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静かな人気、名言ステッカー


王都の石畳に、今日も煙草の紫煙が揺れていた。

《街のステッカー屋さん》のカウンターに積まれた新作の束は、これまでの魔物や宝物とは違う。


木札にはこう記されている。


《新作:名言ステッカー》 全部コモン(魔力なし)、読み物付き。


人々は目を丸くした。

「魔物でも宝でもない?」「字が書いてあるだけじゃないか?」


リュシエルは煙を吐き、カウンターをコツンと叩いた。

「字が“ただの字”なら、この世に本なんざ要らないのさね。開けてごらん」



最初に封を裂いたのはティオだった。

表には大きく、墨字のように力強く


『諸行無常』


「な、なんだよこれ……読めるけど意味が……」


裏には解説が刻まれていた。


「すべては移ろう。栄華も悲しみも永遠ではない。だからこそ今を大事にしろ、という教えだ。」


ティオはぽかんとした後、目を丸くした。

「なんか……カッケェな!」


隣でスラムの子がもう一枚引っ張り出す。

『石の上にも三年』

「冷たい石も、座り続ければ温かくなる。根気が力になるんだとさ」


子供たちは「我慢って強いんだな」と顔を見合わせた。

笑いと同時に、不思議と背筋が伸びる。


八百屋の女将は、野菜籠の上で一枚を広げた。

『覆水盆に返らず』

「……一度こぼした水は戻らない。後悔しても仕方がない。ったく、うちの亭主に聞かせてやりたいね」


魚屋の兄ちゃんは笑いながら見せびらかす。

『風林火山』

「疾きこと風の如く、静かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し!」

「おい、それ仕事に使えんのかよ」

「魚捌くスピードには使える!」


周りは大笑いになった。


酒場帰りの兵士が酔いざましに手に取ったのは

『勇者は恐怖を知らぬのではない、恐怖に立ち向かうのだ』

一瞬だけ、場が静かになった。

兵士は札を懐に入れ、照れ隠しのように叫んだ。

「べ、別に感動したわけじゃねえからな!」


修道女は静かに一枚を手にした。

『慈悲は最大の勇気』

「……これは、祈りに似ているかしら」

頬に浮かぶ微笑みは、蝋燭の灯より柔らかかった。


夕暮れには、広場に自然と“名言交換会”ができていた。

子供も、大人も、兵士も、旅芸人も一つの円の中で札を持ち寄る。


「『二兎を追うものは一兎をも得ず』だ、どうだ!」

「俺の『一日一善』と交換しようぜ!」

「いやだ!俺だって二兎追いたい!」

「欲張りはお前だ!」


笑いが飛び交い、時折しんと静まる。


「『人はパンのみにて生くるにあらず』……なんだこれ」

「飯だけじゃ生きられない。夢とか、心が要るってことさ」

「……なんか、泣きそうだ」


数日後、工房に山のような注文書が届いた。

封蝋は赤い星と歯車。

エルネストリオンの紋章だ。


「一万? 二万枚? ふざけてんのかい」

リュシエルは灰を落とし、額を押さえた。

「識字率を上げる教材にするだと? 刷るのは楽じゃないよ。前金で置いてきな」


吐き捨てながらも、唇には笑みが浮かんでいた。

ステッカーの“言葉”が魔法とは別のブームを起こしつつあることを、彼女は理解していたからだ。



その夜、工房に一人残ったリュシエルは棚の隅に置いた一枚を手に取った。

『諸行無常』


「ほんと、移ろいばっかりだね。あたしがこの世界に生まれた事でさえ、ね」


煙とともに言葉を見つめ、彼女は一人で笑った。

そしてどこかの路地で、また声が響く。


「諸行無常!」

「石の上にも三年!」

「ぷるるっ!」


最後の一声でリュシエルは吹き出し、肩を揺らした。

名言も魔物も笑いも、全て人を突き動かす要素なのだ。


それが《街のステッカー屋さん》の、何より確かな仕事だった。


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