第27話 恋人、始めました
翌朝。
エレナはいつもより早く目を覚ました。
目を開けた瞬間、昨日の出来事が頭の中に蘇る。
花祭り。
赤い花。
アレクシスの言葉。
――私は、君が好きだ。
そして、自分も伝えた。
――私も……局長のことが好きです。
「…………」
エレナは布団の中で、そっと顔を覆った。
昨日のことを思い出すだけで、頬が熱くなる。
それだけではない。
「アレクシスさん……」
口に出してから、さらに恥ずかしくなった。
昨日までは「局長」と呼んでいた。
けれど、昨日。
彼に言われた。
『私のことを、アレクシスと呼んでほしい』
だから、これからは――。
「……アレクシスさん」
もう一度呟く。
今度は少しだけ、嬉しかった。
*
王宮へ向かう道を歩きながら、エレナは何度も深呼吸をした。
今日から、何が変わるのだろう。
仕事は今まで通り。
自分は部下で、彼は上司。
そこは変わらない。
だから、きっと今まで通りに接すればいい。
そう思っていた。
けれど。
執務室に入った瞬間。
「おはようございます、局長」
いつものように挨拶したエレナに、アレクシスが顔を上げた。
「……おはよう、エレナ」
「…………」
「…………」
二人とも、止まった。
昨日までなら何でもなかったはずの呼び方。
けれど今は――。
「……エレナ」
名前を呼ばれただけで、胸が跳ねる。
「……はい」
エレナは思わず視線を逸らした。
そんな彼女を見て、アレクシスもわずかに目を伏せる。
「……昨日のことだが」
「は、はい」
「その……」
アレクシスが珍しく言葉に詰まった。
仕事では、どんな難しい案件でも迷いなく判断する男なのに。
今は明らかに困っている。
「……夢ではなかったな」
「え?」
「昨日のことだ」
少しだけ頬を赤くしながら、アレクシスが言う。
「君が、私のことを好きだと言ってくれたこと」
エレナの顔が一気に熱くなる。
「……夢じゃ、ありません」
「そうか」
アレクシスの表情が、ふっと緩んだ。
「よかった」
その笑顔を見て、エレナの胸がまた大きく鳴った。
――ずるい。
そんな顔をされたら、もっと好きになってしまう。
「……あの、アレクシスさん」
「なんだ?」
「昨日から……少し変じゃありませんか?」
「変?」
「はい」
エレナは少し考えてから言った。
「なんだか……嬉しそうです」
「…………」
アレクシスが黙る。
そして。
「嬉しいに決まっているだろう」
「……っ」
あまりにも迷いなく言われて、エレナは言葉を失った。
「君が私を好きだと言ってくれたんだ」
「…………」
「これで嬉しくないほうがおかしい」
そう言って、アレクシスは小さく笑った。
その笑顔を見ながら、エレナは思った。
昨日までの彼とは、少し違う。
いや。
もしかすると――。
今まで隠していただけなのかもしれない。
「……私も」
「ん?」
「私も、嬉しいです」
そう言うと、アレクシスは一瞬目を見開いた。
そして、誰にも見えないように机の下で拳を握った。
――可愛い。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
仕事中だというのに。
恋人になったばかりの彼女が、あまりにも可愛く見えて仕方がない。
だが、アレクシスは表情を整えた。
「では、今日も仕事を始めよう」
「はい」
二人はそれぞれの机へ向かった。
いつも通りの朝。
いつも通りの執務室。
けれど――。
二人の関係だけは、昨日までとは違っていた。
そしてアレクシスは、まだ知らない。
これから自分がどれほど彼女を甘やかしたくなるのかを。




