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第35話 婚約指輪を選ぶ日

 休日の朝。


 エレナは鏡の前で、何度も自分の服装を確認していた。


 今日は、アレクシスと二人で婚約指輪を選びに行く日だ。


 恋人だった頃とは違う。


 今日は――婚約者として。


 そう思うだけで、胸がくすぐったくなる。


「……変じゃないよね」


 淡い色のワンピースに、いつもの眼鏡。


 髪は下ろさず、仕事の時より少しだけ柔らかくまとめている。


「よし」


 小さく頷いて、部屋を出た。


 待ち合わせ場所には、すでにアレクシスがいた。


「お待たせしました」


「いや。今来たところだ」


 いつものように落ち着いた声。


 けれど、エレナを見た瞬間。


 ほんの一瞬だけ、目を見開いた。


「……似合っている」


「ありがとうございます」


 エレナは照れながら笑う。


「今日は眼鏡なんだな」


「はい。……変ですか?」


「いや」


 アレクシスは即答した。


「よく似合っている」


「……よかった」


 二人は並んで歩き始めた。


 向かったのは、王都でも評判の宝飾店だった。


 店内には、指輪やネックレス、髪飾りなどが美しく並んでいる。


「いらっしゃいませ」


 店員が二人を迎える。


「本日はどのようなものをお探しでしょうか?」


 アレクシスが答えた。


「婚約指輪を」


 その言葉を聞いた瞬間。


 エレナの頬が赤くなる。


 店員もにこやかに微笑んだ。


「まあ。おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 エレナが小さく頭を下げる。


「では、こちらへ」


 案内されたショーケースには、様々な婚約指輪が並んでいた。


 宝石の大きさも、色も、デザインも違う。


「……わあ」


 エレナの目が輝く。


 アレクシスは、その表情を見て微笑んだ。


「気になるものがあれば、全部見てみよう」


「はい」


 エレナは一つずつ眺めていく。


「これも素敵……」


「うん」


「こちらも可愛いですね」


「そうだな」


「でも、こっちも……」


「うん」


「……アレクシスさん」


「何だ?」


「ちゃんと見てます?」


「見ている」


「ずっと『うん』しか言ってませんけど」


「君が嬉しそうだから、それを見ていた」


「……!」


 エレナは黙り込んだ。


 店員が微笑ましそうに二人を見ている。


「こちらはいかがでしょう?」


 店員が一つの指輪を取り出した。


 中央に淡い青色の宝石。


 その周囲を小さな石が囲んでいる。


「こちらは、婚約指輪として人気のデザインです」


 エレナが覗き込む。


「綺麗……」


 アレクシスも指輪を見る。


 そして。


「……こちらがいい」


「え?」


 エレナが振り返る。


「まだ決めてませんよ?」


「分かっている」


 アレクシスは指輪を見つめたまま言った。


「でも、君にはこれが似合うと思う」


「どうして?」


「君の髪の色に合う」


「……」


「それに」


 アレクシスは少し考える。


「淡い色が、君らしい」


 エレナは目を瞬いた。


 それは以前、彼が一人で考えていたことと同じだった。


 ――淡い桃色。


 あの頃はまだ、自分の気持ちに気づいていなかった。


 今は違う。


 エレナを知れば知るほど。


 彼女の好きなものも、似合うものも、自然と分かるようになっていた。


「……試してみるか?」


「はい」


 店員がエレナの左手をそっと取り、指輪をはめる。


 白く細い指に、淡い青の宝石が光った。


「……どうでしょう?」


 エレナが手を上げる。


 アレクシスは黙って見つめる。


「……綺麗だ」


「指輪が、ですか?」


「……」


 アレクシスは少しだけ考えた。


 そして。


「君が」


「……!」


 エレナの顔が真っ赤になる。


「……アレクシスさん」


「何だ?」


「そういうこと、平気で言えるようになりましたよね……」


「そうか?」


「前はもっと……」


 エレナは思い出す。


 出会った頃の彼は、こんなことを言う人ではなかった。


「……不器用でした」


「今も十分不器用だと思うが」


「そうですか?」


「ああ」


 アレクシスは少し困ったように笑った。


「君のことになると、どうすればいいのか分からなくなる」


 その言葉に。


 今度はエレナが、何も言えなくなった。


 店員がそっと視線を逸らす。


 二人の世界が完全に出来上がっている。


「……こちらに決められますか?」


 店員に聞かれ、エレナは慌ててアレクシスを見る。


「……どうしましょう?」


「私は、これがいいと思う」


「……私も」


 二人で顔を見合わせる。


「では、こちらで」


 店員が微笑む。


 正式に指輪が決まった。


 手続きを終えると、アレクシスがエレナの左手を見る。


 そこにはまだ、試着用の指輪が輝いている。


「……婚約者になった実感が、少し湧いてきた」


 エレナも指輪を見る。


「私もです」


「完成したら、もう一度見せてくれ」


「もちろんです」


 店を出る。


 王都の街を二人で歩く。


 しばらくして、アレクシスがエレナの手を取った。


「……アレクシスさん?」


「手を繋いでいいか?」


「もう婚約者ですよ?」


「それでも、聞きたかった」


 エレナは笑う。


「……はい」


 指を絡める。


 その左手には、まだ指輪はない。


 けれど。


 もうすぐそこには、二人の婚約の証が輝くことになる。


 エレナは繋いだ手を見つめながら、そっと笑った。


「……楽しみですね」


「ああ」


 アレクシスも微笑む。


「私も楽しみだ」


 そして二人は、ゆっくりと王都の街を歩いていった。

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