砂漠での見送り
日差しが傾くグルバザーン王宮の庭園。
涼しい噴水の前で、リュシエルは三人の若者――ラシィナ、ナイール、ジラに向かって、数冊の厚い帳面を机に並べた。
「こいつはあたしの《ステッカーレシピ帳》だ。世界魔物シリーズ、宝物シリーズ、名言シリーズ……どれも“網羅版”さ。コモンもマジックも全部書いてある」
弟子二人は息を呑み、ジラは黙って眉をひそめる。
「新作を出す時は、フィルバーレルから遣いをよこしてレシピを届ける。逆に何か思いついたら、文を寄越しな。……いずれまた顔を出すよ。それまでは、達者でやんな」
その言葉に、ラシィナは胸を押さえ、涙をこらえるように微笑んだ。
彼女の中では、かつて暴走を繰り返していた“言霊”の力が、知らぬ間に静まり返っていた。
「師匠……わたし、もう暴走しません。今度は制御できます。だから、この工房を守ってみせます」
ナイールも真剣な顔で頷く。
「俺は第四王子として“落ちこぼれ”と呼ばれ続けてきましたが……もう違う。工房を通じて、国の役に立つと証明してみせます」
ジラは腕を組み、苦笑交じりに言った。
「ま、俺は臨時の絵師だ。困ったときだけ手を貸す。だが、こいつらが行き詰まったら助けてやるさ。カリム殿からの依頼もあるしな」
カリムは頷き、視線を鋭くする。
「この工房の立ち上げは国の一大事業だ。お前たちには引き続き権限を与える。リンボの鍵の調査も進める必要があるが……その件は私に任せろ」
そして翌朝。
王都の大門には、カリムと弟子二人、ジラが揃って見送りに立っていた。
「師匠……!」
「どうかお体に気を付けて」
ラシィナとナイールは深々と頭を下げる。
ジラは片手をひらひらと振り、茶化すように笑った。
「今度戻るときは、新しい“名言シリーズ”でも持って来てくれよ」
リュシエルは肩越しに振り返り、煙管を掲げてにやりと笑った。
「心配すんな。あたしは不死身さ。まずはフィルバーレルに戻って工房を復活させる。弟子を集めて、新しいマジックステッカーを開発する――忙しくなるねぇ」
その隣には、ルーサーが静かに立っていた。
「……道は長いが、まだ始まったばかりだな」
二人は来た時と同じように馬車に乗り、砂漠を後にする。
背後に残された弟子たちは、胸の奥に熱を抱きながら、砂埃に霞む師の背を見送った。
こうして砂漠の地に蒔かれた《ステッカー工房》の種は、確かな芽を出した。
そしてリュシエルは新たな旅路へ――再びフィルバーレルで、自身の物語を紡ぐために。




