砂漠に潜む巨影
首都ウルシャナ・オアシスの冒険者ギルド。
砂漠から帰ってきた冒険者たちが、汗と砂をまとったまま依頼を報告している。
ルーサーは受付で腕を組み、重く口を開いた。
「……やはり、この国にはスライムはいないようだな」
受付嬢が困った顔で頷く。
「はい。湿地が無いので……代わりに、サンドワームの体液を代用する研究が進んでいます。ただし討伐は非常に危険ですので」
「王都の工房では、スライムの粘膜がステッカーの基材として欠かせなかった。……粘性と魔力伝導率の高さは他に代え難い」
横で控えていたカリムが小さくため息を吐く。
「サンドワームの唾液は、砂を岩のように固めるほど粘り強い。砂竜軍でさえ、余程の作戦でなければ近付かない。……だが、リュシエル殿のためなら放置はできん」
ルーサーは目を伏せ、独り言のように呟いた。
「結界と解析なら俺が補う。動きさえ読めれば、討伐の可能性はある」
そのとき、後方のテーブルでスケッチを広げていた青年が、にやりと口角を上げた。
「サンドワームの話をしてるのか? いいタイミングだな」
振り返った二人の視線の先にいたのは、槍を背負った逞しい青年。
日焼けした腕は力強く、だが指先は繊細に紙をなぞっていた。
「俺はジラ・ヴァルド。ジラと呼ばれてる。半ば軍属、半ば画家。砂竜軍じゃ、討伐から生還した兵の証言を元に魔物の姿を描く仕事を任されてた。記録のためにな。現地で残骸や痕跡を見て回って、兵の証言をまとめてる。想像で描いたわけじゃねえ」
彼は大きな羊皮紙を広げる。そこには砂に潜む巨大な影と、露出した顎の牙、ねばつく体液に覆われた断面図までが緻密に描かれていた。
「これは……」カリムが目を細める。
羊皮紙には、断面図に示された「唾液腺」の候補位置が克明に描かれていた。該当部位は繊維状の嚢状組織で、表皮の深部に沿うように並んでいる──と、細部まで推測が及んでいる。
「実際に現場を知らねば描けぬ精度だ」
ジラは肩を竦めた。
「直接ぶちのめしたことは無いが、死骸や痕跡は嫌というほど見た。兵の証言を合わせりゃ、唾液腺の位置だってこの辺りに絞れる。だからこそ、一度は直に見ておきてぇんだよな。絵だけじゃ詰め切れねぇ部分がある」
ルーサーが絵に指を置き、低く唸る。
「……ここか。取り出すには結界で動きを止め、内部に切り込む必要がある」
カリムは考察する。 「この精度は、現場の証言と死骸の状態を突き合わせた結果だ。ここなら採取は理論上可能だが、採取法が問題だ」
ジラは続ける。 「採取は普通の器具じゃ無理だ。唾液は空気で硬化する。密閉して溶媒で不活性化しながら切り取るか、逆に結合阻害剤(解凝溶液)を現地で噴霧して固化を防ぎつつ摘出する。運搬も、樹脂で裏打ちした密閉容器を用意する必要がある」
ルーサーが紙の上に指を置き、低く唸る。 「結界で運動を抑え、局所的に気流と酸素を遮断してから切り取る。我が術で膜を張れば、その間の魔力ノイズは抑えられる。採取直後に解凝溶液で一旦反応を止めて密封──そうすれば素材として扱えるはずだ」
ジラはにやりと笑って拳を握る。 「槍で道を作るのは任せとけ。俺が誘引して露出させる。お前さんは結界で動きを止めてくれりゃいい」
カリムは静かに頷く。 「利害は一致した。だが、ギルドの依頼でもある。万全の準備で挑もう」
ルーサーは絵を見つめながら、胸の奥で思う。
(……リュシエルが探しているのは、こういう“絵を描ける武人”かもしれないな)
こうして、三人はサンドワームの唾液腺を求め、砂漠へと挑む決意を固めた。




