外伝『エルネスト戦記』・【魔導鎧】
夜明け前、瓦礫と煙に覆われた隠れ家の地下工房。
錆びた道具と、奪い取った鉄片や鎧の残骸が積み上げられている。
その中心で、ティリスは額に汗を滲ませていた。
炉の残り火に光る瞳は、ただ一心に「理想の形」を追っている。
「これが魂殻。理論的には正しいはずなのに。でも……安定しないわ」
鉄の鎖と骨のような枠組みに埋め込まれた結晶核が、脈動するたびに紫電を散らす。
触れた鉄板が焼け、あっという間に黒煙を上げた。
「持続しないんだ。命を吹き込めない」
ティリスの声は震えていた。
エルネストは黙って見つめていた。
巨躯の虎獣人。その腕には、無数の戦いの傷跡。
彼は小さく息を吐き、鎧の胸部を叩いた。
「これは、ただの鉄の塊じゃない。皆の命を守る“盾”だ。
何か足りないなら、今から探せばいい」
仲間たちは息を呑む。
獣人の戦士、逃げ延びたドワーフ職人、人族の反逆者。
皆が知っていた。この一歩がなければ、帝国の鎖は断ち切れない、と。
だが、その時。
「……待ちなさい」
静かな声が工房を裂いた。
入口に立っていたのは、一人のエルフの娘。
緑の外套に包まれた体は細く、だが瞳は森の泉のように深かった。
「自然の理を忘れた鎧は、必ず自壊するわ」
ティリスが目を見開く。「あんた、誰?」
「私はセレスティア。森から逃げてきた精霊術師よ。……聞いていたの。あなたたちの“切り札”の話を」
彼女は静かに魂殻へ歩み寄り、内部にある結晶核に働き掛けるように手をかざした。
青白い光が指先から揺れ、暴走しかけていた脈動が、一瞬だけ落ち着いた。
セレスティアは苦しげに息を荒らげる。
「自然の循環を組み込むの。力は流れ、戻り、また流れる。
そうすれば、この殻は“生命を得る”はず」
工房に沈黙が落ちた。
やがて、ティリスは震える声で問う。
「……できるの?」
「できるわ。私の寿命と引き換えになるかもしれないけれど・・・」
次の瞬間、セレスティアの身体がぐらりと揺れた。
力を吸い取られるように膝が折れ、床へ崩れ落ちかける。
「セレスティア!」
エルネストは咄嗟に駆け寄り、その細い体を抱きとめた。
大きな腕の中で、彼女の体は驚くほど軽かった。
「……大丈夫。精霊は……応えてくれた」
「命を削るな。お前の犠牲で成り立つ鎧に、意味は無い」
その低い声に、ティリスが涙混じりに叫ぶ。
「そうだよ! 一人で抱え込むなってば!」
セレスティアは小さく笑い、震える体を支えられながらも、再び魂殻へ手を伸ばした。
翠の光が流れ込み、紫電は消え、代わりに脈打つ心臓のような鼓動が響く。
ゴウン――ゴウン――。
「……安定してる」
ティリスが呟いた。震える手を胸に当てながら。
魂殻がふわりと浮遊し中心に据えられ、鎧の部品が次々と組み合わされていく。奪い取った鉄片、寄せ集めの板金。
だが、その中心には確かに“生きた核”が息づいていた。
やがて、巨躯に合わせて組み上げられた装甲が完成する。
「エルネスト、着てみなよ」
ティリスに促され、エルネストがゆっくりとその中へ身を沈めた。
カチリ、と最後の留め金が鳴る。
次の瞬間――
工房の空気が揺れた。
赤銅の巨体が光を発して立ち上がり、蒸気を吐き出す。
「立った……!」
「鎧が、光を纏って動いている……!」
誰かが叫び、誰かが涙を流す。
その姿は、もはやただの寄せ集めの鎧ではなかった。
ティリスが小さく震える声で言った。
「・・・これはもう、ただの鎧じゃない。この世界で最初の【魔導鎧】だよ」
工房に歓声が響く。
だが、エルネストは静かに右拳を握り、言葉を刻んだ。
「これは単なる鎧でも盾でもない。これは“未来”のための鎧だ。
俺たちは、愛するものを守るために闘う」
その瞬間、地下の工房にいた誰もが悟った。
革命の炎は、今ここで確かに燃え上がったのだと。




