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熱狂!世界魔物シリーズ

新作の束を並べ終えると、店の前の空気が一段濃くなる。


木札の掲示には《世界魔物シリーズ・第二弾》ぜんぶコモン(魔力なし)、と書かれていた。



リュシエルは紫煙をくるりと吐いて、指でカウンターを二度、コツコツ鳴らした。

「さあ、開けな。運も腕のうちだよ」


封を裂く音が連鎖し、絵札が石畳の光を跳ね返す。

最初に歓声を上げたのはティオだった。


「見て見て! オレ、ヒュドラ当てたんだ!」

九つ首がうねる絵。裏には一言。


「ギュオオオオオ!!」


ケントが両手を頭に当てた。

「マジかよ……Lレジェンダリーじゃん! ずるい!」

ジャスティンは身を乗り出して、声をひそめるどころか張る。

「交換してくれって! 俺、ケルピー出たんだぞ。“おいで・・・ずぶずぶ・・・”だ!」


「ひぃっ、それ夜道で聞いたら泣くやつ!」

三人の笑いが路地にこぼれ、隣の子らも自分の束を広げた。


「オレ、スライム。“ぷるるっ!”」

「可愛いは正義! それは出しちゃダメ!」

「じゃあこっちは? ミミック。“ガチャ、ガブッ!”」

「うわぁ! 油断ならねぇ!」


石畳の上で封が切られ、声が重なり、また戻る。

誰かが言い出す前に、自然に“交換の場”ができあがっていた。


市場通りでも熱が上がる。

魚屋の兄ちゃんが仕事の手を止め、にやついた笑みで自慢する。


「ほら見なよ! 上級吸血鬼。“今宵は生娘の生き血で乾杯しようぞ”」

八百屋の女将は腰に手を当てて肩をすくめた。

「縁起でもないねぇ。でも、絵は良いじゃないさ」


女将の店先には、バジリスクのステッカーが籠の縁にそっと吊られている。

――「クワッ!!」

「睨まれた野菜はシャキッとする、ってね。冗談だよ冗談」


行商の番頭は布袋を抱え込んだまま、周囲の視線を気にしている。

「ジャイアント・ラット出た。“チュチュチュ!” 倉庫の柱に貼ったら、丁稚が近寄らなくなるな」

「やめときな。貼ってから剥がすとボロボロになるよ。いいのかい?」とリュシエル。

「そ、それもそうだ・・・見る用にしとくか」



日が傾くころ、鎧の擦れる音が近づいた。

夜警の兵が、買ったばかりの束を不器用にめくる。


「俺はスケルトンだ。“カタ…カタカタ…” やめてくれ、夜に聞きたくねぇ」

「おれ、グール。“アァァァ……肉……”」

「余計に嫌だ!」と一斉に距離が開く。笑いながら、また近づく。


修道女もいる。袖口からのぞく札は、レイス。

女は恥ずかしそうに笑った。

「祈りの部屋の戸棚に、いえ、飾るだけですけど」


「ぉぉぉお」ステッカーは静かな幽鬼の絵。

リュシエルは目だけで微笑んだ。


冒険者の酒場では、ステッカーが談笑の肴になっていた。

ベテランが木卓を指で叩き、若いのに見せる。


「ホブゴブリン。“働けぇ!” ・・・妙に現実的で腹が立つねぇ」

向かいの大男は鼻を鳴らす。

「ミノタウロス。“モオオオッ!” うるせぇけど、勇ましくて好きだ」

脇からひょいと差し込まれる別の札。

「ゴーレム。“・・・ドスン” 重い。字面から重い」


角の席では、書記官らしき男が一人、ステッカーを手帖にペタリとやりかけて手を引っ込めた。

「う、貼ったら剥がせない。危ないところだった」

リュシエルの貼り紙が目に入る“貼るなら覚悟して”。

彼は咳払いし、代わりに帳面に小さく書く。

〈弱点:バジリスク=視線、ケルピー=水辺誘引、吸血鬼=日光/聖水/銀〉

(セリフはただの遊び。それでも、知識は本物だ。何れは役に立つやもしれん。)




店の奥では、リュシエルが刷り上がりを検めていた。

絵柄の脇に、小さな刻印。盗難防止の符。

「盗るなら、手の中で粉におなり、と」


ティオが顔を出す。

「リュシエル姉ちゃん! “ゴブリン”余ってる?」

「そこ。箱の右。――“ギギッ! 盗るぞ盗るぞ!”のやつ」

「それそれ! ありがと!」

「失くすんじゃないよ」と、紫煙の向こうから声が飛ぶ。


リュシエルが工房の作業台の上で、まだ袋に入れていないステッカーには、オーク。“メシよこせぇ!”、ワイルドボア“ブオオッ!”、キラーホーネット“ブブブブブ!”。


雑魚は賑やかで、買った人々を笑顔に変えた。

隣には、ちょっと背筋の伸びる札も顔を出す。

ワイバーン“ギャアアッ!”。

リッチ「知識こそが永遠だ」。

フェニックス「炎は死を越える!」。

ベヒーモス「ドオオオオン!」。


客は職業も年齢も関係なく、好きな“声”に吸い寄せられていく。


木工の親父はトレントを手に取り、「……ねむい……」と一緒にあくびをした。

鍛冶屋の姐御は、ゴーレムを笑顔で帳面に貼る。

旅芸人はスライムを帽子のリボンに挟んで去っていく(貼らずに!)。


日暮れ、広場では自然発生した“交換会”が最高潮。

腰にエプロンの女将、夜勤明けの兵、孤児院の子、書記官、旅の踊り子。

円の中でステッカーが右へ左へと渡り、歓声と落胆が波を打つ。


「スライム“ぷるるっ!”二枚と、ジャイアント・ラット“チュチュチュ!”で、ケルピー頼む!」

「やだ! “おいで・・・ずぶずぶ・・・”は人気なの!」

「お前たち、渋いな!じゃあオーク“メシよこせぇ!”も付ける!」

「交渉が雑!」

「雑はオークの持ち味だろ!」


「ホブゴブリン“働けぇ!”と、バジリスク“クワッ!!”の抱き合わせは?」

「やめて! 睨まれたくない!」


笑いと叫びの隙間で、ときどき静かな声が挟まる。

「真祖吸血鬼、見せてもらっても?」

「見るだけな。触るなよ。“我は夜の王。太陽すら届かぬ。聖水は我が皮膚を焼くが……それも愉悦よ”」

周囲の温度が一瞬下がり、また弾ける。

「やっぱりコワ!でも欲しい!」


ステッカーはどれも、ただの紙切れ。

けれど、その表に描かれたもの、裏に書かれた一言が持ち主の顔つきや歩き方を変えていく。

子供は勇者みたいに胸を張り、大人は子供みたいに跳ねた。


混雑が一段落したころ、リュシエルはカウンターにもたれた。


「結局、好奇心が人を強くすんのさね」

独りごちて笑い、灰を落とす。


紫煙の向こうで、ティオが“スライム”を大事そうに胸ポケットへしまう。

「“ぷるるっ!”は最強だから」

「そうかい」

リュシエルは笑わない。けれど、目尻は少しだけやわらいでいる。


棚の隅、自分の作業台にも一枚だけ貼られずに置いてある札がある。

“スライム”。

手を伸ばし、表をひっくり返して、また戻す。

(貼ったら、もう剥がせない。・・・それもまたいい)


戸口から、夕景の赤が差し込む。

街のどこかで、誰かがまた叫ぶ。


「ギュオオオオオ!!」

「クワッ!!」

「ガチャ……ガブッ!」

そして――

「ぷるるっ!」


紙片のさざめきが、王都の暮らしに小さな物語を増やしていく。

それは冬の前ぶれみたいに確かで、息を白くさせるほど楽しい熱だった。

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