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第17話 聞きたいこと

昨夜もまた眠れなかった。


 正確には、眠れないほど気になっていた。


 一昨日、エレナと一緒にいた男。


 あの男はいったい誰なのか。


 婚約者なのか。


 それとも、恋人なのか。


「……」


 アレクシスは天井を見つめた。


 何度考えても答えは出ない。


 本人に聞けばいい。


 そう思う。


 だが、どう聞く?


 『一緒にいた男性は誰だ?』


 ……そんなことを聞いて、何になる。


 そもそも、自分がなぜそこまで気にしているのかすら分からない。


「……眠れない」


 結局、昨夜は何度も寝返りを打ち、ようやく眠りについたのは空が白み始める頃だった。


 当然、朝の目覚めは最悪だった。


 鏡を見ると、自分でも分かるほど目元に疲れが出ている。


「……ひどい顔だな」


 普段なら、多少の寝不足など気にもしない。


 仕事に支障が出ることもない。


 今日も一日、いつも通り仕事をこなせばいい。


 そう思っていた。


 けれど。


 王宮へ向かう馬車の中でも、頭に浮かぶのは一昨日の光景だった。


 エレナ。


 そして、隣にいた男。


「……」


 また胸の奥がざわつく。


 この感情はいったい何なのだろう。


 焦燥感にも似ている。


 落ち着かない。


 仕事なら、原因を探して対処する。


 だが、今回は原因が分からない。


 それが何より気持ち悪かった。


「今日も一日、これを抱えたままか……」


 アレクシスは小さく息を吐いた。


 憂鬱な気分のまま、王宮内務府へ向かう。


 執務室へ入ると、すでに何人かの文官が仕事を始めていた。


「おはようございます、局長」


「ああ。おはよう」


 いつも通り返す。


 だが、頭の中は昨日の男のことでいっぱいだった。


 ――誰なんだ。


 そのとき。


「そういえばエレナさん、一昨日は急いで帰られましたよね?何か急用でもあったのですか?」


 少し離れたところから、同僚の声が聞こえた。


 アレクシスの足が止まった。


「はい。兄が王都に来ていたので、久しぶりに会っていたんです」


「へえ、お兄さんが?」


「はい。食事をしながら、実家の話をいろいろ聞きました」


「それはよかったですね」


「はい。久しぶりだったので、とても楽しかったです」


「……」


 アレクシスは、その場で固まった。


 兄。


 今、確かにそう言った。


 兄が王都に来ていた。


 一昨日、一緒にいた男性。


 エレナが親しげに話していた男。


「……兄君」


 思わず、小さく呟く。


 すると。


 胸の奥を覆っていたものが――


 一気に消えた。


「……」


 あれほど気になっていた。


 あれほど落ち着かなかった。


 昨日からずっと胸の奥に居座っていた、焦燥感のような感情。


 それが、嘘のように霧散していく。


 代わりに広がったのは。


 驚くほどの安堵だった。


「……そうか」


 アレクシスは、静かに息を吐いた。


 兄。


 恋人でも、婚約者でもない。


 ただの兄だ。


 そう分かっただけなのに。


 どうしてこんなにも安心するのだろう。


「……」


 自分でも不思議だった。


 今朝まで、あの男の正体を知りたくて仕方がなかった。


 そして今。


 知ることができた途端、胸が軽くなった。


 まるで、長い間抱えていた問題が一瞬で解決したように。


 アレクシスは自分の席へ向かった。


「おはようございます、局長」


「おはよう、エレナ嬢」


 エレナがこちらを見て微笑む。


 その顔を見た瞬間。


 また、胸の奥が温かくなった。


「……」


 アレクシスは、自分でも気づかないうちに口元を緩めていた。


「局長?」


「……いや。何でもない」


「そうですか?」


「ああ」


 エレナは不思議そうに首を傾げ、それから自分の席へ戻っていった。


 その背中を見送りながら、アレクシスは思う。


 昨日までの胸のざわつきは、もうない。


 仕事も、いつも通りできそうだ。


 ――いや。


 むしろ。


 今日は、妙に調子がいい。


「……兄君、か」


 もう一度、小さく呟く。


 そして、ふと気づく。


 なぜ自分は、こんなにも安心したのだろう。


 その理由を考えようとして――


 アレクシスは、やめた。


 今は仕事をしよう。


 そう思って書類に目を落とす。


 だが。


 その横顔には、今朝までにはなかった穏やかな表情が浮かんでいた。


 そして彼は、まだ知らない。


 一昨日から自分を苦しめていたあの感情が――


 嫉妬だったことを。

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