出立とラシィナの才覚
村長宅での話し合いを終えた後、リュシエルはラシィナの両親を呼び寄せた。父母はぎこちない表情で席に着いた。
「……本当に、あの子を連れて行くのですか」
母親は不安げに問いかける。
「ええ」リュシエルは煙草を指で弾き、紫煙を吐く。
「ただの厄介者で終わらせる気はない。あたしが責任もって、呪術師として育てるさね」
父親は腕を組み、唇を噛んだ。
「……ラシィナは村でも働き手です。ですが、癇癪を起こせば畑も壊す。正直、親である私らにも手に余っていた……」
その言葉にルーサーが静かに口を挟む。
「だからこそ放ってはおけん。制御できぬまま成長すれば、いつかグルバザーン政府が直々に介入し、最悪の場合……排除されるだろう」
その冷徹な言葉に両親は顔を曇らせた。けれど、すぐにリュシエルが柔らかな声音で続けた。
「だから、あたしが預かる。立派になって、胸を張って帰れるように育ててみせる。……安心しな、約束するよ」
母親の目に涙が浮かんだ。
「……立派に、ですか……」
その場にいた外交官カリムが一歩前に出る。
「私が立ち会い人となろう。ラシィナはグルバザーン王国に正式に弟子入り登録を行う。これであの子の力は“保護下にある才能”と認められる。……安心なさい」
両親は驚き、慌ててカリムを見た。
「ま、まさか……あなたは……カリム元副将!!?」
カリムは小さく頷く。
「今は外交官だが、名はまだ残っている。……君らの娘は、これから国家の庇護下で育つのだ」
父母は深々と頭を下げた。
翌朝。村はずれ。
ラシィナは荷物を背負い、ぎこちなく立っていた。
不安げに目を伏せながらも尋ねる。
「あたし、本当に、何をすればいいの?」
リュシエルが近づき、煙草を口にくわえながら笑う。
「さて、弟子入りしたからには聞かれると思ったよ。“あたしは何をすればいいの”ってね」
リュシエルは懐から一枚のステッカーを取り出した。青く光る、ぷよぷよした図柄のステッカー――スライムの意匠だ。
「これをやるよ」
ラシィナは驚いて手を伸ばし、大事そうに受け取る。
「アンタが目指すのは、人を困らせるんじゃなく、人を喜ばせる職人さ。この一枚がそうだ。誰かが笑って助かるなら、それが“弟子”としての仕事だよ」
ラシィナの顔がぱぁっと明るくなった。
「……すごい……これが本物のステッカー……! こんなの、見たことない……!」
目に涙を浮かべながら胸に抱きしめる。
リュシエルは紫煙を吐き、軽く肩を叩いた。
「喜ばせるために作るんだ。あたしの弟子は、そういうもんさね」
ルーサーは小さく鼻を鳴らしつつも、わずかに口元を緩めていた。
一行はラシィナを連れ、首都ウルシャナ・オアシスへ向けて出発した。
砂の匂いが濃くなる道すがら、突如、蠍やガラガラヘビの魔物が姿を現す。村近くでは滅多に見ない強さだ。
「下がれ!」カリムが馬上で槍を構える。
だがラシィナは震えながらも叫んだ。
「こっち来るなぁぁぁ!!」
その瞬間、耳をつんざくような圧が広がり、魔物たちは一斉にのけぞると、砂を蹴って逃げ出した。触媒も呪具も何もなし――言霊だけで。
ルーサーは目を細めた。
「……触媒なし、か。恐ろしい才能だな」
リュシエルは煙草を回しながらニヤリと笑う。
「まったく、とんでもない拾い物だよ。……育て甲斐があるねぇ」
ラシィナは息を切らしながらも、ステッカーを胸に抱いたまま、必死に笑顔を浮かべていた。




