ステッカーの製作と偽造品
工房の奥では、鍋がぐつぐつと音を立てていた。
リュシエルは片手に煙草、もう片方で木べらをくるくる回す。
「よしよし、スライム膜はいい具合に溶けてきたねぇ。これを薄く伸ばして乾かせば、立派な下地さね」
棚には透明に乾いた薄膜が何枚も並んでいる。
見た目はただの紙切れだが、水にも強く、魔力を通しやすい優れものだ。
「異世界デンプン紙を重ねてっと……。庶民の台所でも手に入るもんだよ。魔法ってのは、高級素材じゃなくて工夫で決まるのさ」
リュシエルは瓶からポーションの残りかすを垂らし、粘着質の糊を練る。
「飲み残しでも捨てちゃいけない。こうやって魔力伝導のいい糊になるんだからねぇ」
彼女は布に広げた下地に糊を塗り、乾いた膜を貼り合わせる。
薬草で煮出したインクを筆にとり、可愛らしいウサギの絵柄を描き込む。
ここまでは単純作業だ。――誰でも真似できる。
しかし、最後の仕上げ。
小さなステッカーに魔法を付与するとなれば話は別だった。
「まったく、魔導書みたいにデカい媒体なら楽勝さね。でも、こんな掌サイズに魔法を刻むなんざ、普通の魔術師にゃ何十年経っても無理だよ」
リュシエルは煙草を口にくわえ、指先をひらりと動かす。
本来なら数十行に及ぶ詠唱を、彼女は小気味よいリズムで短縮し、矢継ぎ早に唱え込んでいく。
火、水、風、土――精霊の名を繋ぎ合わせる早口言葉。
工房の空気が震え、絵柄のウサギがふっと瞬きをしたように見えた。
淡い光が広がり、ステッカーは完成した。
「ほいっと……これでよし。小さいから難しいって? あたしにかかりゃ、世界一流さね」
リュシエルは一服し、紫煙をゆらりと吐き出す。
そのとき、扉の鈴がカランと鳴った。
「おい、あんた!」粗野な男が入ってきた。
「このステッカー、一回使ったら消えちまっただろ!どうなってんだよ!?ぼったくりじゃねぇか!」
リュシエルはぴしゃりと机を叩いた。
「はぁ? どこの誰がそんなデタラメ言ったんだい! あたしのステッカーは剥がれたり破けたりしない限り、何度でも使えるのさね。雨にも汗にも負けない、防水も完璧!」
男はしどろもどろになる。
「で、でも……肌や服に貼れるって噂も……」
「馬鹿言うんじゃないよ! 肌や布地には定着しない。武器や道具に貼るのが筋ってもんさ!」
男はたじたじになり、慌てて頭を下げた。
「わ、わかった! 悪かったよ!」
リュシエルは鼻を鳴らし、棚に完成したばかりのウサギのステッカーを並べた。
「まったく、変な噂を信じるからだよ。――あたしの作ったもんが暴走? 笑わせるんじゃないよ」
紫煙をくゆらせながら、彼女は満足げに次のステッカーの下地に手を伸ばした。
男が残していった質の悪いステッカーを見てリュシエルが顔を顰めた。
「そろそろ出回ると思ってたよ、偽物がねぇ」




