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外伝『エルネスト戦記』・【刻まれた遺言】


 帝都が解放されてから幾年かして。

 赤い星と歯車の紋が新国家の旗となり、評議会制度のもとで人々は少しずつ「自由に慣れる」ことを覚え始めた。


 獣人は狩場を取り戻し、ドワーフは炉を鳴らし、エルフは森と繋がりを回復した。

 人族もまた、「支配者」から「同胞」へと変わるために、多くの痛みと向き合っていた。


その中心に、やはり一人の巨影があった。

虎獣人――エルネスト。


◆ 名誉大臣エルネスト


 彼は王冠を拒み、貴族制度を完全に解体した。

 各獣人部族と人族有識者に党を編成させ、評議会採択制度を基盤とした国家運営とし、自身は政治的関与と権力を最小限度にしようとした。


しかし革命同志の強い推薦もあり、代わりに暫定的な統治者として、「名誉大臣」という肩書きを受け入れた。

軍事、医療、教育、三つの分野で特に彼の知恵が求められた。


 軍事では、マギスーツの運用とマギズアームの配備を体系化し、各亜人の特性に応じた部隊編成を指導。

 医療では、ポーションに頼らない外科処置・衛生の概念を導入し、街に初めて「医療院」が設立された。

 教育では、奴隷時代に子供たちに読み書きを教えた経験をもとに、基礎教育を義務とする制度を評議会に提案した。


 ティリスは工業大臣として武具のみならず工業製品の生産を統括し、セレスティアは自然省を設立し、精霊と森の循環を国家に取り込んだ。


 二人は時に夫としてのエルネストを叱責し、時に同志として肩を並べた。



 余談になるが、エルネストは農産省の大臣は兼務しなかったが、タバコと茶の生産についてのみ干渉し、強力に推し進めた。


 収穫の際は自身も刈り取り作業に参加した。


 完成した煙草は太く巻かれ、『葉巻』と呼ばれた。


 エルネストは「ようやくこいつにありつける」と大層歓喜したが、妻達はその趣味に眉を顰め、食事中と家の中での喫煙を禁じたという。


 現在もエルネストリオンで葉巻は主要な輸出品の一つである。ブランド名は【革命の虎】


 終始、『国名は任せる』と言った後に、自身の名を冠せられる【エルネストリオン】と成った事をこそばゆく思っていたという。


◆ 流浪の英雄


 内政が安定した数年の後に大臣を辞したエルネストは一所に留まらなかった。

 彼の足跡は国境を越え、時に砂漠のオアシスを掘り当て、時に雪原で氷に閉ざされた村を救い、時に海を越えて港町の疫病を鎮めた。


 行く先々で彼は人々を救い、時に恋をした。

 砂の国では踊り子と、北の荒野では狩人の娘と、東方の天久国では忍びの女と。

 いずれも刹那の邂逅だったが、虎獣人との間に残された血は、それぞれの地で今も静かに息づいている。


「エルネストは妻に怒られなかったのか?」と後世に問われる。

答えは常に同じだった。


「怒ったさ。だが、見放しはしなかった」


ティリスもセレスティアも、彼の本質が「放っておけないこと」にあると知っていたのだ。



◆ 地下都市の夢


 晩年の彼は評議会で突如、不可解な提案をした。


「地下に都市を築くのだ。地上に平和が訪れても、必ず“悪魔の炎”はやって来る。空を裂き、大地を灰に変える武器が現れる。俺はそれを恐れている」


誰も理解できなかった。

だが彼は譲らなかった。


「数代かけてもいい。築くんだ。地下に民を逃がす道を作れ。それがいつか、この国を守る最後の砦になる」


 この「地下都市建設計画」は当時笑い飛ばされたが、後にエルネストリオン地下都市へと受け継がれる。

 そして今代の誰もが口を揃える。

「虎は未来を見ていた」と。


◆ 最期


エルネストは戦場ではなく、書物と道具に囲まれた机の上で息を引き取った。

 机にはティリスが鍛えた短剣と、セレスティアが編んだ精霊の護符が置かれていた。


 享年は定かでない。虎獣人の寿命を超えたとも、人の血を引いていたから長命だったとも言われる。


 葬儀の日、自由の広場には人族も亜人も肩を並べ、誰もが涙を拭わずに立ち尽くした。


 その中央に建てられた銅像は、赤い星に歯車のバッジを付けたベレー帽姿の、右手に葉巻、左腕に赤子を抱えた虎獣人。

 笑みを浮かべ、未来を見据える「檻を壊した虎」の姿だった。


碑文には、彼の言葉が刻まれた。


「自由とは、愛するものを守るためにある」


◆ 遺産


 彼の死後も、エルネストの名は伝説となった。

 地下都市の基盤は掘り進められ、教育と医療の制度は脈々と続き、マギスーツはさらなる改良を重ねた。

 各地に残された虎の血は、物語となり、英雄譚となり、時に民謡の歌詞にさえ紛れ込んでいく。


 彼が望んだ「革命の全て」は、まだ道半ばだった。

 だが誰もが知っていた。


 あの夜、檻の中で牙を研いだ虎は、今もこの世界を見ている。


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