↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
34/42

第30話 家族に紹介します

 休日の朝。


 エレナは、鏡の前で何度目か分からないほど自分の姿を確認していた。


 淡い色のワンピース。


 髪は丁寧に整えてある。


 眼鏡もかけている。


 いつもより少しだけ上品な服を選んだ。


「……大丈夫よね」


 今日は、アレクシスの実家へ行く。


 つまり――。


 恋人になったばかりの自分を、彼の家族に紹介してもらう日だ。


 緊張しないほうがおかしい。


 迎えに来た馬車に乗り込み、エレナは隣に座るアレクシスを見た。


「……本当に、私で大丈夫でしょうか」


「何が?」


「ご家族へのご挨拶です」


 アレクシスは一瞬きょとんとした。


 そして、静かに言った。


「もちろんだ」


 あまりにも迷いのない返事だった。


「父も母も、君を歓迎するだろう」


「……そうでしょうか」


「姉も」


「セシリア様も……?」


「ああ」


 少し間を置いてから、アレクシスが付け加える。


「むしろ、姉は喜びすぎると思う」


「……?」


 その意味を、エレナはまだ知らなかった。


 *


 ヴァレンティン家。


 馬車が屋敷の前に止まると、アレクシスが先に降り、エレナへ手を差し出した。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 その手を取った瞬間。


 屋敷の玄関から、女性が勢いよく出てきた。


「アレクシス!」


「姉上」


 セシリアだった。


 そして、その後ろには両親の姿もある。


 セシリアはエレナを見るなり、ぱっと笑顔になった。


「まあ……!」


 エレナの手を両手で包む。


「あなたがエレナさんね!」


「は、はい。エレナ・アーデルと申します」


「そんなにかしこまらなくていいのよ!」


 セシリアは嬉しそうに笑った。


「ずっと会いたかったの!」


「姉上、少し落ち着いて」


「無理よ!」


 即答だった。


 アレクシスが小さくため息をつく。


 その様子を見て、エレナは思わず笑ってしまった。


 ――家では、こんな顔をするんだ。


 仕事中の冷静な姿とは全然違う。


 それがなんだか嬉しかった。


 *


 応接室に通されると、アレクシスの両親が改めてエレナを迎えてくれた。


「来てくれてありがとう、エレナさん」


「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」


「アレクシスから話は聞いているよ」


 父親が穏やかに微笑む。


「とても優秀な文官だそうだね」


「いえ、まだまだです」


「謙虚なところも、息子が気に入るわけね」


 母親が嬉しそうに言う。


「母上」


「何?」


「……余計なことを言わないでください」


「あら、私は何も言っていないわ」


 セシリアが隣で笑いを堪えている。


「ねえ、アレクシス」


「何だ」


「エレナさん、とっても可愛いわね」


「……そうだな」


 即答だった。


「…………」


「…………」


 エレナの顔が赤くなる。


 セシリアの目が輝いた。


「まあ!」


「姉上」


「今の聞いた!?」


「聞かなくていい」


「昔のあなたなら絶対にそんなこと言わなかったのに!」


 アレクシスは黙った。


 エレナは俯いたまま、耳まで真っ赤だった。


 そんな二人を見て、両親も微笑む。


「なるほど」


 父親が静かに頷く。


「本当に大切に思っているんだな」


「……はい」


 アレクシスが答える。


 その声だけは、いつもの仕事のときとは違った。


 迷いがなかった。


 *


 そして。


 話は思いのほか早く進んだ。


「それで、二人は婚約については――」


「父上?」


 エレナが目を瞬く。


「まだ恋人になったばかりで……」


「そうなの?」


 母親が驚いたようにアレクシスを見る。


「はい」


「まあ……」


 セシリアが嬉しそうに手を叩く。


「じゃあ、婚約はこれからなのね!」


「姉上、話が早すぎます」


「だって、せっかく素敵な子を見つけたんでしょう?」


「……」


 アレクシスが黙る。


 父親が穏やかに笑った。


「私は賛成だよ」


「父上まで……」


「エレナさんがよければ、正式に婚約の話を進めてもいいと思っている」


「……え?」


 エレナが固まる。


「もちろん、急かすつもりはないよ」


 父親は優しく続ける。


「だが、我が家としては歓迎したい」


 母親も頷く。


「私も賛成。こんなに可愛らしくて、しっかりしたお嬢さんなら大歓迎よ」


「私も!」


 セシリアが元気よく手を挙げる。


「むしろ、今すぐ妹になってほしいくらい!」


「姉上……」


 アレクシスは額に手を当てた。


「まだ恋人になって数日ですよ」


「だから何?」


 セシリアは首を傾げる。


「好きな人と結婚するのに、何年待つ必要があるの?」


「……」


 アレクシスが言葉に詰まった。


 そしてエレナを見る。


「……エレナ」


「は、はい」


「私は……その」


 珍しく言葉を選んでいる。


「できることなら、早く君と正式な関係になりたいと思っている」


「……っ」


 エレナの顔が真っ赤になる。


「ですが、君の気持ちを無視して進めるつもりはない」


「……」


 エレナはしばらく黙っていた。


 そして、小さく笑った。


「……私も、嬉しいです」


 その言葉に、アレクシスの表情が柔らかくなる。


 ――こうして。


 恋人になってまだ間もない二人の婚約話は、本人たちが思っていた以上の速度で進み始めた。


 *


 帰りの馬車。


 エレナは隣に座るアレクシスをちらりと見る。


「……今日は、すごかったですね」


「……ああ」


「婚約のお話まで出るとは思いませんでした」


「私もだ」


 少し沈黙する。


 そして。


「エレナ」


「はい?」


「一つ、お願いがある」


「何でしょう?」


 アレクシスは少しだけ視線を逸らした。


「……そろそろ」


「?」


「私のことを『アレク』と呼んでくれないか」


「…………え?」


「アレクシスさん、では少し距離がある気がする」


「でも……」


「恋人なのだから」


 その言葉に、エレナの頬が赤くなる。


「……アレク」


 小さな声だった。


 アレクシスが固まる。


「……もう一度」


「えっ?」


「聞きたい」


「……アレク」


 今度は少しだけ大きな声。


 アレクシスは目を伏せた。


「……うん」


 その表情が、あまりにも嬉しそうで。


 エレナもつられて笑ってしまった。


 恋人になったばかり。


 まだ手を繋ぐだけでも少し緊張する。


 それなのに。


 婚約の話まで進んで。


 呼び方まで変わった。


 二人の距離は、少しずつ。


 確実に近づいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。