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冬を越せ!ほかほかステッカー

最初に街へ風を連れてきたのは、手のひらほどのステッカーだった。


《そよ風ステッカー》――リュシエルが最初に作ったマジック・ステッカーである。工房の窓に貼れば空気がめぐり、干し草は早く乾き、汗ばんだ額を撫でる。秋口には温風版が出回り、店や家では小さな妖精のステッカーが暖炉の代わりに壁や柱に並んだ。


次に夏を席巻したのが《ひんやりステッカー》だ。


水袋は冷たく、寝台は涼しく、昼下がりの路地に歓声が満ちた。「今年は夏がやさしい」と、人々は笑って言った。


だが季節は、笑い話を白い息へと変える。


秋の終わり、王都の石畳に霜が降り、肩をすぼめる人影が増えた。薪は王宮管理の公共財、勝手に森へ入れば罪になる。

配給は限られ、値は上がる。火を起こせない小屋では、夜明け前に凍えた子が見つかる年もある。


「・・・今年も、誰かが朝を迎え損ねるってのかい」


窓辺で紫煙を吐き、リュシエルは舌打ちした。

路地では孤児院帰りの子らが指先を擦り合わせている。ティオが鼻を赤くして駆けこんできた。


「リュシエル姉ちゃん、孤児院の小さい子がさ、夜になると震えて・・・」

「そよ風(温風)は屋内で使いな。壁や柱に貼ってたろ?」

「貼ってる! でも外に出ると、すぐ指が動かなくなるんだ」


「まったく。ひんやりだの、そよ風だのって、季節に振り回されるこっちの身にもなりな」


ぶつぶつ言いながら、彼女は工房の扉を閉めた。机に並ぶのは、いつもの材料――煮溶かしたスライム膜、異世界デンプン紙、薬草から煮出したインク、ポーションの飲み残しで練った魔力伝導の糊。新しく用意した赤と橙の小瓶を指先で弾く。


「冷やせるなら、温めるのも出来るはずさね。ただし、布と肌には貼れない。革袋と木と金属、そこらで我慢しな」


煙草をくわえたまま短い詠唱を畳みかけ、小さなステッカーに魔法を刻み込む。樽に火をあしらった紋に淡い光が走り、掌にじんわり熱が宿った。


「赤は五十度、橙は四十度。懐炉代わりってとこだね。ほら、持って行きな」


ティオが受け取ると、寒さにこわばっていた指がほどけていく。

「あったかい!」


リュシエルは視線を逸らし、紫煙を吐いた。「礼はいらないよ。泣き顔見せられると、煙草の味が落ちるのさね」



最初に噂を広げたのは夜警の兵士だった。

「おい、鎧の下に革袋ごと貼ってみろ」「・・・ぬくい。鉄の冷たさが刺さらねぇ」

「隊長に見つかるなよ、没収されるぞ」「だったら隊長にも配れよ!」


屋台の親父は、粥と煮込みの箱――器を詰めた木枠の外側――に貼ってみた。

「料理が冷めねえぞ。行列が伸びても湯気が逃げねえ。おいおい、これはとんでもない商売になるな!」


配達用のおかもちにも一枚。路地の角で待つ客の手に、湯気ごと温もりが渡っていく。


孤児院では、大きな水樽の外に橙のステッカーを貼った。

「手を洗いなさい。冷たい水じゃないわよ、ほら、こっちに来なさいな」


桶の中で湯気が立ち、子らの頬が赤くなる。院長シエラモニカは両手を合わせた。「あなたに感謝を」


リュシエルは肩をすくめた。「あたしゃ神様じゃない。お代はちゃんと取り立てるよ。・・・子供の手伝い分で差っ引くけどね」


彼女は近所の子供達を工房へ招いた。インク塗り、乾燥、余白の切り離し、台紙貼り。


「いいかい、魔法付与はあたしだけ。そこは真似しない。わかったら返事!」

「はーい!」


帰り際に小銅貨。子供達は胸を張って言った。「今年は、誰も凍えさせない!」


広がり方は、いつだって誰かの思いつき次第だ。


木工の親父が休憩中、作業場の小さなテーブルの裏に赤いステッカーを貼り、上から厚手の布をばさりとかけた。寒さに負けて、うっかり足を潜らせる。


「??なんだこれ、足先から腰までぬくい!」

「おい、狭いって。オレも入れろって」

「出ろよ!」「やだね、ここが天国だ!」


布の下は笑い声と喧嘩とため息でいっぱいになった。


その夜にはもう、街じゅうの酒場と長屋で「足を入れると出られなくなる魔法テーブル」が話題になっていた。誰かが言った。「動けない罪だ」「いや、冬の正義だ」と。


〜〜〜〜〜


《街のステッカー屋さん》の前には、朝から列が出来た。


兵士、職人、行商、女将、修道女、御者、書記官、旅芸人、そして子供たち。


「夜警隊に二十枚! 巡回路は風が刺すんだ」

「配達用のおかもちに十枚、粥が冷めちまう」

「店のテーブルに貼りたいのよ、客が帰らなくなるけど」

「それを胸張って言うんじゃないよ!」


リュシエルはカウンターをドンと叩いた。

「うるさい! 一列に並びな! まず言っとくけど、屋内の空間あっためたいなら《そよ風ステッカー(温風)》買いな。ほかほかは貼った対象物を温めるステッカーだよ。それと、布と肌には貼れない!何度言わせるのさね!」


「姉ちゃん、鎧の上は?」

「金属は可。火傷すんなら橙にしな。赤は長時間やると汗かいて冷えるよ」


紫煙が渦を巻き、ざわめきは少し秩序を取り戻す。


《ほかほかステッカー》は飛ぶように売れた。工房の奥では子供達が笑い、外では足の入った布が笑い声を吸い込んでいた。



王宮にも、《ほかほかステッカー》の噂は届いていた。


「薪の出荷量、この十日で2割減……?」「凍死者の報告、今のところゼロでございます」


財務官が書類を捲り、治安官が眉を上げる。「夜盗の件数も、この寒さで増えるはずが・・・逆に少ない?」

「屋台の灯が消えません。温かい粥の列が、夜更けまで人を集めているとか」


玉座の間の隅で、王は静かに頷いた。

「よい兆しだ。薪庫の臨時開放は一部縮小、代わりにステッカーの調達費を冬季支援に振り替えよ。孤児院、兵舎、門番詰所、各ギルド及び各組合に優先配布の手筈を整えよ」


「はっ。しかし、薪の利権に関わる地方領主からは反発が、、、」

「民が生き延びる方を選ぶ。文句は春に聞こう」


謁見の列の後方で、黒衣の魔術師が小さく息を吐いた。


ルーサー・グランディールだ。


「陛下、彼女を鎖で繋ぐ必要はありません。彼女は、街が寒いなら勝手に火を点ける。王宮がすべきは、火の回りを整えることです」


王はわずかに笑みを返した。「ならば、余が彼女を動きやすくしてやらねばならんな。これより貴族達に通達を出す。余計な真似をされては困るからな」


 その通達は半日も経たずに各詰所へ伝わり、街の仕入れ表は夜までに書き換えられた。


〜〜〜〜〜


冬の市場に、見慣れない緑が戻ってきた。

屋台裏の木枠に《ほかほかステッカー》を貼り、布で覆って簡易温室にする。朝露の中、柔らかな葉がのぞく。「冬に青菜が食えるなんて!」と、女将が目を丸くした。


根菜は煮込み箱でほこほこに、硬い端切れ肉は低い温でじっくり柔らかく。粥の鍋は湯気を絶やさず、列は短くならない。


夜。

路地の角で配達人がひと息つく。革袋を抱え、手を温める。


彼の前を、巡回の兵が足早に横切った。「その袋、あったけぇな」「お前らの鎧の下ほどじゃないさ」二人は笑い、すぐそれぞれの夜へ戻っていく。


孤児院の大部屋では、子供達が毛布にくるまって小さな声で話していた。

「きょう、足の温まるテーブルに入った?」

「入った! 出られなくなるやつ!」

「内緒でな。院長には、作法が乱れるって怒られるから」

枕元の桶から、まだ湯気が上がっている。院長シエラモニカはそっとその様子を見やり、胸に手を当てた。


〜〜〜〜〜


「・・・よくもまあ、ステッカーだけで冬をひっくり返すもんだね」


工房の奥、ひと仕事終えたリュシエルが、紫煙を天井に向けて吐く。


棚には《そよ風ステッカー(温風)》の束が、壁には《ほかほかステッカー》の束が。どちらも減りが早い。


扉が軋み、ルーサーが入ってきた。

「忙しそうだな」

「見りゃわかるだろう?あんたの顔まで見てる暇はないのさね」

「王宮は冬季支援として、一定数を買い上げる。配布先はこちらで調整する」

「ふん。囲い込む気なら、あたしは売らないよ? 気に食わない相手には売らない。そう言ったろ」

「だから『買い上げて、配る』と言っている。・・・君を縛るつもりはない」


一拍、煙が漂う。

リュシエルは視線を外し、灰を落とした。「・・・最初からそう言いな。あたしゃ、困ってる子供が生き延びるなら協力は惜しまないのさね」


ルーサーは僅かに微笑んで、店の喧騒へ身を翻した。


「ところで」「なんだい」「テーブルの下に足を入れる魔法家具、あれは危険ではないのか?」

「危険なのは、出られなくなる意思の弱さだよ」

二人は、同時に小さく笑った。


夜更け、店先の行列がやっと途切れた。

リュシエルは「本日分売り切れ」の札を裏返し、工房へ戻る。


窓の外、王都の路地に、湯気と笑い声がいつまでも立ちのぼっていた。


《ほかほかステッカー》は小さいが、冬を越すには、十分すぎるくらい大きな影響だった。


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