初夏の新作・かろやかステッカー
春の花が散り、王都に初夏の陽気が忍び込む頃。
石畳の道は照り返しで白く、荷車を引く馬も人も汗を垂らしていた。
リュシエルの工房の前。
その日掲げられた木札に、誰もが二度見した。
《新作・かろやかステッカー》
樽に羽根の紋をあしらったデザイン──貼った対象物の重量を四分の一に軽減する。ただし剥がせば元の重量に戻る。
「……冗談だろ」
最初に声を上げたのは、毎日市場へ魚を運ぶ商人だった。
だが、リュシエルは煙を吐き、涼しい顔で顎をしゃくる。
「貼ってみな。文句はその後で」
半信半疑で荷車の側板に《かろやかステッカー》を貼った瞬間、綱がふわりと軽くなる。
魚樽を満載した車体が、まるで羽根を生やしたように滑り出した。
「軽い! 本当に軽い!」
「4分の1、そこが限界さね。ゼロにしたら物の理が壊れちまう。……ま、楽するにはちょうどいいだろ」
煙草を吹かしながらリュシエルは言った。
見物人たちは一斉に押し寄せた。
人夫たちは酒樽を軽々と抱え、楽団の若者は大太鼓を片手で掲げて見せる。
「祭りの遠征も楽勝だ!」
「腰を壊さずに済む!」
リュシエルはカウンターを指でトントンと叩き、釘を刺した。
「いいか、軽くなったからって油断すんじゃないよ。剥がしたら“どーん”と元に戻るんだ。坂道で手を離したら下敷きだよ」
さらにもうひとつ。
「濡らして駄目にする阿呆が絶対いると思ったから、保護用の透明ステッカーも出した。合わせて買いな」
瞬く間に列の半分が「そっちも!」と叫んだ。
王都での需要は爆発的だった。
・騎士団補給係
重い矢束も盾も、馬一頭で楽に運べる。
「長距離行軍が半日縮まったぞ!」と隊長が喜び、兵たちは《かろやかステッカー》を腰袋に忍ばせた。
・屋台の親父
煮込み鍋を載せた屋台を軽々押し、広場を渡り歩く。
「屋台と食材が軽くなったって、腹は膨れて重くなる。これが商売繁盛に繋がらないなんて、有り得ないってもんだ!」
・孤児院
水汲みの桶に貼られ、子供でも大人並みに運べるようになった。
「いっぱい手伝える!」と笑顔で駆け回る子供たち。シエラモニカ院長は目を潤ませながら「……ありがたい」と小声で呟いた。
熱は王都を越えて伝わった。
◆ 砂漠の国・グルバザーン
砂竜の騎士たちは水袋にかろやかステッカーを貼った。
「四倍の水を運べる……これで夜の砂漠を楽に越えられるぞ」
副官は真顔で頷く。「砂は理屈を待ってくれませんからね」
◆ エルネストリオン・鉱山都市
鉱夫たちは鉱石の詰まった荷車に貼り、歌いながら坑道を進む。
「いやはや、腰が砕けずに済む!」
工房では技術士官が記録していた。
『運搬効率、従来比四倍。採掘工程に革命的影響あり』
◆ カナリア聖国・神殿
神官たちは救護院の薬箱に貼った。
「負傷者を担ぐ荷車も軽くなる。神の奇跡か?」
「いや、いつもの如く、あの《ステッカー屋》の知恵だ。だがどんな形であれ、神が我らに齎す救いである事に変わりはないだろう。」
◆ 天久国・峠の宿場町
行商人が笑った。
「峠越えの荷物が軽い! これで旅籠の米俵も楽に運べる!」
陰陽師たちは《かろやかステッカー》を眺め、「よもや、式札で荷を軽くするとは面妖な!」と驚愕しつつも利用を決めた。
◆ エルフの国・ファーフォールン
木工職人の若者が丸太に貼った。
「ほんとに軽くなった!これまで酷く難儀していた場所での作業でも、精霊に頼らず運び出せる」
長老は眉をひそめたが、若者は陽気に笑った。
その結果、各国の役所や行商組合から《街のステッカー屋さん》に手紙が山のように届いた。
「十枚では足りません! 二百枚を!」
「軍の補給局として正式契約を」
「宿場連合の名で、定期供給を求める!」
リュシエルは山積みの書簡を前に煙草を噛み、紫煙を天井へと吐いた。
「まったく……重いのを軽くするはずが、あたしの机ばっかり重くしてどうするんだい」
かろやかステッカーは初夏の陽気と共に世界を駆け抜けた。
荷車は軽やかに走り、鉱山は歌声に満ち、砂漠の夜を越える兵が笑った。
誰もが口にする。
「この《かろやかステッカー》があれば、遠くへ行ける。」
だが、そのステッカーが本当に運んでいたのは、人類の希望かもしれない。




