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第28話 過保護な上司

 恋人になってから、三日目。


 エレナはいつも通り、朝から仕事に追われていた。


「エレナ、この資料の確認を頼めるか?」


「はい。午後までには――」


「待って」


 突然、アレクシスの声が飛んできた。


「……はい?」


 エレナが振り返る。


 アレクシスは彼女の手元にある書類を見ていた。


「それはかなり量があるな」


「そうですね。でも、今日中には終わります」


「私が半分やろう」


「えっ?」


「半分はこちらへ」


「い、いえ、大丈夫です!」


 エレナが慌てて首を振る。


「いつも通りできますから」


「いつも通り?」


「はい」


「……昨日も遅かっただろう」


「え?」


「一昨日もだ」


「……」


 エレナは固まった。


 どうして知っているのだろう。


 するとアレクシスは当然のように続けた。


「君は仕事に集中すると、休憩を忘れる」


「……」


「昼食も早い」


「……はい」


「だから今日は、私が管理する」


「管理……?」


 周囲の文官たちが、そっと顔を上げた。


 ――何を管理するんだ?


 そんな空気が広がる。


 アレクシスは気にする様子もない。


「まず、その資料は私が引き受ける」


「でも……」


「それから昼食は、今日はきちんと食べること」


「……はい」


「水分も取る」


「はい……」


「疲れたら休む」


「……はい」


 エレナの顔が、どんどん赤くなっていく。


「局長……」


「なんだ?」


「……みんな見ています」


「?」


 アレクシスが周囲を見る。


 文官たちは一斉に視線を逸らした。


「…………」


「…………」


 静まり返った執務室。


 アレクシスは少し考えたあと、


「……気にする必要はないだろう」


 と言った。


 エレナはさらに赤くなった。


 ――気にする必要があると思います。


 そう思ったが、口には出せなかった。


 *


 昼休み。


 エレナがいつものように簡単な昼食を済ませようとすると。


「エレナ」


「はい?」


「それだけか?」


「え?」


 アレクシスが彼女の昼食を見る。


「少ない」


「そ、そうですか?」


「足りないだろう」


「大丈夫です」


「大丈夫ではない」


「……」


 アレクシスは立ち上がると、執務室を出ていった。


 しばらくして戻ってきた彼の手には、追加の食事があった。


「これも食べるといい」


「……どこから?」


「食堂だ」


「わざわざ……?」


「君が午後に集中できるようにと思って」


「…………」


 周囲の文官たちが、またしても固まった。


 以前のアレクシスなら。


「昼食くらい自分で選べ」


 と言って終わっていただろう。


 それが今は。


「ちゃんと食べなさい」


 である。


 しかも本人は真顔だ。


「局長……最近、何かありました?」


 ついに一人の文官が口にした。


 アレクシスが振り返る。


「何か?」


「いえ……その……」


 文官はちらりとエレナを見る。


 エレナは真っ赤になって俯いていた。


「……いえ、なんでもありません」


「そうか」


 アレクシスは気にせずエレナを見る。


「エレナ、冷める前に食べるといい」


「……はい」


「午後も無理はしないように」


「……はい」


 エレナは小さく頷いた。


 そして心の中で思う。


 ――恋人になった途端、こんなに変わるなんて。


 けれど。


 嫌ではなかった。


 むしろ――。


 少しだけ、嬉しい。


 *


 その日の帰り。


 エレナが廊下を歩いていると、後ろからアレクシスが追いついてきた。


「エレナ」


「はい?」


「今日はもう帰るのか?」


「はい」


「では、途中まで一緒に行こう」


「えっ?」


「夜道は暗い」


「王宮内ですよ?」


「それでもだ」


「……」


 エレナはまた顔を赤くした。


「アレクシスさん……」


「なんだ?」


「……過保護です」


「そうか?」


「はい」


 アレクシスは少し考える。


 そして、平然と答えた。


「恋人なのだから、これくらい普通だろう」


「…………っ」


 エレナはとうとう何も言えなくなった。


 少し離れたところを歩いていた文官たちは、その会話を聞いてしまい――。


「…………」


「…………」


「……恋人?」


「……恋人って言ったよな?」


「言ったな」


「……局長が?」


「……エレナさんと?」


 二人は顔を見合わせた。


 そして同時に思った。


 ――いつの間に!?


 その頃、当の二人は何も知らず。


 アレクシスは満足そうにエレナの隣を歩き、エレナは真っ赤な顔で俯いていた。


 職場に、少しずつ。


 二人の秘密が知られ始めていた。

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