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王宮舞踏会・後編


大広間の喧騒が落ち着いたころ、各国の使節たちが次々にリュシエルへ声をかけてきた。

ドレス姿の彼女は、工房の煤と紫煙を纏った職人の顔からは遠い存在に見えたが、その瞳の芯はいつもと変わらず鋭かった。



最初に近づいたのは、森の国ファーフォールンの使節団。

先頭に立つ長身の男を見て、リュシエルは思わず口笛を吹いた。


「兄さんじゃないか。森の賢者ホロウム様が、こんな人混みに顔出すなんて珍しいね」


ホロウムは穏やかに微笑み、妹の手を取った。

「リュシエル、よくやっているな。森の長老たちも、お前のことを誇りに思っている。ただ……期待と同じくらい、懸念も抱いている。エルフが人の国で、これほど目立つのは決して軽いことではない。何かあれば、いつでも帰ってきなさい」


「帰れって言うけどね、森は肉が少ないし、火を焚くとすぐ文句言われるし、煙草の匂いで延々と小言だろ。そりゃあたしが帰りたがらない理由、分かるだろ?」


リュシエルの毒舌に、ホロウムは肩を震わせて笑った。

「お前は昔からそうだな……でも、それでいい。お前はお前の道を行け」



次に現れたのは、西のカナリア聖国の外交官。

白い法衣を身にまとった青年は、聖印を下げながらも瞳の奥に鋭い光を宿していた。


「リュシエル殿。あなたのマジックステッカーが、どれほど聖国の市井を助けているかご存じですか? 信徒たちは感謝してやみません」


リュシエルはワインの杯を揺らし、半眼で返した。

「ありがたい話だね。でもあたしは聖国のために作ってるわけじゃない。欲しけりゃ勝手に使いな。けど――商売の邪魔だけはご法度だよ」


青年は一瞬口を閉ざし、そして深く頭を垂れた。

(やはり、この女性を軽んじる者は排さねばならない……強引に連れ去ろうとする輩が出ぬよう、先に手を打つ必要があるな)

心中でそう呟きながら。



南の砂漠の国グルバザーンからの使節は、厚手の布で全身を覆った初老の男だった。

深い皺の奥の眼差しには切実さがあった。


「リュシエル殿……これまで我らは、あなたの札を呪符の亜種と誤解し、偏見を拭えなかった。だが、ひんやりステッカーは昼の灼熱から兵を救い、ほかほかステッカーは凍える夜から命を繋いだ。ある隊では兵士が咽び泣いたとすら聞いた……どうか、供給を止めないでほしい」


リュシエルは少し目を丸くし、紫煙の代わりにため息を吐いた。

「……あんたら、本当に変わり身が早いね。まあ、喜んでくれるなら嫌じゃないけどさ」



北の軍事国家エルネストリオンからは、黒と赤の軍装を纏った外交特使が現れた。

虎の縞模様を帯びた尾が揺れ、尖った耳が燭光に煌めく。――ハーフタイガーエルフの女だ。


「ステッカー屋のリュシエル殿。エルネストリオンは、あなたを歓迎する。必要とあらば、いつでも招聘する準備がある。我らが英雄エルネストが掲げた“愛ある革命”を思えば、あなたの事業もまた、その精神に連なると確信している」


「……クドいねぇ、相変わらず」

リュシエルは苦笑し、杯を傾けた。

「でもまあ、話くらいは聞いてやるさ」


最後に声をかけたのは、東の天久国の使節。

浅葱色の羽織を纏った細身の男で、忍びの身のこなしが見え隠れしていた。


「こちらには“式札”というものがある。あなたの品と似ているが、用途も思想も違う。……もっとも、陰陽寮の老人たちに捕まれば話が長い。現地に来ても深入りせぬが吉だ」


そう言って差し出したのは、温泉や霊山、観光地を描いた色鮮やかな絵巻。


「旅の土産話にでも。……私は忍び上がりでしてね、陰陽師に叱られてばかりだったんですよ」


リュシエルはくすりと笑い、巻物を受け取った。

「観光のパンフまで渡す外交官ってのは初めて見たよ」


舞踏会が終わる頃、王宮は煌びやかな余韻に包まれていた。

リュシエルには特別に、貴賓用の客間が用意された。

厚い絨毯、絹の天蓋、窓には夜景を映す水晶灯。


「……あたしには場違いだね」


ベッドに腰を下ろし、煙草を求めてふと手を止める。

ここでは紫煙もご法度だと自覚していた。


その時、窓の外で影が揺れた。

月光を遮る、黒い影――。


王宮舞踏会の夜は、まだ終わっていなかった。

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