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チャプター30

〜シュラーフェンの森・奥地 ヘレンの家〜



「え、今なんて言ったんだい?」

 ヘレンは手にしていたティーカップを落としそうになるのをかろうじて防ぐと、テーブルの上に置いてから話を続けた。

「聞き間違いじゃなきゃ、今、竜の王女って言ったかい?」

 そのあまりにもかけ離れた単語に戸惑いつつも、確認してみる。目の前にいるのは、どこにでもいる街娘だ。田舎くさくはないが、高貴な気品のような典雅な雰囲気は感じられない。両手でカップを持ち、まっすぐな瞳でこちらを見つめているが、当人としても重大なカミングアウトをしたという感覚はあるようで、ヘレンの反応を見ているような気配を出していた。

「?」

「今更何を聞いても驚きゃしないつもりだったけど、今の話はちょっとたまげたよ。ドラゴンにも、王制があるんだねぇ。全く知らなかったよ。いや、そんな話題に逃げちゃだめだね。まさか、ドラゴンのお姫様だったなんてね。全くそんな風には見えなかったけど、意外って言ってもいいのかね」

 ここまでの話を受けて疑うつもりはないのだが、人間ではないというカミングアウトだけでも驚嘆すべき話題だったのに、そこへ来てもう一段飛躍する話が出てきたので、もはや何をどう受け止めたらいいかわからない、というのが正直なところだった。

「王族って言っても、人間みたいな国家制度があるわけじゃないので、ドレスを着て厳しい作法を身につけて、夜な夜な舞踏会、みたいな感じではないですよ? 血筋や立場と、先祖代々受け継いだ力や体の大きさ、それに人間の姿になれるこの能力くらいで。でも、ものすごく大まかなルールはありますけどね。あと、この姿でいる時はただの街の食堂の主人です。引き続き、そういう相手として接してくれると嬉しいです」

「そ、そうかい。ま、アタシとしても、今更お前さんを王女様として接するのは難しいしねぇ、そう言ってくれるのは助かるよ」

 今更「平民として王女相手に首を垂れろ」と言われても無理だったので、この申し出は正直ありがたい。が、全くもって王女らしくない。そういうところも、人間で言う王族とは違う、と言うことなのだろう。自慢すると言うよりは、本当に体が大きいことを説明するために明かした、と言う趣が強いのだろうと感じた。

「実際、人間の世界から見たら、よその国の王家でもないですしね。尊重する理由もありませんよ。今、森に狼の群れがいたとして、その中のリーダーは尊重するべき相手じゃなくて、身の安全のために真っ先に無力化する相手でしかありませんし。そう言うことです」

「自分の出自をそんな風に言っちまっていいのかい? 全く、変わった子だね。……そういえば、仮にも王女だって言うんなら、王位継承権はあるんだろう? よければその辺教えとくれよ」

 なんとなく、話題を広げることができて嬉しかった。自分のことを一般人というのもどこか憚られると自己認識しているヘレンだったが、それでもエルリッヒからの告白は一般人とかけ離れた世界の話でしかなかった。これは、本来であればものすごい会話の種なのだが、いざ目の前にしてみるとあまり会話が広げられない、ということを、どこかもどかしく思っていた。だから、こうした小さなひとネタであっても、それを投げかけることができたのが嬉しかったのである。

「王位継承権? いいですよ。と言っても、私は故郷を離れちゃってるんで、なし崩し的にそういう権利は放棄したも同然なんですけどね。それに、末っ子なんで、どのみち継承権は一番最後ですけど。一番上に兄がいるんで、今のところ兄が王位を継ぐ予定です。で、ないとは思いますけど兄に何かあったら、んー、どうなるんでしょうね」

「なんだいそりゃ。お兄さんに何かあったら、お前さんか、間に兄弟がいるんならその人、いやそのドラゴンが継ぐんじゃないのかい? これまた変なことを言うねぇ」

 なぜ、わざわざ王位継承権第2位の存在について、「わからない」と言うことを匂わせるのか。人間でも、対象の王族に問題があったり、生まれつき障害があったりと、なんらかの事情で王位継承権から外されることはある。そう言うことなのか、それとも、人間の王権とは異なる事情があるのか。

 言いにくいことを言い淀んでいるような気配は見られないので、本当に「よくわかっていない」のかも知れないのだが、それにしては気になる物言いである。

「いえ、なんて言うか、間に姉がいるんですけど、姉はあんまり性格が良くなくて……は今は関係ないか。性格はどうでもいいんですけど、私や兄のような王族ならではの力をほとんど受け継いでいないんですよ。もちろん、体の大きさだけは一族の者として一般のドラゴンの上に立つのには十分なんですけどね。でも、父が生まれの順だけで王位を継がせるかと言ったら、これはちょっと疑問でして。それなら、もっと広く王族から対象を探し出すんじゃないかと……」

「なるほど、能力、ねぇ。人間で言ったら、政治能力が足りないってとこかね。本来なら、お前さんが第3位ってことなんだろう? 繰り上げで声がかかることもあるんじゃないのかい? 今の口ぶりだと、お前さんは能力や体の大きさといった条件を満たしてるように聞こえるじゃないか」

 やはりヘレンは鋭い。ここまで話せばある程度はわかるだろうが、それでも、細かいことを感じ取ってくれないケースもありそうな者だが、しっかりと理解してくれた。これは嬉しかった。

「やっぱ、その辺は解っちゃいますよね。さっきも言ったように、故郷を出て行ってますから、その時点で権利は失ってるかも知れないんですけど、力だけで言ったら、私が一番強く受け継いじゃって。もし、兄妹げんかをしたら、私が勝っちゃうと思います。故郷を捨てたも同然の末娘がそれじゃ、流石に体裁が悪いと思うんですよね。ただ、私たち直系の王族以外の竜がどれくらいの力を持っているかなんて、ほんとどあっt顔とがないからよくわからないですし、絶対私や兄ほどじゃないはずなんで、そうなると難しいですよねー。王位継承も。と言うわけで、よくわからないんですよ。そう言うもしもの時、父がどう判断するか。あ、ちなみに、多分、私も父にはまるで敵わないと思います。ちょっと別格なので」

 長々と話してくれたのは、竜の王族の事情というより、一族の中での立ち位置の紹介のようで、人間社会とは異なるものの、これはこれで複雑な事情があるのだと感じられる。語って聞かせてくれたエルリッヒの様子からは、察するしかないのだが。

「今の話を聞く限り、力でねじ伏せるってわけにはいかいのかい?」

「んー、実力的にはできると思うんですけど、そうやって身内争いをした人が統治して、みんなが納得してついてくるのかどうかっていうと、怪しくありません? もちろん、もともと私は王位に興味ないからいいんですけどね。少なくとも、兄の身に何かある可能性も低いですし」

 本当なら、病気で旅立った母のことを考えれば全員に寿命までの健康などまるで約束されていないのは百も承知なのだが、それでも、基本的には健康で過ごすことを想定して考えてしまうので、王位は安泰だという話になる。もちろん、甥っ子や姪っ子はいないので、そこの心配はいずれ発生するかも知れないが。

「なんか、身の上話をあれこれごちゃごちゃ語っちゃった感じですよね。総括すると、私がただの街娘で少なくともこの国で何かの権限や地位を得ているわけじゃないから気にしないでくださいってことです。……まぁ、王都にまた魔物が襲ってきた時には、街を守りますっていう約束はしたんですけどね。正体バレちゃったんで」

「いいじゃないか、そのくらいで。しがらみから解放された生活の方が、気楽なんじゃないかい?」

 流石にヘレンもエルリッヒがどう感じているかという、この辺りの加減はよく解っている様子だった。変に王族だからと国賓扱いなどされた日には、今のように気軽にお店をやっていられなくなるだろう。その辺りは、真偽のほどがはっきりしていないと思われていたり、国王なりの配慮があるのかも知れないと考えていたが、「概ね今まで通り」と言う生活が、非常にありがたかった。

「ヘレンさんがその辺わかってくれて、正直嬉しいです。私は、やっぱり王都のしがない食堂の主人が性に合ってるんですよ」

「やっぱりそうだろう? お前さんらしいよ」

 そこまで話したところで、二人は穏やかに笑い合った。エルリッヒが人間ではなく実はドラゴンで、しかも王女であると言うことは事実だが、そんなことは一切関係なく、今目の前に座っている娘が、この数日で感じた性格や考え方を持って生きている、と言うことが一番重要なことだ、と強く感じた。

「ん、むにゃむにゃ。二人とも、何を話してるの?」

 笑い声を聞いてか、フォルクローレが目を覚ましたようだった。




〜つづく〜

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