チャプター31
〜シュラーフェンの森・奥地 ヘレンの家〜
フォルクローレは眠そうな目を擦りながらエルリッヒ達の方を見ている。二人が親しげに話をしているのが気になったようだ。
「お、起きた? いや、まだ眠そうだね」
「うん、まだ眠いけど、なんかちょっと目が覚めた。で、なんの話をしてるの?」
大した話はしていないのだが、眠っている間に何か話題が盛り上がっているように見えたら、それは気になるだろう。フォルクローレの気持ちを汲み取り、少し話を誇張してやることにした。
「何って、大した話はしてないよ〜? 女同士の内緒話をしてただけ」
「え! 何それずるい。それに、あたしも女なんだけど、その話に混ぜてよ」
何をアピールするわけでもなくそう主張し、話に混ざろうとしてきたが、席を立ったエルリッヒが枕元まで赴き、それを遮った。
上体を起こしていたのを無理やり寝かしつけ、呆れたような表情を作って一言だけ放つ。
「毒キノコを食べて倒れちゃうような子は、女以前の問題だよ。ほら、美味しい晩御飯作ってあげるから、今はまだ寝てな。しっかり休むんだよ」
「ちぇー。ひどい物言いだなぁ」
とは言うものの、これを言われてしまうと、何も言い出せないのであった。渋々と言った様子で、再び目を閉じ体が回復のために伝えてくる強い眠気に身を任せるのであった。
「……やれやれ、ちょっとのことだけど賑やかな子だね」
「でしょう? いい子なんですよ」
記憶の中の母親のような心持ちで寝かしつけると、再びテーブルに戻った。sして、フォルクローレがまた安らかな寝息を立て始めたのを見計らい、ヘレンが口を開く。
「それにしても、女同士の秘密の話なんかしてたかね。アタシャ普通の話しかしてないつもりだけど?」
「まあまあ、そう言うことにしといてくださいよ。それに、私は大きな秘密を一つ明かしましたよ?」
フォルクローレも知っていることだから、秘密としての価値は低いかもしれないが、直接その姿を見せたのはヘレンが初めてである。そう言う意味では、一番大きな秘密を明かしたと言っても過言ではない。
「そうかね。じゃ、アタシも何か秘密を明かした方がいいかい? と言っても、そんな話ゃアタシの人生にはないけどね。ただ人付き合いが嫌いな婆さんが森の奥でひっそりと暮らしてるだけさ」
「それでいいんですよ。それに、私もまだヘレンさんに行ってない秘密もありますし。でも、私の正体って、やっぱり考えるとどこか気が重くなるところがあるんですけど、こうして話をしてると、すーっと気が楽になってきます。これも、魔女のおしごとなんですかね」
自分だってヘレンの何倍もの年月を生きてきて、それなりに紆余曲折を経験しているつもりだった。それに、ヘレンはヘレンで森の中で何十年も暮らしていたら、自然と限られた人生経験しか踏めないように思うのに、それでもヘレンの言葉には年長者の味わいと深みがある。この違いはなんだろうと思いながらも、考えても答えは出ないのであった。
「それはそうと、夕飯は美味しいものを作るって?」
「ええ。この森で取れる野草と毒の入ってないキノコ、それにまだ出発するときに持ってきた保存食の干し肉が残ってたと思うんで、その辺りで作りますよ。今日のお礼に、ヘレンさんも座って待っててくださいね。私が全部作りますから。二人で共同作業するお料理も楽しいですけど、たまには王都で腕を振るってるところを全力でお見せしたいですからね。こう見えて、各地を回って大小いろんなお店で修行を積んできたんですから」
腕まくりをして、力こぶを作ってみせる。と言っても、鍛えている戦士のような腕ではなく、どこにでもいるような町娘の細腕にしか見えないのだが。
「それじゃ、今日は楽させてもらおうかね。それにしても、その細腕にそこらの屈強な男どもの何倍もの力があるなんて、今でも信じられないよ。あんなに重たいフライパンを軽々と振るっちまうなんてね」
「お料理やスープの入った重たい鍋を持ってると、見た目にはわからなくても筋力がつくんですよ! ていう説明だけじゃ、もう納得できないですよねー。この姿でいる時は、竜族だからこその身体能力のことはあんまり考えたくなくって。このままじゃ、火を吹くことも吹雪を起こすこともできませんし」
しれっとヘレンの知らない情報が出てきた。火を吹く、までは想像の範囲だ。火吹き竜の存在は、おとぎ話でも神話でもよく出てく敵役として子供から大人まで親しまれている。実際、山の上や遠い自然の多くのこる土地に行けばそういったモンスターが棲息しているという話も聞く。しかし、吹雪とはどう言うことなのか。炎以外の能力を持ったドラゴンがいるのか。炎と使い分けられるドラゴンがいるのか。知っていてもさほど得にはならないかもしれないが、気になってしまった以上、知らなければ気が済まなくなってきた。
この歳になってこんな些細なところで好奇心を駆り立てられるとは、思いもよらなかった。
「お前さん、吹雪を起こすこともできるのかい?」
「はい。他にも、熱を発して周囲の気温を上げたり、雷を呼んで狙ったところに落としたりもできます。もちろん、元の姿に戻った時だけですけどね。元々、この世界には火を吹く以外の能力を持ったドラゴンもいるんですよ。で、ご先祖様が、そう言ういろんな能力を持ったドラゴン達と交わって、いろんな能力を扱えるようになったらしいです。どのくらい前のご先祖様か分かりませんし、節操ないって言ってもいいですけど、貪欲だったのかもしれませんね。一族の能力を高めることに」
エルリッヒの一族が竜の王族として種族をまとめる役割に就任したのも随分前で、口伝以上の記録など残していないので、誰も詳細はわからない。そもそも長命なので、どのくらい前で、何代前のことなのかもさっぱりだ。だから、伝わっているのは交配で能力の幅を広げてきたことと、高い能力を持って竜殺しの勇者を返り討ちにして、手にしていた竜殺しの名剣を一族の裁きの剣として使うようにしたことと、その能力や体の大きさから竜の王族としてドラゴン全体を取りまとめるようになったこと、ただただそれが伝わっているだけだ。おそらく高い能力があったればこその勇者討伐伝説と王族就任なので、交配の話が一番古いのだろうが、それ以上の情報は一切不明だ。
そもそも、人の姿と竜の姿を行き来できるようになった時期や経緯すら、一族のどこにも伝わっていないのだ。だから、暫定的な言い伝えとして『神様にもたらされた能力』と言うことになっているが、真偽は本当にわからない。そんな曖昧な一族なのである。
「妙ちくりんな一族だね。なんて言ったら失礼かもしれないけどね」
「いえいえ、その通りだと思います。スタンダードなドラゴンのありようからすると、だいぶ外れてますから。だけど、そのおかげで楽しい人生を歩めてますし、魔王時代も難なく生き残ってこれました。魔法が使えなくても、特に問題なく過ごせてましたし」
今こうしている時間も、その特殊な一族性のなせる技だ。思い返せば思い返すほど、そこに助けられてきたことは多い。ただの竜族であれば、人より長い命と言ってもここまでではないので、おそらく魔王時代にでも命を落としていただろうし、魔王軍の侵攻の犠牲になっていたかもしれない。
「そっか、アンタはあの時代を知ってるんだもんね。アタシにすら想像できないよ」
「大変な時代でしたけど、それはそれで、思い出のある時代でしたよ。さ、そろそろ晩御飯を作り始めますね。まずは、食材の確認から……」
話題を断ち切るように席を立つと、そのままキッチンに赴くのだった。
〜つづく〜




