外伝『エルネスト戦記』・【脱獄】
湿った石牢。鉄格子の隙間から冷たい風が吹き込み、松明の光は心許なかった。
エルネストとティリスは鎖で繋がれ、壁際に座らされていた。
傷だらけのティリスが弱々しく笑う。
「……ここで終わり、かな」
エルネストは頭を振った。
「終わりじゃない。ここが始まりだ」
その眼は檻の向こうを見ていた。
夜半。牢の奥から「ペタ、ペタ」と石床が鳴る音が近づいてきた。
隣の独房に入れられていたのは、骸骨のように痩せ細った老ドワーフ。
その手には、小さな鉄の針が握られていた。
「お前が……エルネストか」
「そうだが?」
「ティリスを救ったと聞いた。亜人の奴隷を率いている青年というのは、お前だな」
ティリスが目を見開いた。
「叔父さん……!」
老ドワーフはかすかに笑い、鉄の針をエルネストに渡した。
「これは牢で隠し持っていた“最後の道具”だ。お前の瞳を見た。檻に納まる目じゃないだろ?」
エルネストは手際よく鎖の錠を探った。
「……あと少し」
カチリ、と乾いた音がして、鉄が外れる。
「儂はもう走れん。お前達だけでも逃げろ。」
「叔父さん・・・」
ティリスは涙ぐむ。
ニカッと笑った老ドワーフはエルネストに向き合う。
「ティリスを頼んだぞ」
エルネストは頷いた。
「恩に着る。必ず迎えに来る」
エルネストはティリスの肩を抱え上げ、囁いた。
「走れるか?」
「……大丈夫」
牢を出ると、夜警の兵士が立っていた。
松明を手にし、酒で赤らんだ顔で笑う。
「どこへ行く、奴隷風情が」
エルネストは迷わなかった。
鉄格子の鎖を振り抜き、兵士の喉を叩きつける。
呻き声が闇に消えた。
「行くぞ、ティリス!」
二人は収容区の壁を駆け抜ける。
遠くで犬が吠え、角笛が鳴り響いた。
それでも、彼らの足取りは止まらない。
追っ手の影が伸びたとき、ティリスが息を切らしながら叫んだ。
「こっち! 地下の排水溝に抜け道がある!」
錆びた鉄格子を蹴破ると、冷たい水が二人の脚を濡らした。
だが、その先に見えたのは、狭いが自由へと続く道だった。
ティリスは自身を鼓舞した。
「こんな時に!泣いてる場合じゃない!」
地上に出たとき、月光が二人を照らした。
自由の空気は冷たいが、胸に燃える炎はもっと熱かった。
エルネストは夜空を見上げ、低く呟いた。
「異世界の月も、同じように輝いているな」
「えっ?何?」
「何でもない」
この夜、二人の脱獄は小さな出来事に過ぎなかった。
だが、それは後に帝国を揺るがす反逆の序曲となるのだった。




