砂漠の国の歓迎
灼熱の砂漠を越え、やがて蜃気楼の先に現れたのは巨大な緑の帯だった。果てしない砂の海に浮かぶように広がる湖――それが首都ウルシャナ・オアシスだった。
城門を抜けると、通りは民衆で埋め尽くされていた。白い頭巾や顔を布で覆った人々が一斉に声を上げる。
「リュシエル様だ!」 「ステッカー屋の女主人が来たぞ!」 「ひんやりのステッカーを……! 我らを救った恩人だ!」
人々は熱に浮かされたように道端から駆け寄り、花弁や香草を投げかける。商人たちは「聖女だ!」とさえ口にし、子どもたちは両手を広げてステッカーをねだる。
リュシエルは馬車の中から煙草をくわえたまま顔を出し、わざと大げさに肩をすくめた。
「……あたしゃ芸人でも聖女でもないんだけどねぇ。店潰されてなきゃ、もっと配れたんだけどさ」
民衆の熱狂の中、一行は王宮へ迎えられる。
玉座の間。
砂漠の王――褐色の肌に白金の装束を纏う大王、ザファル・ア=ディーン・グルバザーンは、深い声で言葉を紡いだ。
「砂竜軍のカリムより報告は受けている。汝のマジックステッカーは兵を救い、民を支え、我が国力をも高めた。……リュシエル殿、歓迎する」
リュシエルは片膝をつき、軽く頭を下げただけで笑った。
「ありがとさん。けど、あたしゃ職人でしかないよ。王様に頭下げられるのは、どうにもむず痒いねぇ」
そのやり取りに広間はざわめいたが、王は逆に目を細めて微笑んだ。
「だからこそ信を置けるのだ」
その直後、リュシエルが片手をひらりと振って言った。
「それから……こいつはラシィナ。あんたの国の村で拾った。弟子にするつもりで連れてきたんだ。ちょいと癖はあるけど、まあ面白い素材かもしれないと思ってね」
ラシィナはびくっと肩を震わせて前に出てくると、玉座の王を見上げて「おおっ……」と小さく声を漏らした。
「……すごい……ここ全部……王様のお家?」
足元のモザイクにじゃれつきそうになりながらも、なんとか踏みとどまってスカートの裾をつまむ。
「えっと……ラシィナっていいますっ! なんか、リュシエル様に“弟子にしてやる”って言われて……何ができるか全然わかんないけど……あの、これから……よろしくお願いしますっ!」
元気に言い切ってぺこりと頭を下げると、ぽろぽろと髪から砂粒が落ちた。
侍女たちは眉をひそめたが、王ザファルは穏やかな微笑みを浮かべた。
「……良き縁を得たな、リュシエル殿。民の娘がこうして玉座の前に立ってくれることが、何よりの誇りだ」
「へへ……へへ……」とラシィナは照れて小さく笑い、リュシエルの背に隠れるように回り込んだ。
「……しゃべり方、変じゃなかったかな……? 師匠、ちゃんとできてた?」
リュシエルは軽く目を細めて笑った。
「ま、挨拶としては悪くないさ。王様、この子、まだ何も教えてないけど……何かしら、持ってると思ってるよ。うまく育てば、化けるかもね」
王は静かに頷いた。
王宮の奥には、既に整えられた仮工房が用意されていた。壁には冷気を逃さぬ布、床には砂を避ける石板。
集められたのは十数名の魔術師。グルバザーン王は胸を張り、彼らを示す。
「国は自国でステッカーを生産したいと願っている。魔術師を揃えた。汝の技を伝えてほしい」
だがリュシエルは工房を一瞥し、静かに口元の煙草を手で覆いながら火を落とした。
「悪いけどね――あたしゃ弟子は選ぶんだ。腕も気概も見極めずに、大勢集めりゃいいってもんじゃない」
彼女の声は硬く響き、集められた魔術師たちは戸惑いの色を浮かべる。 ルーサーが横目で彼女を見て、肩を竦めた。
リュシエルは続ける。
「アンタら帰んな。数揃えりゃ物はできると勘違いしてる奴は、ステッカー職人には向かない。あたしは自分で探して、選んだ奴だけ育てるさ」
静寂が落ちる。だがその不遜な態度を、王はしばし見つめ、やがて大きく笑った。
「……なるほど、噂通り。気骨ある女だ」
こうしてリュシエルは、王宮に与えられた仮工房を「本拠地」として使うことを許されながらも、弟子探しと独自のやり方を貫くこととなった。




