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*閑話3 王都で妹と

セドリック・アーデル

エレナの兄視点のお話です

 久しぶりに妹と会った。


 王都のカフェで向かい合って座るエレナを見て、セドリックはしばらく何も言えなかった。


「……大人になったな」


 思わず、そんな言葉がこぼれた。


「え?」


 エレナが眼鏡の奥から、不思議そうにこちらを見る。


「いや。なんでもない」


 そう答えながら、セドリックは小さく笑った。


 もちろん、エレナが成長したことは知っている。


 王都の学院へ進み、勉強を頑張って、王宮文官になるという夢を叶えた。


 今では王宮内務府・領政財務局で働いている。


 手紙で近況を聞くたび、少しずつ大人になっていく妹の姿を想像していた。


 けれど、実際に目の前にすると、その変化を改めて感じる。


 昔のエレナは、もっと小さかった。


 何か怖いことがあると、自分の後ろに隠れていた。


 転んで泣いたときには、


『お兄様……』


 と涙をいっぱいに溜めた目で見上げてきた。


 そんな妹が、今では一人で王都に暮らし、王宮で仕事をしている。


 頼もしくなった。


 立派になった。


 兄として、嬉しい。


 ――なのに。


 胸の奥に、ほんの少しだけ寂しさもあった。


「……俺が知らない時間も、増えたんだな」


 そう思ってしまう。


 王都でどんな仕事をしているのか。


 どんな人たちと一緒に働いているのか。


 どんな毎日を過ごしているのか。


 自分が知らないことが、少しずつ増えている。


 それは、妹が自分の人生を歩き始めたということなのだろう。


 セドリックは、それを寂しく思う自分に苦笑した。


 いつまでも妹が自分の後ろをついて歩くわけではない。


 それくらい分かっている。


「でも……元気そうでよかった」


 そう言うと、エレナは嬉しそうに笑った。


 その笑顔を見て、セドリックも自然と頬を緩める。


 やっぱり、妹は妹だ。


 どれだけ大人になっても、その笑顔を見ると安心する。


 そんなことを考えながら、セドリックは故郷の家を思い浮かべた。


 アーデル家は、王都から馬車で二日ほど離れた場所に領地を持つ伯爵家だ。


 華やかな社交よりも、領地の管理を大切にしてきた家である。


 父は厳格で、口数が少ない。


 けれど、領民の暮らしには誰よりも気を配っている。


 母はそんな父を静かに支えている。


 人前では控えめだが、家の中では温かく、子どもたちのことをいつも気にかけてくれる人だった。


 父と母は恋愛結婚だった。


 今でも仲がよく、父が母の好きな菓子を買って帰れば、母は嬉しそうにお茶を淹れる。


 長年一緒にいる二人なのに、今でも互いを大切にしている。


 そんな両親の姿を見て育ったからだろうか。


 セドリック自身も、結婚は家同士の都合だけで決めるものではないと思っていた。


 そして――。


 そんな彼には、婚約者がいる。


 隣の領地を治める伯爵家の長女、リディア。


 幼い頃から家族ぐるみの付き合いがあり、エレナとも親しい。


 穏やかで落ち着いていて、けれど芯は強い。


 セドリックにとっても、いつの間にか隣にいることが自然になっていた女性だった。


「エレナが王宮文官を目指すって言ったときも、リディアはすごく応援していたな」


「うん。リディアには昔から助けてもらってる」


 エレナが嬉しそうに答える。


 それを聞いて、セドリックも微笑んだ。


 リディアがエレナを大切にしてくれていることが、兄としては何より嬉しい。


 そして、いつか自分たちが夫婦になったときにも――。


 エレナには、今までと変わらず自分たちの家に帰ってきてほしい。


 そんなことを思った。


「また休みが取れたら、実家に帰ってこいよ」


「うん。そうする」


 エレナが笑う。


 その顔を見ていると、胸の奥にあった寂しさが少しだけ消えていった。


 成長して、自分の世界を持っていく妹。


 それは少し寂しい。


 けれど、それ以上に嬉しい。


 そして、これからも妹が幸せでいてくれればいい。


 王都でも。


 故郷でも。


 いつか誰かと家庭を築いても。


「……まあ、俺が心配する必要もないくらい、しっかりしてきたけどな」


「お兄様?」


「なんでもない」


 セドリックは笑った。


 ――それでも。


 いつか妹が結婚するときには、きっと今よりずっと寂しくなるのだろう。


 そんな未来を想像して、セドリックは小さく息を吐いた。


「……そのときは、ちゃんと笑って送り出さないとな」


 そう呟いた言葉は、エレナには聞こえなかった。

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