*閑話1 弟に恋の予感
セシリア・ヴァレンティン
アレクシスの姉視点のお話です
ヴァレンティン家は、王都でも古くから続く伯爵家のひとつだ。
領地を治める父は、厳格そうに見えて、実は家族にはとても甘い。
母も穏やかで優しく、家の中ではいつも柔らかな笑顔を浮かべている。
そんな二人の結婚は、貴族同士では少し珍しい恋愛結婚だった。
父が母に一目惚れしたのだと、セシリアは幼い頃から何度も聞かされている。
「お母様の笑顔に惹かれたんですって」
昔、そう尋ねたセシリアに、母は少し照れながら笑っていた。
「まあ……お父様がそう言っているだけですよ」
「本当だぞ。私は今でも母さんの笑顔が一番好きだからな」
横から父が真顔で言うものだから、母は困ったように頬を染める。
そんな両親を見て、セシリアはいつも思う。
――本当に、仲がいいのよね。
結婚して何十年も経つというのに、二人は今でも自然に隣に座り、食事のときには互いの好みを当たり前のように把握している。
父が母のために甘い菓子を買って帰れば、母は嬉しそうに笑う。
母が父の疲れに気づけば、何も言わず温かいお茶を用意する。
派手な愛情表現をするわけではない。
けれど、長い年月を一緒に過ごしてきたからこそ分かる、穏やかで確かな愛情がそこにはある。
セシリアにとって、そんな両親の姿は幼い頃から当たり前だった。
だからこそ――
「結婚するなら、好きな人と」
それが、いつの間にかセシリアの中にも根付いていた。
できることなら、自分の弟にもいつか、そんな相手が見つかってほしい。
そう願っている。
「まあ……!」
包みを開いた私は、思わず声を上げた。
久しぶりに顔を出した実家の晩餐の席で、弟から誕生日の贈り物を渡されたのだ。
中に入っていたのは、可愛らしい銀細工の髪飾り。
いつもの贈り物と違って私の好みど真ん中の贈り物に驚く。
「これ……アレクシスが選んだの?」
「ああ」
弟は少し気まずそうに答えた。
私は髪飾りを手に取り、まじまじと眺める。
以前の弟なら、こんな可愛らしいものを自分で選ぶなんて考えられなかった。
それに、この気まずそうな反応。
断言してもいい、これはアレクシスが選んだものではない。
姉の直感が告げている。
これは女性が選んだ贈り物である。
アレクシスはお世辞にもプレゼント選びのセンスがあるとは言えない。
そもそも、女性への贈り物を選ぶこと自体、ほとんどなかったのだから仕方ないことではあるのだが。
「……ふふっ」
「何だ」
「別に?」
私は笑いを堪えながら、弟の顔を見る。
――もしかして。
私の頭に、一つの考えが浮かんだ。
アレクシスの気恥ずかしそうな反応。
この贈り物を選んでくれた女性にアレクシスは好意を寄せているのではないか。
アレクシスは昔から何でもできる子だった。
勉強も、剣術も、礼儀作法も。
幼い頃から大人びていて、泣くことも少なく、何をさせてもそつがない。周りからも一目置かれる子だった。
だが、そんなことよりも幼少期のアレクシスはとんでもなく可愛かった。
天使と言っても過言ではない。
とにかく可愛かった。
あまりにも可愛くて、私と友人たちで髪を整えたり、可愛い服を着せたりして遊んだものだ。
今思えば……少し、やりすぎたかもしれない。
あの頃の弟には、悪いことをしたと思っている。
けれど。
成長するにつれて、弟の周りには女性が増えていった。
容姿を褒められ、贈り物をされ、望んでもいない好意を向けられる。
そして、あの出来事があってから。
アレクシスは女性を警戒するようになった。
嫌っているわけではない。
仕事では女性とも普通に接している。
けれど、恋愛となると、まるで扉を閉ざしてしまったようだった。
だから私はずっと願っていた。
いつか、この子にも。
本当に大切に思える女性が現れてくれたらいいのに、と。
そして――。
今日の弟の様子を思い出す。
髪飾りを選んだときの、少し照れたような顔。
誰かのことを話すときの、ほんのわずかな変化。
「……ふふふ」
これは、間違いないかもしれない。
私の弟に、ようやく春が来たのだ。
そう思うと、嬉しくて仕方がなかった。
何より。
その女性がどんな人なのか、会ってみたくてたまらない。
可愛い子だといい。
できれば、弟のことを大切に思ってくれる優しい子がいい。
そして何より――。
私の可愛い弟を、幸せにしてくれる人ならいい。
そうして、その日の夜。
私は自宅へ戻ると、騎士団副団長である夫アルベルトの帰りを待っていた。
「アル!」
「ただいま。セシリーどうした?」
セシリアは帰ってきたアルベルトに駆け寄る。
「聞いてほしいの!」
「……ずいぶん嬉しそうだな」
アルベルトが笑う。
「アレクシスにね、好きな人ができたかもしれないの!」
「ほう?」
アルベルトが目を丸くする。
私は今日あったことを、身振り手振りを交えながら話した。
髪飾りのこと。
弟の様子。
そして、最近どこか以前と違うように見えること。
「きっと恋よ!」
「そうか」
「絶対そうだと思うの!」
「なるほどな」
楽しそうに話すセシリアを見ながら、アルベルトは穏やかに笑っていた。
弟の恋の話をしているはずなのに。
まるで自分のことのように嬉しそうに目を輝かせている。
その姿が、どうしようもなく愛おしい。
「……アル?」
「いや」
夫は妻の髪をそっと撫でた。
「君は本当に、アレクシスのことが好きなんだな」
「当たり前でしょう。可愛い弟だもの」
そう言って笑うセシリアを見て、アルベルトはさらに目を細める。
「それなら、きっと良い子なんだろうな」
「でしょう?」
「会うのが楽しみだな」
「ええ!」
セシリアは嬉しそうに頷いた。
その笑顔を眺めながら、アルベルトは思う。
アレクシスの恋がどうなるのかも楽しみだ。
けれど今は――。
こうして嬉しそうに弟の恋を語る、愛しい妻を見ていられることのほうが、ずっと幸せだった。




