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第11話 贈り物の相談

それは、ある日の昼休みのことだった。


「……エレナ嬢」


 昼食を終え、自席へ戻ろうとしていたエレナは、背後から呼び止められた。


「はい。何でしょうか、局長」


 振り返ると、そこにはアレクシスが立っていた。


 いつもと変わらない、整った表情。

 いつもと変わらない、落ち着いた声。


 けれど――なぜか今日は、少しだけ言いにくそうに見える。


「少し、相談したいことがある」


「私でよければ、お聞きします」


 そう答えると、アレクシスはほんの一瞬だけ視線を逸らした。


 そして、低い声で言った。


「……女性への贈り物について、意見を聞きたい」


「贈り物、ですか?」


「ああ」


 エレナは少し考える。


 そういえば、アレクシスが仕事以外のことを自分に相談してくるのは初めてだった。


「どなたへの贈り物でしょうか?」


「姉だ」


「お姉様……!」


 思わず声が弾んだ。


 アレクシスがわずかに目を見開く。


「……何か?」


「いえ。以前、少しだけお話を伺ったので。お姉様がお誕生日なのですね」


「ああ。今週末だ」


「それでしたら、いくつか候補があります」


 エレナの表情が、ほんの少し明るくなった。


「お姉様は、可愛らしいものがお好きでしたよね?」


「……そうだ」


「でしたら、アクセサリーはいかがでしょう。髪飾りやブローチなど。あとは、上質なお茶とお菓子を組み合わせるのも素敵だと思います」


「なるほど」


 アレクシスは真剣に聞いている。


 エレナは少し嬉しくなった。


「もし普段から身につけられるものなら、派手すぎないものの方が使いやすいと思います。でも、お姉様がお好きな色が分かれば……」


 そこまで言って、エレナは気づいた。


 自分が少し話しすぎている。


「……申し訳ありません。つい」


「いや」


 アレクシスは静かに首を横に振った。


「続けてくれ」


「はい」


 エレナは微笑んだ。


 その笑顔を見た瞬間、アレクシスは一瞬、言葉を失った。


 ――可愛い。


 また、そう思った。


 仕事中にはほとんど見せない、柔らかな表情。


 眼鏡の奥の瞳が楽しそうに輝いている。


 普段はきちんとまとめられている長い髪も、今日は少しだけ後れ毛があった。


 そんな些細なことまで、妙に目についてしまう。


「局長?」


「……ああ」


 危うく話を聞き逃すところだった。


「こちらのお店なら、髪飾りも素敵なものが多いと思います」


 エレナが小さな紙に店の名前を書いて差し出してくる。


 その指先が、ほんの少しだけ自分の手に触れた。


「……」


「局長?」


「いや。何でもない」


 アレクシスは紙を受け取った。


「ありがとう。参考にする」


「お役に立てたならよかったです」


 そう言って、エレナは自分の席へ戻っていった。


 アレクシスはしばらく、その後ろ姿を見ていた。


 そして、手元の紙を見る。


 丁寧な字で書かれた店の名前。


 その横には、小さくおすすめの商品まで書かれている。


 ――こんなものまで、わざわざ。


 胸の奥が、妙に温かくなった。


 その週末。


 アレクシスはエレナに教えてもらった店を訪れていた。


 店内には、色とりどりの髪飾りやブローチ、可愛らしい小物が並んでいる。


 普段なら、どれも同じように見えただろう。


 しかし今日は違った。


 エレナなら、どれを選ぶだろう。


 そんなことを考えながら品物を見る。


「……これか」


 淡い色の花をあしらった髪飾りを手に取る。


 華美すぎず、上品で、それでいて可愛らしい。


 エレナが教えてくれた店だけあって、どの商品も彼女が好みそうに思えた。


 ――いや。


 姉への贈り物だ。


 エレナの好みを考えてどうする。


 そう自分に言い聞かせながらも、結局その髪飾りを購入した。


 そして誕生日当日。


「まあ……!」


 姉は箱を開けるなり、嬉しそうな声を上げた。


「素敵じゃない!」


「そうか」


「あなたにしては珍しいわね。こんな可愛らしいものを選ぶなんて」


「……店員に勧められた」


「ふうん?」


 姉がじっと弟を見る。


「それで?」


「それで、とは?」


「誰に選んでもらったの?」


「…………」


 アレクシスは黙った。


 姉の口元が、ゆっくりと笑みを深めていく。


「あなた、好きな人ができたでしょう?」


「…………」


 一瞬。


 完全に動きが止まった。


「……なぜわかる?!」


 思わず声が大きくなる。


 姉は目を丸くしたあと、とうとう吹き出した。


「やっぱり!」


「……」


「そんなに分かりやすい反応をする人だったのね、あなた」


「いや、待て。なぜそうなる」


「だって、あなたが自分で選んだにしては、可愛すぎるもの」


「姉への贈り物だ」


「ええ。だから余計に不思議なのよ」


 姉は髪飾りを手に取り、楽しそうに眺める。


「誰に選んでもらったの?」


「……職場の者だ」


「女性?」


「……ああ」


「名前は?」


「……」


 アレクシスは答えなかった。


 その沈黙だけで、姉には十分だったらしい。


「ふふっ」


「……姉さん」


「ごめんなさい。でも、よかったわ」


「何がだ」


「あなたが、誰かを好きになれたこと」


 からかうような笑顔ではなかった。


 姉のその言葉に、アレクシスは少しだけ目を伏せた。


「……まだ、どうなるかは分からない」


「そうね」


 姉は優しく笑った。


「でも、あなたがその人を大切にしたいと思うなら、それで十分じゃない?」


「……ああ」


 アレクシスは、静かに頷いた。


 頭に浮かんだのは、眼鏡の奥から柔らかく笑うエレナの顔だった。


 ――もっと、彼女のことを知りたい。


 そう思う気持ちは、日に日に強くなっていた。

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