は自分を上回った。それでも、退かない――そう胸の奥で呟く。
セレスは勝ち誇った笑みを浮かべたまま、手を腰に当てる。
「やっぱりあなたには、わたくしが必要ね。わたくしの腕がなければ、この工房は中途半端な品で終わるんだから」
「へぇ、言うじゃないか。……口先だけでなきゃいいけどね」
二人の火花が散るようなやり取りに、孤児院の子供達と一緒に手伝いに来ていたティオたちが目を丸くして見ていた。
「すげぇ……鏡だ! ほんとに映ってる!」
「セレスお姉ちゃんすごい!」
「でもリュシエル姉ちゃんだって負けてないんだぞ!」
わいわいと騒ぐうちに、勢い余ってケントが叫ぶ。
「オレ、絶対にリュシエル姉ちゃんと結婚する!」
「は? バカ言うな! オレはセレスお姉ちゃんだ!」
「じゃあオレは二人まとめて嫁にする!」
「ずるい! オレも二人だ!」
顔を真っ赤にして騒ぎ立てる少年たち。
セレスは「な、なに言ってるのあなたたち!」と慌てて頬を染める。
リュシエルは煙を吐きながら、苦笑を噛み殺した。
「まったく……ガキどもにまで張り合われるとはね。嫁取り合戦の戦場にするつもりはないんだよ」
鏡の面は、灯りを柔らかく反射して工房を明るくした。
その光の中で、リュシエルは小さく息を吐く。
(悔しいけど――認めるよ、セレス。あたしはまだまだ研ぎ澄まさなきゃならない。すぐにでも追い抜き返す。絶対に)
紫煙の向こう、彼女の目はもう次の試作へ向いていた。




