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六本木の夜――「先輩を……失いそうで」

玲奈に気持ちを伝えてから、数日が経った。


昼休み。


奈緒が美咲の席のそばまで来た。


「先輩、ちょっといいですかぁ」


「ん?」


「少しだけ」


美咲は奈緒の顔を見て、席を立った。


二人は、空いている会議室に入った。


奈緒が後ろ手にドアを閉める。


「先輩、最近……玲奈さんと、仲いいですよね」


美咲の胸が、わずかに跳ねた。


けれど、顔には出さない。


「……なんのこと?」


いつもと変わらない声で返す。


奈緒は、美咲の顔をじっと見た。


「いやぁ、なんとなくです」


美咲は小さく笑った。


「そう?」


「はい。でも先輩、玲奈さんのこと好きですよね」


今度は、少しだけ返事が遅れた。


奈緒は笑っていた。

けれど、その目は美咲から離れない。


「……見ちゃったんです、先輩のこと」


美咲の胸が、今度ははっきりと跳ねた。


それでも、表情は崩さなかった。


「……何を?」


奈緒は、美咲の目を見たまま言った。


「玲奈さんに抱かれてましたよね」


美咲は、一瞬だけ言葉を失った。


「……見たの?」


「はい」


奈緒は笑わなかった。


「あんなふうに先輩が誰かに抱かれてるの、初めて見ました」


美咲は視線を落とし、少しだけ息を吐いた。


「そっか……」


美咲は奈緒を見つめた。


「奈緒ちゃんだから、言っちゃうね」


少しだけ間を置く。


「私ね、玲奈さんのこと、憧れてるんだ」


奈緒は黙って美咲を見ている。


「それだけじゃなくて、玲奈さんさえ良ければ、もっと深く、私のことを知って欲しいって思ってる」


奈緒の表情が、ほんの少しだけ固まった。


「……それって」


美咲は黙って奈緒を見る。


「玲奈さんと、付き合いたいってことですか?」


美咲はすぐには答えなかった。


それから、少し照れたように笑った。


「うん。たぶん、そうなんだと思う」


奈緒は一度だけ視線を落とした。


けれど、すぐに顔を上げる。


「先輩」


「ん?」


「私じゃ、だめですか」


奈緒は、美咲の目をまっすぐ見た。


挿絵(By みてみん)


美咲は少しだけ困ったように笑う。


「奈緒ちゃん……」


「私、先輩のこと、こんなに好きなのに」


奈緒は一歩、美咲との距離を詰めた。


「私だったら、先輩のこと、もっともっと気持ちよくしてあげられるのに」


美咲は、すぐには返事をしなかった。


奈緒の顔を見ながら、少しだけ困ったように笑う。


「奈緒ちゃんはね、私にとって、可愛い妹って感じなんだ」


奈緒の表情が、わずかに揺れた。


「一緒にいるのは楽しいし、これからも普通に仲良くしたい」


美咲は少し間を置いた。


「でも、水着とか、そういう危ないのは……もうやめようか」


奈緒は、すぐには何も言わなかった。


視線を落とし、苦しそうに息を吐く。


「……そっか」


小さくそう言ってから、もう一度、美咲を見る。


「先輩が玲奈さんのことを好きなの、分かりました」


声が少し震える。


「私のことを、そういうふうには見てないことも」


奈緒は唇を噛んだ。


「でも……」


そこで一度、言葉を飲み込む。


「もう一度だけ、私にチャンスください」


「一回だけでいいんです」


奈緒は、美咲の目をまっすぐ見た。


「それで駄目なら、ちゃんと諦めます」



土曜日の夜。


美咲は自宅のソファに座りながら、数日前の奈緒との会話を思い返していた。


あのときの、思い詰めた奈緒の顔がまだ頭に残っている。


美咲は小さく息を吐いた。


そのとき、テーブルの上のスマートフォンが震えた。


奈緒からだった。


先輩、助けて


美咲の指が止まる。


間を置かず、もう一通届いた。


六本木のエクスタシーって店


挿絵(By みてみん)


美咲は、画面を見つめたまま立ち上がった。


バッグをつかみ、そのまま玄関を出る。


外に出ると、すぐにタクシーを拾った。


「六本木までお願いします」


車が走り出してから、美咲は奈緒に電話をかけた。


出ない。


少し間を置いて、もう一度。


それでも出ない。


美咲は何度も奈緒の名前をタップした。


呼び出し音だけが続く。


タクシーは六本木の大通りで止まった。


美咲は車を降りると、スマートフォンの画面に表示された店名をもう一度確認した。


少し先に、同じ名前の看板が見えた。


「ここ……?」


奈緒にもう一度電話をかける。


やはり出ない。


美咲は迷わず、入口の扉を開けた。


中へ入ったところで、足が止まる。


照明を落とした空間の奥に、ソファやカウンターが見える。

男女が何組もいるが、その距離が妙に近い。


挿絵(By みてみん)


美咲は戸惑いながら、ゆっくり店内を見回した。


「……え、何、このお店……」


それでも奈緒の姿を探す。


「奈緒ちゃん……?」


奈緒の姿は見当たらない。


美咲はカウンターにいた店員へ近づいた。


「すみません。奈緒っていう子、来てませんか?」


店員は少し考えてから、美咲を見る。


「お連れの方ですか?」


「はい。ここにいるって連絡が来たんですけど、電話にも出なくて」


美咲はスマートフォンの画面を見せた。


店員の表情が少し変わった。


「少々お待ちください」


店員は何かを確認してから、美咲のところへ戻ってきた。


「奈緒さんでしたら、奥の個室にいらっしゃるようです」


「どの部屋ですか?」


「申し訳ありません。あちらの個室のどこかまでは、店側では把握しておりません」


店員が、ラウンジの奥へ続く通路を示した。


美咲はその先に並ぶ扉を見た。


「……分かりました」


スマートフォンを握りしめたまま、奥へ向かった。


挿絵(By みてみん)


美咲は一番手前の扉の前で足を止める。


「奈緒ちゃん?」


返事はない。


そっと扉を開けた。


「……!」


ベッドの上では、男が仰向けになり、その腰の上に一人の女がまたがっている。


美咲の目には、しなる背中から腰へ落ちる線がまず飛び込んだ。


もう一人の女は男の胸元側に膝をつき、身を乗り出して男と唇を重ねている。


三人は互いに身体を絡めたまま、美咲が扉を開けたことで初めて動きを止めた。


「……すみません」


美咲は反射的に扉を閉めた。


扉の前で一瞬だけ立ち尽くし、すぐに次の扉へ向かった。


二つ目の扉を開けた。


ベッドの上では、男と女が激しく身体を重ねていた。


そのすぐ脇に、もう一人の男がいる。

ベッドに両手をつき、二人のすぐそばまで身を乗り出して、その様子を食い入るように見つめていた。


女も、相手の男も、そして見つめている男も、美咲には気づかない。


三人とも、目の前のことに完全に夢中になっている。


奈緒はいない。


美咲は何も言わず、そっと扉を閉めた。


美咲はさらに奥へ進んだ。


廊下の先には、まだいくつか扉が並んでいる。


そのとき、どこかの部屋から声が聞こえた。


美咲の足が止まる。


「……奈緒ちゃん?」


耳を澄ます。


もう一度、声がした。


今度は、奈緒の声だと分かった。


「奈緒ちゃん!」


美咲は声のした方へ駆けた。


廊下のいちばん奥。

扉がわずかに開いている。


美咲はそこへ駆け寄り、扉を押し開けた。


挿絵(By みてみん)


部屋の奥には男が三人いた。


一人は奈緒の背後に回り、力の抜けた上半身を支えている。

向かって右の男は、奈緒の顔を両手で支えたまま、腰の位置でゆっくり前後へ動かしていた。

左側の男は深く屈み込み、その頭は奈緒の脚の付け根の位置にあった。

その中央で、奈緒は膝立ちになっていた。


背後の男が動くたび、奈緒の身体が小さく前後に揺れた。

そのたびに、右に男の腰に押し付けられた奈緒の喉の奥から、くぐもった声が漏れる。


「……ん……」


奈緒のまぶたは半分落ち、目は開いているのに焦点が合っていなかった。

頬は熱を持ったように赤く、唇はわずかに開いたまま、浅い呼吸に合わせて小さく震えている。


男たちの動きに身体は反応しているのに、顔にはほとんど意思がない。


声が漏れるたび、目だけがどこか遠くを見たままだった。


「奈緒ちゃん!」


美咲の声が届いた瞬間だけ、ほんの少し遅れて視線が動く。

その一瞬だけ、奈緒自身が戻ってきたように見えた。


美咲は奈緒のもとへ駆け寄った。


身体を支え、顔を覗き込む。


「分かる? 私だよ」


奈緒を抱えるようにして男たちから離す。


美咲は男たちを振り返った。


「何やってるんですか」


「その子から離れてください」


スマートフォンを取り出す。


「警察、呼びますよ」


男たちは何も言わず、美咲から距離を取った。


美咲は近くにあった上着を奈緒に着せ、その身体を支えた。


「行こう」


奈緒を抱えるようにして、そのまま店を出た。


通りでタクシーを止め、美咲は奈緒を支えながら後部座席に乗り込んだ。


車が走り出すと、奈緒は美咲の肩にもたれた。


しばらくして、ぽつりと言った。


「先輩を……失いそうで」


美咲は奈緒を見る。


「自分でも、気持ちがコントロールできなくて……」


奈緒は顔を上げない。


「こんなことになっちゃいました……先輩」


「奈緒ちゃん……」


奈緒は、美咲の胸に顔を埋めた。


美咲の手が、そっと奈緒の髪に触れる。


そのまま、ゆっくりと頭を撫でた。


挿絵(By みてみん)

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