目の回る忙しさ
工房の再建から数週間。
耐火ステッカーは、予想を超える大ヒットになっていた。
鍛冶場では「火花や爆ぜた炭から店を守れる」と職人たちに重宝され、料理店では「厨房火災防止」として看板商品に。
貴族家では「衣装部屋や宝物庫の護り」として飛ぶように売れ、軍では「野営地での火事対策」として大量注文が舞い込む。
「……まあ、売れるのは良いんだけどさ」
リュシエルは煙管をくゆらせながら、帳簿を睨む。
「登録制にして、買った相手と紐付けるのがちと面倒でね。でもまあ、隣に衛兵詰所があるから伝令は早い。そこは助かってるよ」
需要は耐火だけにとどまらなかった。
《癒し》《そよ風(温風/冷風)》《ひんやり》《ほかほか》《虫除け》《消臭》《かろやか》……
かつての人気商品も、工房炎上のブランクを経て再販されるや、飛ぶように売れていった。
なかでもシエラモニカ院長と孤児院の子どもたちの協力は大きかった。
材料の調達から下地作りまで、子どもたちはよく働き、工房の活気を支えていたのだ。
「院長さんがいてくれて、本当に助かったよ」
リュシエルは感謝を口にした。
弟子の成長も著しかった。
魔法の才能が芽生えた孤児院の少女に術式を教えたところ、あっさり成功してしまい、絵が得意な子、錬金術に夢中な子……即戦力にはまだ遠いが、磨けば光る人材が次々と見つかっていた。
とはいえ、リュシエルは煙を吐き出しながら考える。
「……あたしは、いつかまた旅に出る身さ。じっくり育つのを待ってられない。即戦力になる人材が、どうしたって必要なんだよ」
そんな彼女に、隣に佇むルーサーが静かに口を開いた。
「一つ、提案がある」
魔法学園時代。
リュシエルとルーサーは肩を並べて学び合ったが、当然、他にも同期はいた。
なかでも貴族の令嬢で、王族に連なる血筋を持つ才媛が一人。
リュシエルを強烈にライバル視し、ことあるごとに挑んできた人物だ。
「……あぁ、いたねぇ。あの子」
リュシエルは煙をくゆらせながら口元を吊り上げた。
「突っかかってくるのが可愛くて、ずいぶんおちょくったっけ。……いやぁ、懐かしいもんだね」
当時、転生者としての視点を持つリュシエルにとって、自分に時間を割いて突っかかってくる相手は、ただただ愛らしかったのだ。
「彼女を工房に招いてはどうか」
ルーサーは真顔で告げた。
「力は確かだ。今なら、工房に即戦力として加われるはずだ」
リュシエルは目を細め、紫煙を吐いた。
「ふん……面白い。けど、あの子はあたしを嫌ってるはずだよ?」
ルーサーは首を振る。
「……少なくとも、この店にとっては必要な存在だ」
(まったく……)
リュシエルは心の中でため息をついた。
この男が、あの令嬢に惚れられていたことに気付いていないとは。
相変わらずの朴念仁ぶりに、呆れるより笑いが込み上げてくる。
「まあ、考えてやらんでもないさ」
煙管を置いたリュシエルの口元に、次なる挑戦への笑みが広がっていた。




