耐火ステッカーと男達の帰還
仮工房の机の上には、ラシィナとナイールの手で仕上げられた、《ひんやり》《ほかほか》《かろやか》のステッカーが並んでいた。
リュシエルはひとつひとつを検め、絵入れを施しては頷く。
「ふん……線はまだ荒いが、魔力の通りは悪くない。やっと“使える品”になってきたね」
二人は顔を見合わせて笑みをこぼす。
そんな弟子の横で、リュシエルは別のステッカーを取り上げた。
「さぁて……これは試作品。名付けて《耐火ステッカー》」
火の形に✕印が重ねられた紋のデザイン。
弟子二人が同時に目を丸くする。
リュシエルは壁際の木板に貼り付けると、小さな炎を近づけた。
次の瞬間――ステッカーから甲高い警報音が鳴り響く。
「ピィィィィ――!」
ナイールが慌てて耳を塞ぎ、ラシィナが叫ぶ。
「し、師匠? これ、うるさいですっ!」
「黙って見てな!」
炎は木板を舐めるが、不思議なことに燃え広がらない。
ステッカーが淡い光を放ち、熱を吸い取っているのだ。
やがて五分が過ぎると光が途切れ、板は黒く焦げたが燃え尽きはしなかった。
リュシエルはステッカーを剥がし、灰を払って言った。
「これからの工房にゃ必須のステッカーさ。あたしが店を燃やされたからこそ生まれたんだ。失敗の痛みってやつは、こうやって大発明を産むんだよ」
二人は口を開けたまま頷き、やがて感嘆の声をあげた。
「すごい……!」「これ、世界中で使われますよ!」
リュシエルはにやりと笑い、肩をすくめる。
「大ヒットかどうかは時間が決めるさ。けど、あたしらの腕は――もう後戻りできないほど上がるよ」
その夜、工房の扉が重く叩かれた。
現れたのはルーサー、カリム、そして逞しい青年だった。
「戻ったぞ」
ルーサーは簡潔に報告を始める。
「サンドリザード、サンドスコーピオ、サンドプラント、サンドアント、クイーン……そしてサンドワーム。唾液腺は確保済みだ。その他の素材も解体中。必要なら早めに指定してくれ」
密閉容器を机に置くと、淡い魔力の脈動が工房に広がる。
リュシエルは容器を光にかざし、静かに息を吐いた。
「……上等だね。スライムが手に入らないなら、この唾液腺が代わりになる。量産の目処が立つよ」
弟子たちは歓声を上げた。
ナイールが容器に手を伸ばしかけ、ラシィナに止められるほどだった。
さらに報せは続いた。
討伐の成果を聞きつけ、王ザファル・ア=ディーン・グルバザーン自身がギルドに足を運んだという。
「巨大なサンドワームを見たい」と、直々に野次馬に来たらしい。
「まったく……騒ぎを呼ぶのはあんたらの得意技だねぇ」
リュシエルは煙を吐き、呆れながらも笑った。
そこでルーサーが背後の青年を示した。
「それと……彼を紹介しておきたい。ジラ・ヴァルド。槍と絵の両方に長けた男だ」
ジラは無造作に羊皮紙の束を広げた。
「道中で見たもんを記録しただけだ。けど、現場の息吹は残してあるぜ」
紙面には――砂漠の蜃気楼、砂に潜むサンドリザード、鋭い尾を構えたサンドスコーピオ、触手を伸ばすサンドプラント、無数のサンドアントの群れ、クイーンサンドアントの咆哮、そして巨大サンドワームの顎。
さらに、押収した違法魔道具や呪符の模造品の図解まで描かれている。
最後の一枚には、縛られて情けない顔をしたシーパックの似顔絵が、妙に写実的に残されていた。
弟子たちは思わず吹き出しそうになり、リュシエルは目を細めた。
「……ふん。面白いじゃないか。荒い線で要点だけを抜き出す……ステッカー向きだね」
ジラは肩を竦め、にやりと笑う。
「俺は戦場帰りの記録係だ。デフォルメは慣れてる。あんたが描き足せば、もっと化けるだろ」
リュシエルはじろりと睨み、煙管をくゆらせた。
「あたしの工房は弟子二人で手一杯さ。けど、その腕、ただの絵描きよりゃマシだね」
ナイールとラシィナは固唾を呑んでそのやり取りを見守っていた。
リュシエルが外の人間をここまで認めるのは、極めて珍しいことだった。
リュシエルは煙管をくゆらせながら、ぽつりと漏らした。
「この工房には“絵入れ”を任せられる奴がいない。あたし自身は、いずれまた別の国で工房を立ち上げにゃならない。……あんたみたいな筆があれば助かるんだがね」
ジラはしばし黙って考え、やがて肩をすくめた。
「……絵入れの仕事自体は構わねぇ。ただ、冒険者の仕事や軍の下請け依頼はやめられない。臨時勤務って形ならいいが」
そう言って羊皮紙をひらひらさせる。
「その代わり、こいつら二人に絵を教える。マジックステッカーの紋なんざ、それほど複雑じゃないが、コモンステッカーのデザインの方がよっぽど神経使う。……あんたの仕事の厄介さ、少しは分かるつもりだ」
ラシィナとナイールは目を輝かせ、リュシエルは鼻を鳴らした。
「ふん……口の利き方は生意気だが、悪くない取引だね」
こうして、新たな素材と弟子、そして“臨時の絵師”を迎え入れることとなった。
リュシエルは内心、砂漠の戦利品よりも、この出会いの方が大きな意味を持つのではないかと感じ始めていた。




