交換トラブルの末に
王都の冬は、例年になく明るかった。
《そよ風ステッカー(温風)》と《ほかほかステッカー》が出回り、人々は寒さに凍えることなく夜を越せるようになった。
粥を売る屋台は列を伸ばし、子供たちの頬は赤らんで笑い声を上げる。余裕ができれば、心にも遊びが生まれる。
そして今、人々を熱狂させているのは《世界魔物シリーズ》。
魔力のこもらない、ただのコモンステッカーだが、描かれた魔物たちの声や弱点の小噺が、人々の心をくすぐった。
◆ 酒場にて
「見ろよ! 俺の“ヒュドラ”だ! “ギュオオオオ!!”って声が聞こえる気がするぜ!」
木卓の上に広げられたステッカーを囲んで、酔客たちがわぁっと沸いた。
向かいの大男は、どんとステッカーを叩きつける。
「なにがヒュドラだ、俺の“ミノタウロス”の方が強え! “モオオオッ!”って鳴き声だけで勇ましさが違う!」
「はっ! 頭が九つの怪物に、角一本でどうするってんだ!」
「何だと! もう一度言ってみろ!」
議論はすぐに口論へ、口論は殴り合いへ。
ステッカーをひと目見せびらかしたいだけだったはずが、椅子が倒れ、ジョッキが飛び、衛兵が駆けつける始末になった。
◆ 賭場にて
さらに厄介だったのは賭場だ。
冬に余裕の出た連中は、ステッカーをチップ代わりに卓上へ並べ始めた。
「“グール”三枚と“ゴブリン”一枚で勝負だ!」
「俺は“上級吸血鬼”だぞ。“今宵は生娘の生き血で乾杯しようぞ”だ! どうだ、震えたか!」
笑いながらステッカーを出す者たち。だが目の色は笑っていない。
やがて「すり替えただろう!」「偽物じゃないのか!」と叫び声が飛び、机がひっくり返る。
細工したカードや隠し持ったステッカーが飛び出し、場は一気に修羅場と化した。
「やめろ! 殺し合いになる前に出ていけ!」
賭場の親方の怒号もむなしく、外まで乱闘がはみ出す。
◆ 《街のステッカー屋さん》前
こうした騒動の中心には、決まって《世界魔物シリーズ》があった。
リュシエルの店にも衛兵の姿が見え始める。
「ステッカーの交換トラブル防止の為に、ここは巡回路に加える。子供たちの遊び場だ、巻き込まれたら大事になる」
槍を持った兵が言えば、リュシエルは煙草をくわえたまま肩をすくめる。
「勝手にすればいいさね。あたしゃステッカーを刷るだけ。大人が喧嘩したって、止める義理はないよ」
工房の奥では子供たちが今日も封を開け、笑い合っている。
「“ぷるるっ!”」「“ガチャ、ガブッ!”」
その声が路地裏に響くたび、兵士たちの顔から険しさが消え、どこか安心したように警邏を続けた。
〜〜〜〜〜
冬の王都に、新しい習慣が生まれた。
子供は路地で交換に夢中になり、大人は酒場や賭場でステッカーを掲げて口論する。
そして衛兵は、そのすべてを見守るようにリュシエルの店の前を通り過ぎていく。
「アタシの作ったステッカー欲しさに、街が笑って喧嘩して、忙しいもんだね」
リュシエルは紫煙を吐き、カウンターに肘をついた。
小さなステッカーは、ただの遊び道具。
けれどその熱狂は、冬を暖める火種にも似ていた。




