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王都出立


 まだ朝靄の残る王都フィルバーレル。南門前に、一台の地味な馬車が停められていた。王宮の紋章は外され、荷台には縄で括られた木箱が一つ。中には、リュシエルが炎上した工房から守り抜いた最低限の道具とマジックステッカーが収められている。


 門の脇で、砂竜軍特使カリム・アル=サルハーンが待っていた。背筋を伸ばした軍人の姿は、彼が護衛兼案内役であることを示している。昨夜のうちに早馬で本国へ報せを飛ばしており、王国を出立する一行の存在は既に伝えられていた。


 御者台には、若い男が腰掛けていた。髪は整えられ、礼儀正しい仕草で手綱を握っている。


 そこへ、黒衣の男が歩み寄る。王宮魔術師ルーサー・グランディール。職務を王宮騎士へ引き継ぎ、この旅の護衛として同行することを選んだ。


一方、王都には他の特使たちが残っていた。


 聖国のセラフィン・ド・アルヴェロは神殿との連絡線を固め、リュシエルに危害を加えようとする勢力を炙り出すべく動き始める。

 ファーフォールンのホロウムは、妹を見送りつつも、森の長老達へ報せを送り、王都に残って諸国の使節との連携を担うことを選んだ。

 エルネストリオンのアネモネは、軍事的観点からリンボの鍵の潜伏先を追跡するため、王国騎士団との共同作戦に加わる。

 天久国の芦屋玄道は陰陽寮へ報告を飛ばしつつ、王都の裏路地で奇妙な流言を拾い集める。

 そして南の国グルバザーンのカリムは、自ら案内役として一行に同行する道を選んだ。


そしてルーサーはリュシエルを護る事を選んだ。


 つまり、リュシエルは孤立するのではなく、王都に残った仲間たちの支援と監視網の上で旅立つのである。


「王宮の件は任せてきた。以後は私が護る」


 短い一言に、迷いは無い。

 リュシエルは肩を竦めて笑った。


「頼もしいねぇ。でも借りは嫌いだよ。どうせなら一緒に仕事させてもらうさね」


 彼女の傍には一本の剣。かつてメンテナンスを嫌がり、自ら《不壊のステッカー》を貼ったせいで、今では剥がすことも分解することもできなくなった“失敗作”の剣だった。刃は欠けず、切れ味も落ちず、何を斬っても損なわれない。面倒を抱えたはずが、今や彼女にとって手放せない相棒となっている。


 南門前に集まった子どもや常連客が、一斉に声を上げる。


「リュシエル姉ちゃん、気をつけて!」「絶対帰ってきてよ!」


 燃え落ちた工房の記憶はまだ生々しい。涙を拭いながら見送る子らに、リュシエルは笑って手を振った。


「泣くんじゃないよまったく。あたしの代わりに、店の跡地は頼んだよ。新しい店が建つまでの間、火の気には気をつけな!」


 門番が通行証を改め、馬車を通す。

 御者が手綱を鳴らすと、馬は静かに歩き出した。


 街を抜ければ、あとは南街道。昼には暑さが強まるだろう。

 カリムが馬上から低く告げた。


「第一宿営地まで、騎士団が路を押さえている。だが谷間は注意しろ」


「分かってるさ」リュシエルは荷台から空を仰いだ。

「道中はギルドの依頼で稼ぎながら行くよ。材料も心許ないしね」


 ルーサーは短く頷く。「君がいるなら心強い」


「おや、言うじゃないか。……でも油断は禁物だよ」


 その時、林の鳥が一斉に飛び立った。

 リュシエルの瞳が細くなる。


「……何も無きゃ、良いけどね」


 馬車の車輪はなおも南へ進む。

 その先に待つのが、歓迎か、それとも罠か——まだ誰にも分からなかった。


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