各国に広がるステッカーの輪
王都を賑わせた《世界魔物シリーズ》。
その熱は、交易路や旅人の鞄を通じて、遠い国々へと広がっていった。
◆ ファーフォールン(エルフの国)
森の集落の集会所。
若いエルフたちが机にステッカーを広げ、互いに見せ合っていた。
「見ろよ、ヒュドラ。“ギュオオオオオ!!”」
「やめろ! 声が聞こえた気がして鳥肌立った!」
長老は少し眉をひそめたが、やがて笑った。
「自然の理を紙に封じるのは軽率だと思っていたが……これはただの遊びだな」
だが一人の若者はステッカーを手にして真剣に言った。
「遊びであっても、魔物を学ぶ手がかりになる。無駄じゃないはずだ」
森の長老たちは渋い顔を崩さぬまま、それを黙認した。
エルフの国でも、子供から大人まで夢中になる声は止まらなかった。
◆ カナリア聖国
神殿の裏庭で、修道女たちがそっとステッカーを見せ合っている。
「ほら、この吸血鬼。“今宵は生娘の生き血で乾杯しようぞ”」
「やめてください、夜に読むと背筋が寒くなります・・・」
高位聖職者の中には「異端だ」と声を荒げる者もいる。
だが救護院の子供たちは嬉々として雑魚魔物のステッカーを集め、遊びに興じていた。
「見て! スライム。“ぷるるっ!”」
「可愛い……これなら神の奇跡を侵すこともないでしょう」
信仰を脅かすか、それとも民の心を救うか。
議論は続いても、ステッカーそのものは静かに受け入れられていった。
◆ グルバザーン王国(砂漠の国)
市場の一角で、隊商の男たちが交換を始めていた。
「ほら、俺はケルピー。“おいで・・・ずぶずぶ・・・”」
「気味が悪い! だが夜の井戸端で語れば、いい肴になるな」
呪術師は冷めた顔でステッカーを眺める。
「これはただの遊戯。しかし“魔物を呼び寄せる呪物”と信じ込む者も出るやもしれん」
一方、砂竜軍の若兵は密かに持ち歩き、夜営で仲間とステッカーを並べて笑いあった。
「行軍が辛くても、これがあると気がまぎれるんだ」
表では異端、裏では娯楽。
砂漠の夜は、ステッカーで遊ぶ声で賑やかになっていった。
◆ エルネストリオン(軍事国家)
軍の兵舎で、若い兵士が叫んだ。
「見ろよ! レイス。“ぉぉぉお……” 背筋が寒くなる!」
「夜番に持つな、余計に怖いわ!」
工兵の机には、ゴーレムやミノタウロスの札が貼られている。
「こいつらは勇ましい。士気が上がるんだ」
しかし老練の軍属は口を挟む。
「遊びにうつつを抜かすな。だが、それの裏に書かれている知識自体は有用だ。弱点の情報は覚えておけ」
((自分だってしっかり持ってるじゃないか))
ステッカーは娯楽であると同時に、兵士たちの非公式な教材にもなりつつあった。
◆ 天久国
峠の宿場町の酒場。
旅芸人が魔物ステッカーを取り出すと、若侍たちが身を乗り出した。
「ほら、バジリスク。“クワッ!!”」
「睨まれただけで動けなくなる、ってか! こりゃ笑えぬな!」
陰陽師の若者は魔物ステッカーを手にしながら呟く。
「式札と似ているが・・・これは信仰や呪術ではなく、ただの遊戯か」
老陰陽師は盃を置き、渋く頷いた。
武士たちは酔いに任せて声を上げる。
「俺はオーク。“メシよこせぇ!” これが一番好きだ!」
遊びはすでに、式札とは別の文化として受け入れられつつあった。
◆ 王都・街のステッカー屋さん
リュシエルの工房に、封蝋付きの手紙が山のように積まれていく。
森の葉で封じられたもの、砂竜の紋章が刻まれた革紐で丸められたもの、赤い星に歯車の紋章が刻まれたもの、神殿の印が押されたもの・・・。
「まったく。次の魔物はこれを入れろ、だの、もっと怖いのを描け、だの」
紫煙を吐きながら、リュシエルは一通を裂いた。
『天久国の子供たちは、妖怪の札を望んでおります』
次の封を開けば、
『砂漠の兵士たちは、砂漠の魔物が欲しいと』
さらに別の手紙には、
『聖国の子らが、天使のステッカーは作れないかと問うています』
リュシエルは苦笑した。
「ステッカー一枚で、世界じゅうから宿題を押し付けられるなんてね」
灰を落とし、机の端に新しい紙束を置いた。
「まあいいさ。次は、もっと面白くしてやろうじゃないの」
窓の外では、子供の声が響いていた。
「ぷるるっ!」「ガチャ、ガブッ!」「ギュオオオオオ!!」
世界魔物シリーズは、国境を越えて人々をつなげていた。
そして、次の一枚を待つ声は、止めどなく膨らみ続けていた。




