名言ステッカー偽造騒動
王都の広場に並ぶ屋台。
世界魔物シリーズや虫除け・消臭ステッカー等が巷を騒がせたが、流行の話題はすっかり変わっていた。
「二兎を追う者は一兎をも得ず」
「人間万事塞翁が馬」
「諸行無常」
リュシエルが刷り出した名言ステッカーは、裏に短い解説や逸話を載せ、誰でも手軽に“読む”楽しみを味わえる。
識字率の低い街にとって、それは子供にも大人にも新鮮な刺激だった。
ところが。
「おい見ろよ! “二兎追う者は二兎ゲットだぜ!”って書いてあるぞ!」
「はぁ!? 何そのバカみたいなやつ!」
「いや、俺は好きだぜ! 気合い入るだろ!」
路地の角で子供たちが腹を抱えて笑う。
広場の酒場では、酔った連中が木卓を叩いて議論を始める。
「“諸行無常”ってのは深いんだ。……で、こっちの偽物、“ショウユ無常”ってなんだよ!」
「ショウユ?が無くなって困るって話だろ。分かりやすいじゃねえか!ショウユが何なのか分からねえけど」
「分かりやす過ぎるだろ!いや、分からないのか??と、とにかく!ありがたみが消える!」
偽造ステッカーは、あっという間に広まった。
雑な印刷、誤字脱字、挿絵は妙に丸っこい。
だがそれはそれで受け入れられ、屋台では“本物か偽物か当てる賭け”が流行する始末。
リュシエルの工房に子供が駆け込む。
「姉ちゃん! 偽物出回ってるよ! 大丈夫なの!?」
紫煙を吐きながら、リュシエルは肩をすくめた。
「マジックステッカーじゃないんだ。遊びは遊びで好きにやりな。どうせ本物は売れてるんだから」
「でも……」
「でもじゃないよ。言葉ってのは川みたいなもんさね。堰き止めたら濁る。流してこそ、誰かの喉を潤すのさ」
そう言ってまた煙を吐いた。
他国の反応も賑やかだ。
◆ エルネストリオンの文官たち
「識字教育に偽物が混じるなど由々しき事態!」
「いやしかし、子供が文字を読むきっかけになるのならば……」
真面目な議論が延々と続く。
◆ 王国の学者
「偽物でも何でもよい。民が笑いながら文字を読むなら、それは前進だ」
◆ 砂漠の国の祭り
「“我慢は美徳”? いやいや、偽造版の“我慢は美味”だ! 飲み込んでこそ宴の勝ちだ!」
大笑いと共に偽造品が飛ぶように売れ、宴の定番に。
◆ 天久国の陰陽寮
偽造ステッカーをじっと見つめ、首をかしげる。
「……式札としては何の効力も無い。ただの駄洒落である」
「しかし……人心を和ませるなら、それもまた効能かもしれぬ」
酒場では、また新たな論争が巻き起こっていた。
「“立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花”――これが本物!」
「ちげぇ! 俺のは“立てば借金、座れば取り立て、歩く姿は逃げ足早し”だ! これが真理!」
「それ偽物だろうが!」
「でも笑えるから好きなんだよ!」
木卓は叩かれ、ジョッキは泡を飛ばし、街は笑い声に包まれる。
夜更け、店先のカウンターでリュシエルは一人つぶやいた。
「…文字は物事を雁字搦めにするためにあるんじゃない。思考や心を自由にするためにあるのさね」
棚に並んだ本物の名言ステッカー。
その隣には、客が置き忘れた偽物のステッカー。
どちらも同じように文字が連なる。
だがそこに込められた人々の笑いと学びは、確かに街を動かしていた。
紫煙が漂う工房の窓から、外にまだ響いていた。
偽物か本物かを叫び合う、楽しげな声。
それは、確かに王都の“春の音”だった。




