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11/15

ナイトプールで――見たかったはずの、先輩のその先

「先輩、ナイトプール行きません?」


昼休み、奈緒が二枚のチケットを美咲の机に置いた。


「ナイトプール?」


「ホテルの。部長が取引先からもらったらしいんですけど、行かないからって」


美咲がチケットを手に取る。


「奈緒ちゃん、こういうの好きそう」


「だから先輩も行くんです」


「なんでそうなるのよ」


奈緒は笑った。


「水着、あるじゃないですか」


美咲の手が止まる。


「……まさか」


「例の」


「嫌よ」


「せっかく買ったのに」


「奈緒ちゃんが選んだんでしょ」


当日、二人がホテルに着いたのは午後7時前だった。


空にはまだわずかに明るさが残っていたが、プールサイドではもう照明が灯り始めている。


水面には青い光が揺れ、グラスを手にした男女がデッキチェアやプールの縁で思い思いに過ごしていた。


低く流れる音楽の向こうに、ホテルの窓と街の明かりが少しずつ浮かび上がっている。


奈緒は先に水へ入った。


挿絵(By みてみん)


プールサイドに立つ美咲を、水の中から見上げる。


美咲は髪をまとめるために両腕を上げた。


細い腰が伸び、その下に長い脚がまっすぐ続く。


やっぱり、先輩はスタイルがいい。


美咲が着ているのは、奈緒自身が選んだあの水着だった。


胸元も、腰まわりも、必要なところをぎりぎり覆っているだけに見える。横から見れば肌の方がずっと多く、後ろも、お尻を隠すというより、その形を強調するために布があるみたいだった。


水着というより、見せるための下着に近い。


奈緒は思わず口元を緩めた。


――やっぱり、これにして正解。


「何笑ってるの?」


「別に」


「絶対何か考えてる」


「早く入ってください」


美咲が水へ入る。


二人は小さなボールを投げ合い始めた。


美咲の投げたボールが少し逸れた。


近くにいた男が片手で受け止める。


「すみません」


美咲が手を上げる。


男は笑ってボールを投げ返した。


「楽しそうですね。俺たちも混ざっていいですか?」


「どうぞ」


奈緒が答えた。


男は亮介と名乗った。三十代半ばくらい。肩幅があり、日に焼けた腕にはしっかり筋肉がついている。よく喋り、笑うと少し少年っぽい顔になる。


もう一人は航平。亮介より少し背が高く、細身だが締まった体つきだった。短く整えた髪で、亮介ほど前には出ない。


挿絵(By みてみん)


四人でボールを回し始めると、自然に亮介は奈緒と話すことが多くなった。


しばらく遊んだあと、亮介がプールサイドを指した。


「飲みません?」


四人はプールサイドのバーへ移った。


奈緒はすぐにカクテルを決めた。


美咲はメニューを見ながら迷っている。


「サンジェルマン・スプリッツ、美味しいし、飲みやすいですよ」


航平がメニューを指した。


「サンジェルマン?」


「エルダーフラワーのリキュールです。そんなに強くないし」


「じゃあ、それにしようかな」


カクテルが四人分並んだ。


「お二人、会社の先輩後輩なんですよね?」


「そうです」


「仲いいですね」


「まあ、長いので」


「美咲さん、奈緒ちゃんに結構振り回されてそう」


「それは、かなり」


美咲が笑った。


挿絵(By みてみん)


カクテルを飲みながら、四人の会話は少しずつ砕けていった。


亮介はよく喋り、奈緒も楽しそうに相槌を打つ。


美咲は最初こそ控えめだったが、二杯目に入るころには、航平の話にもよく笑うようになっていた。


奈緒はその様子を横目で見る。


――先輩、結構楽しそう。


会話は盛り上がり、皆が二、三杯飲み終える頃には、空はすっかり暗くなっていた。


「もう一回、入ります?」


亮介が言った。


「入ろう入ろう」


奈緒が答えた。


四人は再びプールへ入った。


少しすると、亮介が奈緒の隣へ来て、航平は美咲の方へ寄っていった。


いつの間にか、二組の間には少し距離ができていた。


美咲がふとこちらを見た。


奈緒と目が合う。


美咲はほんの少し眉を上げた。


――大丈夫?


そんな顔だった。


少しアルコールのせいで、顔が赤い。


奈緒は笑って、小さくうなずいた。


美咲はそれを見て、また航平の方へ顔を戻した。


二組は少しずつ離れていった。


奈緒は亮介と話しながら、美咲の方へ目を戻した。


さっきより、二人の距離が近い。


航平が何かを言う。


美咲が笑う。


その拍子に、航平の手が美咲の腕へ触れた。


亮介が向こうを見て笑った。


「お、航平めっちゃ積極的。珍しいな、あいつ」


奈緒も美咲たちを見る。


「そうなんですか?」


「普段、あんな感じじゃないよ」


奈緒は少しだけ笑った。


――まあ、今日は私がけしかけたんだけど。


さっき、航平にはこう言ってある。


「先輩、真面目そうに見えるでしょ」


「でも、結構Hなんで。雰囲気作ってあげてくださいね。ちょっとくらいスキンシップもありかも」


挿絵(By みてみん)


自分の大切な先輩が、他の男とどこまで距離を縮めるのか。


それを遠くから見られると思うだけで、少し身体が熱くなった。


亮介が奈緒を見る。


「奈緒ちゃんは、結構平気なタイプ?」


「何が?」


「こういうの」


そう言いながら、亮介の手が奈緒の腰へ回った。


奈緒は少し笑った。


嫌ではなかった。


少し離れたところでは、航平の手も美咲の腰へ移っている。


美咲も笑いながら、航平の手を気にしていない。


二人の顔も、さっきより明らかに近い。


奈緒は、自分の腰に触れている亮介の手を感じながら、美咲を見た。


――先輩も、今こんな感じなのかな。


そう思った途端、身体の奥が小さくざわついた。


亮介の指が腰のあたりをゆっくり撫でる。


くすぐったさに、奈緒はわずかに身をよじった。


遠くで美咲も同じように男の手を受け入れていると思うと、その感触が身体の奥まで熱を帯びて感じられた。


もう一度、美咲を見る。


航平の腕が、今度は美咲の背中側へ回っていた。


美咲は笑っている。


距離は、さっきより明らかに近い。


奈緒の胸が少し高鳴った。


――先輩も、楽しんでる。


そのとき、隣にいた亮介が奈緒の肩を抱き寄せた。


奈緒はそのまま、亮介の胸元に顔を寄せた。


今は、その行為すら美咲とつながっているように感じられた。


「奈緒ちゃん」


亮介が顔を寄せてくる。


互いの唇が触れる。


短いキスだった。


挿絵(By みてみん)


奈緒は、亮介に自分の身体を少し寄せた。


亮介の手が背中へ回る。


その感触を受けながら、奈緒はまた美咲を見る。


航平が何かを囁いた。


美咲が笑う。


航平の手が、美咲の腰から水面下に消えていく。


奈緒の胸が、また高鳴る。


――先輩。


どこまで触らせるつもりなんだろう。


そう思うだけで、亮介に抱かれている自分の身体まで熱くなった。


自分がそうさせた。


航平に、スキンシップを勧めたのも自分だった。


亮介がもう一度、奈緒の頬へ顔を寄せる。


キスを返しながら、目だけは美咲を追った。


航平の手が、美咲の背中へ回る。


その指が、ビキニの後ろの結び目に触れた。


奈緒は思わず目を凝らした。


航平の指が動く。


結び目がほどけた。


挿絵(By みてみん)


美咲の背中から、細い紐が左右へ垂れる。


奈緒は息を呑んだ。


――ほんとに、ほどいた。


美咲は、ビキニトップが落ちないように、自分の胸を両腕で抱いていた。


隠そうとしているはずなのに、その姿が逆に奈緒の目には官能的に映った。


もう片方の腕は、美咲の腰の横から水面の下へ伸びていた。


水の揺れに隠れて、手元までは見えない。


航平の腕がゆっくり動く。


肘が、水面をゆっくり上下しながら、見えたり沈んだりしている。


その瞬間、美咲の背中がわずかに反った。


肩甲骨の間がきゅっと狭まり、胸を抱いていた腕にも力が入る。


――え、あそこまで触らせてる?


もう片方の手が、航平の腕を掴んだ。


止めるように、指先に力が入る。


航平の腕がまた動くと、その力は少しずつ抜けていった。


美咲は細く息を吐いた。


航平が、その顔をのぞき込む。


美咲が両腕で航平の顔を抱き込む。


ビキニトップが落ち、胸元があらわになったことを気にする様子もなく、美咲は自分から深く唇を重ねる。


奈緒の指先が、亮介の肩を強くつかんだ。


――先輩から、男性を求めてる。


――やだ。そんなの、私が見たかった先輩じゃない。


その間も、航平の肘は水面をゆっくり見え隠れしていた。


やがて、その動きが少しずつ速くなっていく。


美咲の腰が、かすかに揺れる。


逃げるようにも、追うようにも見える、ごく小さな動きだった。


背筋が伸びる。


首筋が露わになり、顎がわずかに上がった。


唇が開く。


声にはならない息が漏れる。


奈緒の胸の奥がきゅっと痛んだ。


次の瞬間、美咲の身体が大きく震えた。


肩がすくみ、背中が弓なりになる。


美咲はそのまま航平にもたれかかる。


挿絵(By みてみん)


肩で息をしながら、官能に緩んだ表情を浮かべている。


奈緒は息を呑んだ。


――まさか、先輩。


――イカされちゃったんじゃ。


奈緒は、しばらく美咲から目を離せなかった。


奈緒の視線の先で、美咲はまだ航平にもたれかかっていた。


奈緒の方を見ようともしない。


そのことが、遅れて胸に刺さった。


挿絵(By みてみん)


そのとき、亮介の手が奈緒の腰から下へ滑った。


美咲に釘付けになっていた意識が、一気に自分の身体へ引き戻される。


さっきまでなら、こんなふうには感じなかった。


でも今は違う。


その手に、ひどく嫌悪感を感じる。


「いやっ!」


奈緒は反射的に亮介の手を振り払った。


奈緒は亮介から離れ、そのまま美咲の方へ向かった。


挿絵(By みてみん)


「先輩」


美咲が奈緒を見る。


「奈緒ちゃん?」


奈緒は答えず、水に浮いていた美咲のビキニトップを拾った。


「奈緒ちゃん、一体どうしたの?」


奈緒は美咲の身体にトップを戻し、背中へ手を回した。


指がうまく動かない。


結び目を作ろうとしても、何度も紐が指から滑った。


その声を聞いた瞬間、奈緒の目から涙がこぼれた。


「……ごめんね、先輩」


美咲が目を見開く。


奈緒はようやく紐を結んだ。


それから美咲の手を強く握った。


「私が、航平さんに先輩へスキンシップしてって言ったんです」


奈緒は俯いたまま続けた。


「先輩が男の人とそうなるところ、見てみたくて」


声が少し震えた。


「なのに、ほんとに先輩があんな顔して、本気で感じちゃってて」


奈緒はそこで言葉を切った。


「……嫌だった」


少しだけ間を置いた。


「すごく、嫌でした」


奈緒はまだ美咲の手を握ったままだった。


美咲が、その手を握り返す。


「……奈緒ちゃん」


奈緒は顔を上げた。


美咲は少し困ったように、それでも柔らかく笑っていた。


「帰ろうか」


挿絵(By みてみん)


その一言で、奈緒の目にまた涙が滲んだ。


「……はい」


二人はそのまま、更衣室の方へ歩き出した。


奈緒は最後まで、美咲の手を離さなかった。



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