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春の訪れ、虫除け・消臭ステッカー!


冬が去り、石畳に日差しが戻る。雪解け水が細流となって路地を走り、子供たちの靴を濡らす。

市場には新鮮な野菜や魚が並び、露店には甘い果実が積まれていた。


だが、春は歓声だけを連れてきたわけではない。


「ぶんぶん……ぶうん!」

「うわ、またか! 蜂か蚊か、分かりゃしない!」


市場の軒先で果実酒を並べていた親父が、手を振り回している。魚屋の桶には蝿が群がり、肉屋の軒下からは早くも異臭が漂った。


「この匂いじゃ客が寄りつかねえ……」

「暖かくなるのはいいが、これじゃ仕事にならん!」


人々は嘆きながらも、慣れたように布を被せたり、香草を吊したりして凌ごうとした。


だが一人だけ、額に皺を寄せて煙草を噛み、露骨に不快を顔に出す者がいた。


リュシエルである。


「無理。……これは無理だねぇ」


彼女の声は、呆れよりも怒りに近かった。

前世の病弱な日々が刻んだ“衛生観念”は、彼女を異世界でも離さなかった。


蝿が製作途中のステッカーの粘着部に貼りついた瞬間、紫煙が揺れて工房の奥で「バン!」と音が響いた。


「ふざけんじゃないよ、こんなもん放っといたら商売上がったりじゃないか!」


翌日。工房のカウンターには新しいマジックステッカーが置かれた。


◆ 虫除けのステッカー(紋:虫に×)

貼った周囲に蚊や蝿、ゴキブリが寄りつかない。


最初に飛びついたのは、屋台の串焼き屋だった。


「ほら見ろ! 蝿が止まらねえ!」

「本当だ、煙に巻かれてるみてぇに逃げていく!」


肉屋も魚屋も、パン屋も乳母も、次々に店先に貼りつける。子供たちも遊び半分で軒先に貼り、母親は「あら不思議」と目を丸くした。


瞬く間に、路地は“静かな春”を取り戻した。



だが、まだリュシエルは満足しない。


「・・・臭う」


裏路地の厩舎、共同のトイレ。そこから立ち上る臭気に、彼女は額を押さえた。


王都の人々は鼻をつまんでやり過ごすのが常識だったが、リュシエルにとっては地獄だった。


「虫の次はこれか。・・・もう、我慢の限界だよ。」


数日後、工房に並んだ新作は二種類。


◆ 消臭のステッカー(紋:鼻に×)

周囲の臭気を打ち消す。魔素利用型と、使用者の魔力を消費する型の二種。



「試しに、あのトイレに貼ってみな」

「・・あれ、匂わねえ!」

「厩舎もだ、馬糞の臭いが・・消えた!」


歓声は悲鳴に近かった。


市場は笑いに包まれ、酒場では「リュシエルは神の化身か」と冗談が飛ぶ。

だが、本人は紫煙を吐いて冷めた声を返す。


「あたしは神様じゃない。病気になりたくないだけさね」


噂は街を超え、城門を越えて広がる。


行商人は「馬車の荷台に貼れば、干し肉も臭わぬ」と喜び、宿屋の主人は「井戸の周りに虫が寄らない」と手を打ち、孤児院では「臭わぬ桶」に子供たちが笑顔を見せた。


王宮にも報告が届く。


「街の不満が減ったと? 疫病の件数も減少? ・・・たったの紙切れ一枚で?」

「はい。今季は、冬よりも街が落ち着いております」


玉座の王は腕を組み、笑みを浮かべた。


「ならばよし。薪の次は、便所か。・・・恐ろしい女よ、リュシエル」


夜更け。


工房の窓辺で、彼女は煙草を細くくゆらせていた。

机の上には、試作品の束。


「虫、臭い……次は何だろうね。どうせまた、あたしが我慢できなくなるのさ」


窓の外、街の明かりが静かに揺れていた。

春の夜風は穏やかだったが、もう街の空気は一変していた。


小さなステッカーが、冬を越えた王都に“衛生”という新しい季節を連れてきたのだった。



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