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第22話 高鳴る鼓動

自分の気持ちに気づいてから。


 エレナは、少しだけ困っていた。


 朝。


 王宮へ向かう途中。


 いつものように仕事のことを考えていたはずなのに。


 ふと。


 アレクシスの顔が浮かぶ。


「……」


 昨日までは、そんなことはなかった。


 いや。


 正確には、昨日までも考えていた。


 けれど。


 今は、その意味が違う。


 ――好き。


 その言葉を思い浮かべるだけで、胸が落ち着かなくなる。


「……困ったな」


 エレナは小さく呟いた。


 仕事では、何事にも冷静でいられる。


 計算を間違えない。


 書類の確認も早い。


 予想外の問題が起きても、落ち着いて対処できる。


 なのに。


 アレクシスのことになると。


 どうすればいいのか、分からなくなる。


 ◇


「おはようございます、局長」


「……おはよう、エレナ嬢」


 いつもの朝。


 いつもの挨拶。


 ただ、それだけ。


 なのに。


「……」


「……」


 エレナは目を合わせられなかった。


「?」


 アレクシスが不思議そうにこちらを見る。


「どうかしたか?」


「い、いえ」


「そうか?」


「はい。何でもありません」


 慌てて頭を下げ、自分の席へ向かう。


 その途中。


 エレナは思った。


 ――今、ちゃんと顔を見られなかった。


 以前なら、普通に挨拶できたのに。


 これではいけない。


 仕事に集中しよう。


 そう決めた。


 ◇


 午前中。


 エレナは恐ろしいほど仕事に集中した。


 書類を見る。


 確認する。


 整理する。


 処理する。


 完璧だった。


 ただし。


「エレナ嬢」


「はいっ」


 アレクシスに呼ばれるたび。


 肩が跳ねる。


「……」


「……」


 アレクシスは少し考える。


 最近。


 エレナの様子がおかしい。


 昨日までは普通だった。


 いや。


 昨日も少し意識していたような気はする。


 だが今日は明らかに違う。


 目が合うと逸らされる。


 名前を呼ぶと、少し慌てる。


 そして。


 時々、頬が赤い。


「……」


 アレクシスは考えた。


 まさか。


 昨日、自分が何かしただろうか。


 思い当たることはない。


 むしろ。


 ――もしかして。


 アレクシスの胸が、少しだけ高鳴った。


 昨日の休日のことを思い出しているのだろうか。


 自分と出かけたことを。


 楽しかったと思ってくれているのだろうか。


 そう考えると。


 嬉しくて仕方がない。


 だが。


 仕事中に浮かれている場合ではない。


 アレクシスは表情を引き締めた。


「……この資料だが」


「は、はい」


「こちらの数字について、君の意見を聞きたい」


「承知しました」


 エレナが書類を受け取る。


 指先が触れないように。


 今度は二人とも、妙に慎重だった。


 ◇


 昼休み。


 エレナは一人で食事をしていた。


 そして。


 少し離れたところにアレクシスがいる。


 それだけで。


 意識してしまう。


 昨日までは、何とも思わなかった。


 いや。


 何とも思わなかったわけではない。


 でも。


 今は。


 彼が紅茶を飲んでいるだけで気になる。


 書類を読んでいるだけで、目で追ってしまう。


 笑っているところを見れば、もっと見たいと思う。


「……」


 エレナは慌てて視線を戻した。


 ――好き。


 やっぱり。


 そうなのだろうか。


 すると。


「エレナ嬢」


「……はいっ!」


 また声が裏返った。


 アレクシスがこちらへ歩いてくる。


「午後の会議だが――」


「はい」


「……どうした?」


「何がでしょう?」


「いや……」


 アレクシスは少し困ったように眉を下げた。


「今日は、ずいぶん驚くな」


「……」


 エレナは恥ずかしくなった。


「すみません」


「謝ることではない」


 そう言って。


 アレクシスはふっと笑った。


 優しい笑顔だった。


「……」


 エレナの胸が、また大きく鳴る。


 ――好き。


 今度は。


 否定できなかった。


 ◇


 午後。


 エレナは自分に言い聞かせていた。


 落ち着こう。


 アレクシスはいつも通りだ。


 自分だけが意識しすぎている。


 そう。


 ただ、それだけ。


 だから。


 普通にすればいい。


 普通に話せばいい。


「エレナ嬢」


「はい」


「この報告書についてだが――」


「はい」


「……」


「……?」


「いや」


 アレクシスは少しだけ視線を逸らした。


「何でもない」


 エレナは首を傾げる。


 その様子を見ながら。


 アレクシスは内心で思っていた。


 ――可愛い。


 今日のエレナは、いつも以上に可愛い。


 仕事中の真剣な顔も。


 自分に呼ばれて少し慌てるところも。


 眼鏡を直す仕草も。


 全部。


 好きだ。


 自覚してからというもの。


 自分の中の気持ちは、止まる気配がない。


 むしろ。


 日に日に強くなっている。


 もっと話したい。


 もっと一緒にいたい。


 もっと彼女の笑顔を見たい。


 そして。


 いつか。


 仕事の関係ではなく。


 一人の男として、自分を見てほしい。


 そこまで考えて。


 アレクシスは小さく息を吐いた。


 ――焦るな。


 まだ。


 エレナが自分をどう思っているのかは分からない。


 ◇


 仕事が終わる頃。


 エレナは書類を片付けながら、ふと思った。


 今日一日。


 アレクシスを意識しすぎていた。


 けれど。


 嫌ではなかった。


 むしろ。


 少し嬉しかった。


 好きだと知ってしまったから。


 今まで気づかなかったことまで、全部特別に見える。


 声。


 仕草。


 笑顔。


 自分を呼ぶ時の声。


「……」


 エレナは小さく笑った。


 ――好き。


 まだ、本人に伝える勇気はない。


 けれど。


 この気持ちを、なかったことにはしたくなかった。


 ◇


 その日の帰り。


「エレナ嬢」


「はい?」


「……また、休日に出かけないか?」


 突然の誘い。


 エレナは目を見開いた。


「……!」


 嬉しい。


 その気持ちが、顔に出そうになる。


「……はい」


 少しだけ俯いて。


「ぜひ、ご一緒したいです」


 アレクシスは微笑んだ。


「よかった」


 その一言だけで。


 エレナの胸はいっぱいになった。


 そして。


 二人がそれぞれの帰路についたあと。


 同じことを考えていた。


 ――次の休日が、楽しみだ。


 ただ一つ違うのは。


 エレナは初めて。


 その楽しみの理由が、


 アレクシスだからなのだと、自分で分かっていた。

ここからは皆さんご期待通りの展開となって行きます。

恋愛に関してはポンコツのアレクシスに盛大に突っ込みながら、2人の恋をニヤニヤしながら見守ってください。

明日から17:00の1日1話投稿となります。

よろしくお願いいたします。

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