偽造ステッカー騒動
街の大通りで、黒煙が上がった。
「ぎゃあああ! 火が、火がこっちに!」
「ステッカーが暴発したぞ!」
逃げ惑う人々と、転げ回る負傷者たち。
――やがて、衛兵たちが《街のステッカー屋さん》に踏み込んできた。
「リュシエル! お前のステッカーが原因だという訴えがある!」
カウンターの奥で煙草をふかしていたリュシエルは、ぷはぁ〜と紫煙を吐き出した。
「はぁ? あたしの作ったもんが暴走? 笑わせるんじゃないよ。あたしのは剥がれなきゃ分解しない、防水も完璧。暴発なんざ絶対にありえないのさね」
衛兵が差し出したのは、焼け焦げたステッカーの破片。
リュシエルは一瞥して鼻で笑った。
「ほら見な。これ、あたしが作ったやつじゃない。……特許用の“しょぼい版”だよ」
「しょぼい版……?」衛兵が目を瞬く。
リュシエルは棚の奥から一枚の羊皮紙を取り出した。
商業ギルドの認可印が押された、正式な特許証だ。
「ギルドに申請したとき、効果はわざとあたしの本物の十分の一に落としてある。真似されても、強力な効果なんざ出やしない。……それが読めないから馬鹿なのさ」
衛兵が慌てて文書を覗き込む。そこには小さく、異国の文字でこう記されていた。
『※攻撃系魔法を付与した場合、術者本人に効果が跳ね返る』
「な、なんだこれは……!エルフ語じゃないか!?」
リュシエルは椅子を軋ませ、紫煙を吹きかけた。
「ほら、ちゃんと書いてあるだろ? 他にも『安全に使うなら回復とか生活用の魔法に限る』って注釈がね。けど欲をかいて攻撃魔法を無理やり付与すりゃ、暴発して自分に返ってくる。……勝手に墓穴掘っただけさね」
衛兵たちは顔を見合わせ、頭を下げるしかなかった。
「……失礼した。我々の早合点だったようだ」
「わかりゃいいのさ。次はもうちょっと頭を使いな」
彼らが退散した後、リュシエルは新作の棚を軽く叩いた。
「まったく、人の真似で一儲けしようなんざ十年早いよ。あたしの名前を汚す奴は、勝手に罰を受けるよう仕込んであるんだ」
ぷはぁ〜と煙を吐き、にやりと笑う。
「……それが、あたし流の知恵さね」
〜〜〜〜〜
豪奢な執務室に、怒声が響いた。
「この愚か者がぁッ!」
机を叩き、癇癪を起こしたのは地方を治める小貴族――ラグナ侯爵。
床には震え上がる悪徳商人の姿があった。
「お前が言ったのだろう! “ステッカーは儲かる”と! だがどうだ、偽物は暴発し、被害者からの訴えで私まで疑われたではないか!」
「ひ、ひぃ……し、しかしリュシエルの特許には――」
「黙れ! 小さなエルフ文字など誰が読めるか! そんな言い訳、通じると思うな!」
貴族の従者が剣を抜き、商人を部屋の外へ引きずり出す。
悲鳴が響き、すぐに途絶えた。
「……使えぬ駒は捨てるまでだ」
侯爵は吐き捨てると、冷ややかに扉を見やった。
「呼べ。――ルーサー・グランディールを」
やがて、深いローブ姿の男が現れる。
王宮付き宮廷魔術師、ルーサーである。
「侯爵、呼びつけとは随分なご用ですね」
「ルーサーよ。あの女……リュシエルとかいう小娘を捕らえろ。王宮を侮辱し、我らを嘲る不届き者だ」
ルーサーの眉がわずかに動いた。
「……理由は?」
「理由だと? 奴が作ったステッカーのせいで事故が相次いでいる! それを王宮に仇なす反逆の証とすればよい!」
ルーサーはしばし沈黙し、静かに言葉を吐き出した。
「……くだらない」
「な、なんだと?」侯爵が顔を真っ赤にする。
「事故を起こしたのは偽物だ。彼女の本物ではない。エルフ語の注釈すら読めぬお前らが盗み見て自滅しただけだろう」
「貴様ぁっ!」
ルーサーの声が鋭く響く。
「彼女を断罪しろだと? 笑止千万。……裁かれるべきは、欲に駆られて盗みを働いた貴様らだ」
侯爵は怒りに震えたが、その瞳に宿るルーサーの威圧に言葉を失った。
「私は王宮魔術師。――魔術と誇り、そしてこの国を守るのが務めだ。我が同期リュシエルを陥れるお前たちのために杖を貸す気は毛頭ない」
ルーサーはローブを翻し、背を向ける。
「……彼女は、あの頃と変わらず己の道を歩いているだけだ。愚か者がそれを邪魔するなら、私が断罪するまでだ」
重々しい扉が閉じられ、執務室には侯爵の怒声だけが響き渡った。




