昔の同期
夕暮れの石畳。
《街のステッカー屋さん》の店先で、リュシエルは椅子に腰掛け、煙草をふかしていた。
紫煙がくゆり、店の木枠の看板を霞ませる。
「ふぅ……やっぱりこの一服が一番のごちそうさね」
そこへ、立派なローブをまとった男が歩み寄る。
短く整えた黒髪、鋭い眼光。――ルーサー・グランディール。魔法学校時代の同期にして、今は王宮の宮廷魔術師だ。
「やれやれ……まだこんな場末で煙草をくゆらせているのか、リュシエル」
リュシエルは視線を上げ、煙を吐き出す。
「おや、ルーサー・グランディールじゃないかい。今日もご苦労さね」
ルーサーは眉をひそめる。
「君ほどの才覚が、よく分からん紙切れを売るとは……相変わらず理解できないな。王宮は君を必要としているんだ」
「またその話かい」
リュシエルは煙管を灰皿に叩きつけ、肩をすくめる。
「気に食わない上役に頭下げるくらいなら、あたしゃポーチにウサギ貼ってるガキと遊んでる方がマシさね」
そこへ、店の扉が開く。
「おばちゃーん! 今日も新しいステッカーある?」
常連の子供が元気よく駆け込んでくる。
リュシエルは即座に笑顔に変わり、棚を指差す。
「誰がおばちゃんだい!?!お姉さんと呼びなガキんちょ!!それと、今日は新作の花柄が入ってるよ」
ルーサーはその様子に呆れ顔を浮かべ、ため息をついた。
「……君は力を無駄にしている」
「無駄かどうか決めるのは、あたしさね」
リュシエルは新しい煙草に火をつけ、ぷはぁ〜と煙を吐きかけた。
ルーサーは少し咳き込みながらも、真剣な瞳で言い残す。
「君は必ず王宮に必要とされる存在だ。……そのときまで、私は諦めない」
「勝手にほざきな。あたしゃ気に食わない相手には魔法の技もステッカーも売らないんだ」
リュシエルは肩をすくめ、煙をくゆらせながら、子供にステッカーを手渡した。
客が帰ると煙草を灰皿に押しつけ、ふっと遠い目をする。
「ほんと、昔っから諦めの悪い男だよ……」
〜〜〜〜〜
教室に響く、長々とした詠唱の声。
「……かくして天地の秩序は循環し、火は熱を、風は理を、水は流転を、土は大地を――」
黒板の前で、ルーサー・グランディールが完璧な型を唱え上げる。
魔法陣が幾重にも輝き、教科書通りの術式が展開された。
「見よ、これが正統なる古典詠唱の型だ」
ルーサーが胸を張ると、教室の生徒たちは「おぉ……」と感嘆の声をあげる。
だが教壇の端で腕を組んでいたリュシエルは、口の端を吊り上げた。
「はぁ〜、また始まったね。そんなカチコチの長ゼリフ、実戦じゃ口半分も言えないうちに頭かち割られて終わりさね」
ざわ……と教室が揺れる。
ルーサーの顔がカッと赤くなった。
「馬鹿を言うな! 伝統詠唱こそが安全で確実な術式だ! 魔術は崇高な学問なんだぞ!」
「はいはい、立派なこと言ってる間に魔物に食われないといいけどねぇ」
「リュシエル!」教師が机を叩いた。
「また君は……! 少しはルーサーを見習いなさい!」
「やだよ、あたしゃ手っ取り早い方が好きなのさ」
リュシエルは肩をすくめ、生徒たちの笑いをさらった。
――
数日後、訓練場。
実技試験の日。
幻影の魔獣が召喚され、吠え猛る。
試験官が声を張り上げた。
「次、ルーサー・グランディール!」
ルーサーが自信たっぷりに詠唱を始める。
「……天地の秩序により、火は熱を、風は理を……」
長い詠唱の末、厳格な魔法陣が展開し、幻影は鎖のような光に縛り上げられる。
「見事だ、ルーサー!」
試験官が頷き、生徒たちは拍手を送った。
「次、リュシエル!」
「はいはい、あたしの番だね」
リュシエルは杖を軽く振り、短い呟きとともに即席の魔法陣を走らせた。
「ほいっと!」
瞬間、幻影の魔獣は閃光に呑まれ、一撃で霧散した。
「な、なんだ今のは……!?」
「早すぎる!」
訓練場はどよめきに包まれる。
リュシエルは腰に手を当ててにやり。
「ほらね? 長ゼリフなんざ要らないのさ」
ルーサーは唇を噛みしめ、拳を震わせていた。
だがその瞳には、嫉妬と同じくらいの尊敬が宿っていた。
〜〜〜〜〜
紫煙がくゆり、リュシエルはゆっくりと目を開けた。
「……ほんと、あの頃から変わらないねぇ、ルーサーは」
口調は変わらない。だが声の奥に、懐かしさが滲んでいた。
「堅物で、融通きかなくて……でも諦めだけは悪い。ま、そこがアイツの取り柄さね」
煙草を灰皿に押しつけると、カランと扉の鈴が鳴った。
「いらっしゃい! 今日はどんなステッカーを探してるんだい?」
日常の声が、店内に明るく響いた。




